Case7 幽霊と家族
その1 心霊番組の幽霊
相談所の窓を、横殴りの雨が叩き付けている。東の空が明るむ頃だというのに、太陽はその姿を見せてはくれない。ここ数日はこのような天気が続いていた。
仕事を終えた相談所一行は、それぞれ勝手に自由時間を過ごしている。生人と野川、黒部は録画されたバラエティ番組を見て楽しみ、八槻はプリンを口にし、レミは台所で料理、日向は自分の部屋で熟睡中だ。
男3人がソファに座って見ているのは、人気オカルト番組である『世界不可解発見』である。UFO、UMA、心霊、超常現象を面白おかしく扱い、様々な
幽霊としてこの番組を見ると、生前とはまた違った楽しみ方ができる。番組内に登場する幽霊が見えるからだ。
現在の『世界不可解発見』は、『ぶらり心霊旅』という企画の最中である。長曾我部という霊能力者が街をぶらり旅しながら、様々な心霊現象を聞いて回るという企画だ。この企画が最も突っ込みどころ満載であり、野川はこれをいつも楽しみにしている。
《奥さん、この辺りで幽霊とか見ませんでした?》
《見てないね。お墓の方とかなら、もしかしたらいるかもしれないけど》
《ああ残念。お墓にもね、幽霊いなかったんですよ。今日、全然幽霊いませんね》
東京都某所をぶらり旅する長曾我部は、なかなか幽霊話に出会えず苦戦中。それをナレーションがいじり、笑い声のサウンドエフェクトが入る。だが、野川はそれを見て吹き出した。
「こいつ、さっきからずっと隣に幽霊いるのにな。マジ笑える」
彼の言う通りだ。長曾我部の隣には、ずっと女性の幽霊が付きまとっているのである。霊能力者の長曾我部も番組スタッフもそれに気づかず、番組は幽霊が見つからないという調子で進んでいるのだ。
大笑いする野川の隣で、生人は疑問に思った。以前に出会った龍造寺もそうだが、霊能力者というのはこんなヤツらばかりなのかと。
「なんで、まともな霊能力者っていないんですかね」
この疑問に答えたのは、未だ笑い続ける野川だった。
「そりゃ姫様みたいな霊感知能力保持者は、幽霊が当たり前の存在だからな。何も霊能力者になって、幽霊に大騒ぎすることはないんだよ。そうでしょ、姫様?」
「うん」
野川の言葉に、八槻はスプーンを口にくわえたまま、首を縦に振った。しかし生人は納得できず、さらに質問を重ねる。
「でも、霊能力者になるには多少の霊感知能力があっても良い気がするんですが。龍造寺とか長曾我部見てると、全く幽霊が見えてないじゃないですか」
「いやいや、龍造寺は霊感知能力あるよ。霊能力者になる奴って2種類いてな、ひとつは思い込みタイプ。幽霊が見えてるような気がしてるだけの奴で、長曾我部はそうだ。だけど龍造寺は、ちょっとだけ霊感知能力を持ってる」
幽霊が見えるという思い込みで霊能力者をやっているとは、生人も驚いた。それ以上に驚いたのが、龍造寺が霊感知能力保持者であったことだ。
「龍造寺って霊感知能力保持者なんだ。そうは見えないけど……」
「だから言ったろ、ちょっとだけ持ってるって。あの人、幽霊の気配を感じるけど、幽霊は見えないんだ」
「除霊したあとは気配感じてないように見えますが」
「そこは思い込み」
「……野川さん、妙に龍造寺に詳しいですね」
「40年ぐらい前に大殿――姫様のおじいさんと仕事した時、ちょっと会話したことあるんだよ」
「へぇ、そうだったんですか」
さすがに400年も幽霊として存在していると、野川も様々な人間に出会うのだ。珍しく野川を見直した生人。
疑問は解消され、生人は再びテレビに視線を向けた。テレビの画面には、長曾我部に付きまといながら、相も変わらず一切気づかれぬ女性の幽霊が映っている。それを見た生人はふと思い、呟いた。
「あの幽霊、長曾我部に何かを必死に訴えてるような――」
「ご飯できたよぉ。みんな美味しく食べてねぇ」
生人の呟きは、レミの食事の合図にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。レミが作った鶏肉のクリーム煮込みの美味に、生人自身もまた、己の呟きを忘れてしまう。
*
翌日、雨が降る午後10時ごろ。仕事の準備をする生人とレミ、退屈そうな八槻と日向がいる相談所に、お客さんがやってきた。
お客さんは、とても優しそうな雰囲気を持つ女性。どこかで彼女を見た気がする生人は、彼女の顔をじっくりと眺める。生人に眺められ、女性が困り顔をしだしととき、生人はようやく彼女が誰なのかに気づく。
「あ! 昨日の世界不可解発見に出てた方ですよね。長曾我部と一緒にいた」
野川を大笑いさせた長曾我部。その彼に付きまとっていた女性幽霊。お客さんは、間違いなく、あの女性だ。女性も頷き、生人の記憶と言葉が正しいことを証明する。
「どうぞ、お座りください」
「レミがお茶持ってくるねぇ」
日向が女性を座らせ、レミがお茶を入れに行く。生人は仕事の準備を続行だ。しばらくしてレミがお茶を出すと、仕事の顔をした八槻が、仕事の話を始めた。
「所長の八槻です」
「はじめまして、佐代と申します」
「佐代さん、今日のご用件は?」
「人を、探してほしいのです」
「探してほしい人というのは、幽霊ですか?」
「いいえ、人間です。私の家族です」
探してほしいという家族。その詳細を、佐代と名乗った女性は説明し始める。
「私には、夫とまだ4歳の息子がいます。2人とは、私が病死して以来、一度も会ってはいません。天界法に違反すると思ったので。でも、母親を亡くした息子と、家事もまともにできなかった夫が心配で……」
佐代は、小さな子供と夫を残し、若くして病死してしまった母親幽霊だった。彼女の話を、生人たちは熱心に聞く。佐代は話を続けた。
「で、友人から言われたんです。家族を見守るだけなら、天界法には違反しないだろうって。そこで家族を探したのですが、残念ながら引越しをしてしまったようで、息子と夫がどこにいるのか、分からないんです」
「幽霊管理部には問い合わせてみましたか?」
「はい。ただ、緊急性がなく担当部署でもないため、断られてしまいました」
それを聞いて、八槻は当然だという顔をする。一方でレミは口を尖がらせ、不満げに言い放った。
「伊吹ぶちょー、いじわるだね」
「幽霊管理部もお役所だから、仕方ないのよ」
レミを諭した日向の言葉に、レミも「そうなんだぁ」と納得した模様。なんとも単純な天使である。
佐代はため息をついた。
「有名な霊能者の長曾我部さんにもお願いしようとしたのですが、話をすることもできませんでした」
昨日の世界不可解発見で、佐代が長曾我部に付きまとっていた理由が判明した。彼女は長曾我部が霊感知能力保持者でないのも知らず、家族を探してほしいと必死で頼んでいたのだ。長曾我部も罪作りな人である、と生人は思う。
「それで先日、友人から白河幽霊相談所さんの評判を聞きました。頼りになるのは、もう白河幽霊相談所さんしかいません。どうか、お願いします! 息子と夫の居場所を探してください!」
頭を下げ、八槻に頼む佐代。彼女は家族を探すため、必死なのだ。長曾我部すらも頼ろうとするほど、必死なのだ。母親として、なんとしてでも家族を探し出したいのだ。
しかし、と生人は思う。八槻の性格から考えて、依頼を引き受けるかどうかは未知数だ。
「分かりました。明日にでも探し出しましょう。みんな、お客さんの家族見つけるまで、全部の依頼延期ね」
「やっつー、他のお客さんの依頼延期、ホントに良いの?」
「うん。割引すれば大丈夫でしょ」
「やっつー、なんかいつもより優しいね!」
意外だった。あの八槻が、面倒な仕事を料金の話もせずに即決したのだ。他の依頼を延期してまで、引き受けたのだ。レミは嬉しそうに驚いているが、生人は逆に不審がってしまう。
「ありがとうございます!」
満面の笑みで感謝の言葉を口にし、頭を下げた佐代。生人は日向に、小声で聞いた。
「あの八槻が、よくこの依頼を即決しましたね」
「そっか、生人ちゃんもレミちゃんも知らないのか。八槻ちゃんね、8年前にお母さんを亡くしてるのよ」
「え? そうなんですか……」
「だからたぶん、お母さんの佐代さんの依頼、断れないのよ」
母親を早くに亡くしているからこそ、家族を探す佐代の依頼を引き受ける。それは意外な八槻の姿だった。どうして八槻が母親を亡くしたのか、その詳細は、生人は聞けない。今は、佐代の家族を探すのが最優先である。
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