その2 何もしなくたって、幽霊は恐怖の対象

 渡瀬佐代からの、家族を探してほしいという依頼。その依頼を引き受けた白河幽霊相談所一行は、佐代の家族である渡瀬一家を探す。佐代本人は、幽霊としての仕事があるために、生人たちとともに家族を探すことはできない。


 残念なことに、佐代の両親も、彼女の夫である太一の両親も、すでに他界しているそうだ。太一の兄弟の住所は分からず、親族に渡瀬一家の居場所を知る手がかりはない。以前に渡瀬一家が住んでいたマンションの大家も、引っ越し先までは知らないという。

 手がかりは少ない。そこで生人たちは、人海戦術を開始した。生人と野川、八槻と日向、レミと黒部に別れ、手当たり次第に渡瀬一家の居場所を、生きた人間に聞き回るのだ。


 相談所一行は、昼間の大仕事を開始する。八槻と日向、レミと黒部は、渡瀬一家が以前に住んでいたマンション近辺の聞き込み、生人と野川は太一の勤める会社での聞き込みだ。日向を除く皆が、あくびを抑えて仕事を始める。


 午後12時10分。太一の勤める会社のビルの前に、生人と野川は立っていた。雨が降る中、2人は可視化を行っている。雨は幽霊をすり抜けるが、可視化をすると話は別だ。2人は傘をさして、ビルを見上げた。

 

「佐代さん、太一さんの勤める会社でも、太一さんを見つけられなかったとか」

「つってもよ、結構でっけえ会社だぜ。見逃しちまってるだけだろ。人に話しかけてもいないらしいしな」

「そうですね。社員に聞けば、簡単に見つかるかもしれません」

「さっさと佐代さんに家族を会わせてやろう。いくぞ、生人」


 これからしばらくは、太一の勤める会社を探し回る。そんな覚悟をしていた2人だが、答えが見つかるのはすぐであった。そこらを歩いていたある女性に対する野川の質問が、早くも答えを導き出してしまったのである。

 

「すみません、渡瀬太一さんはいらっしゃいませんか?」

「いえ……ここにはいませんが」

「では、今はどこに?」

 

 妙にすかした野川。彼のパンクスタイルな衣装も相まって、野川はただの怪しい人。女性は不審な表情をしている。

 それでも女性は、野川ではなく生人に視線を向け、質問に対する答えを口にしてくれた。


「渡瀬太一は、出世して群馬の工場で働いていますよ」

「群馬!?」


 想像していたよりも遠い場所ではあったが、最悪の想定よりは近い場所。渡瀬一家は群馬県にいる。生人はすぐさま八槻に電話し、野川とともに群馬県の工場へと向かった。

 太一の勤める会社の工場は、群馬の低崎市にあった。すでに陽は傾いている。生人と野川は、太一が工場から出てくるのを待った。おそらく、家はどこだと聞いても答えはしないだろう。ならば、家まで太一を尾行するしかない。


 疲れた様子で工場から出てきた太一を発見した生人と野川。2人は可視化していないため、何があっても太一に見つかることはない。尾行するのは造作もないのだ。

 太一は電車に乗り、低崎駅で降りると、駅から少しだけ離れた場所にあるマンションに到着した。彼が入っていった部屋からは、元気そうな男の子の声が聞こえてくる。間違いなく、このどこにでもあるような四角いマンションの一室が、渡瀬一家の住処だ。


    *


 翌日になって、佐代を連れて再び太一の住むマンションを訪れた。今回は生人と野川だけでなく、八槻とレミも一緒である。

 佐代は、太一と一緒に遊ぶ息子の大空そらを目にした瞬間、顔を綻ばせ、目には涙を浮かべ、家族との再会を喜んだ。息子と夫に自分の姿は見えなくとも、佐代の喜びは大きかった。


「ありがとうございます! なんとお礼をすれば良いか……」

「お礼は、相談所の利用料である2万円で充分です」


 いつもの無愛想な言葉を口にする八槻。だが彼女も、家族と再会した佐代を見て、表情は柔らかい。家族との再会、ということの重みを知る八槻は、佐代の気持ちを理解できるのである。

 一緒に喜ぶのは、レミも同じだ。

 

「良かったね、佐代さん。これからはずぅ~っと、家族と一緒に居られるよぉ」

「はい! 本当にありがとうございます」


 感謝の言葉が尽きない佐代。生人と野川は、達成感に満ち溢れていた。

 

「見ろよ、姫様が嬉しそうだ。こんな仕事は珍しい」

「ええ。良い、仕事でしたね」


 こうして、渡瀬佐代の家族を探してほしいという依頼は、無事に成し遂げられた。そのはずだった。


    *


 佐代の依頼を終えて数日後。延期していた別の依頼を着々とこなす相談所一行は、少し疲れた様子だ。黒部と日向はアパートの自室で休み、八槻もデスクチェアに座りながら眠ってしまっている。

 生人と野川、レミは、録画されていた『世界不可解発見』を見ていた。今回の特集は、『緊急生放送! マンションの怪!』だとか。どこぞで幽霊が見つかったため、予定されていたものを変更しての内容らしい。この番組では珍しいことではない。


「生放送ってことは、新鮮ってことだよねぇ?」

「まあ、間違ってはいないな」

「大丈夫なの? 放送、腐っちゃわない?」

「もともと腐ってるようなもんだから大丈夫」

「そうなんだぁ」


 人間界の知識を勉強するレミの質問に、生人はテキトーに答えた。こうして、レミの人間界の知識がまたひとつ、偏った。


《長曾我部さん、今日は何があったのですか?》

《実はですね、とあるマンションに幽霊が出たというんです! みなさん! 今日はすごいことが起きるかもしれません!》

「どうせ物音がしたとかで大騒ぎすんだろ。実際に幽霊がいたって、気づけないんだから」


 期待値を上げるためなのか、本人が興奮しているためなのか、長曾我部の言葉は煽動的であった。しかし野川は、いつもと同じく番組を笑う。野川が期待するのは、画面いっぱいに幽霊が映り込みながら、それに誰も気づかぬ状況である。

 少々大げさな番組の作りに、レミは食いつくのだが、生人は興味がわかない。今の生人は、さらに大げさかつ作りこまれたハリウッド映画を鑑賞したい気分なのだ。


《詳しい場所はお伝えできませんが、このマンションです!》


 テレビに映った長曾我部は、幽霊が出たというマンションを指差す。するとテレビの画面は、モザイクのかけられた街並みと、マンションのエントランスに支配された。


「あれ、このマンション……」


 モザイクがかけられたところで、そのマンションがどこのマンションなのか、生人には分かった。分かってしまった。以降、彼は番組に出る人々の言葉全て、不快に感じる。


《ここ1週間ぐらい、夜になるとね、白い影がふわっと現れるんです。もうそれが怖くて怖くて》

《視線は感じますね。誰かがマンションを覗いてるような》

《あれは……女性の幽霊かな? いつ襲われるかと思うとね、心配ですよ》


 マンションの住人にインタビューをする長曾我部と、それに答える住民たち。皆一様に、テレビに出られることへの半笑いを浮かべ、ついでに幽霊を恐怖している。


《このマンションにはね、強い恨みを持った女性の幽霊がいますよ。今はね、あそこからこっちを睨んでいます。……少し、危ないかもしれない》


 久々の見せ場だからか、長曾我部の顔は真剣だ。まるで勇者にでも選ばれたかのような表情である。

 だが、幽霊がいると言って彼が指差した先には、観葉植物しかない。まさか観葉植物と幽霊を見間違えているんじゃないかとすら思う生人。強い恨みを持った観葉植物とは、これ如何に。


《放っておけば、この幽霊は住人を襲う可能性があります。今すぐに除霊の準備を! 私が今すぐ、あの幽霊を退治しましょう!》


 勇者が魔王に正義の鉄槌を食らわす。今の長曾我部の気持ちは、そんなところか。彼は半ば興奮しながら、おどろおどろしく除霊とやらを開始した。

 悪霊を退散するための除霊。それをスタジオで見る番組出演者は、薄っぺらい驚きの声を上げ、わざとらしく目を見開く。

 

 長曾我部も番組出演者も、スタッフも誰も気づいていない。除霊作業が行われる傍ら、ひとりの女性幽霊が申し訳なさそうに、今にも泣き出しそうな表情をして佇んでいるのを。今回ばかりは、野川も笑えない。


 〝マンションに現る危険な悪霊〟にされてしまった佐代は、翌日になって再び、相談所を訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る