その5 説教の時間です

 近所に恐怖を振りまいたヤンキー幽霊たちの本当の姿に、生人たち3人は黙っていた。今は、彼らの話を聞くときだ。そう思ったのである。リュウの話は続いた。


「事故って、幽霊になって、この世をさまよった。すると、俺と同じようなヤツがいっぱいいることを知った。俺たちは孤独を癒すため、自然と集まるようになった」


 リュウの表情には、過去を懐かしむような笑みが浮かんでいる。しかしすぐに、リュウの言葉に力が入った。


「ある日、パシリ扱いされてる学生を街で見つけた。そいつを見てると、昔の俺たちを思い出してな。俺たちは、その学生を救おうとした。でもどうやって救えばいいか分からねえ。そこで俺たちは、生前に俺たちをパシリに使った先輩たちを真似したんだ」


 生人たちは理解する。そこから今が始まったのだと。


「おかげで、学生を救えた。そのときからだ。俺たちが今みたいに毎日を過ごして、人をいじめるようなヤツらを恐怖で脅かしてきたのは」


 最後は、どことなく誇りを持ったような口調であった。おそらくリュウは、自分のやってきたことを後悔はしていない。

 一方、生人はリュウのその言葉に質問した。


「もしかして、君たちが脅かしてきたのって、いじめっ子だけだったりする?」

「そうだ。俺たちは人をいじめるヤツらしか脅かしちゃいねえ」


 そう言い放つリュウに、生人は考えが変わる。彼らは決して悪人ではない。ただ、不器用なだけなのだと、思い始めていた。しかし八槻は、厳しい表情をしてヤンキー幽霊たちに言った。


「相手はいじめっ子でも、暴力沙汰を起こしたのは事実。近所が恐怖してるのも事実。生きた人の人生に干渉もしてる。自分のやったことを反省して、ヤンキーの集まりは解消してもらうから」


 表情以上に厳しい言葉。そんな彼女に、生人は訴えた。


「たしかに、こいつらがやったことは悪いことだ。でも八槻、情状酌量の余地はあるんじゃないか? 集まりの解散だけは、見逃してやれないか」

「こいつらは自分のやったことを後悔してない。なら、必ず同じことを繰り返す」


 生人は八槻の言葉を否定できなかった。理由と結果はどうあれ、リュウたちのやっていることは悪だ。同じことを繰り返させてはならない。

 なんとかリュウたちの集まりを解消させたくはない。しかしどうすれば良いかも分からない。悩む生人に、命咲が笑って言った。


「お兄ちゃん、幽霊になっても優しいのは変わらないね」


 それだけ言って、命咲はリュウたちに向かって口を開く。


「ヤンキーさんたちがこの高校に来てから、高校のいじめはなくなったよ。だからあたしは、ヤンキーさんたちを悪い人だとは思ってない。でも、やったことは悪いと思ってる」


 飄々とした命咲が語るのは、ヤンキー幽霊たちへの説教だった。リュウは起き上がり、彼女の言葉に耳を傾ける。


「ヤンキーさんたちは、生前に自分がやられたことをやり返してるだけじゃん」


 この言葉に、リュウは目を見開く。他のヤンキー幽霊たちも、自分のやっていることに気づかされたようだ。命咲の説教は終わらない。


「いじめは抑止できる。でもこの高校からいじめがなくなった理由は、ヤンキーさんたちへの恐怖。恐怖と抑止力は、似てるけど違うんだよ。抑止力は、恐怖じゃなくて打算なんだから。ヤンキーさんたちがやってることは、人を傷つける恐怖だから悪いの」


 はっきりと言い切られ、それでもヤンキー幽霊たちは、それを受け入れる。


「みんな、見た目は完全なヤンキーじゃん。存在だけでも打算で遠ざけられる不良じゃん。なら、何も暴力を起こす必要はないと思うの。自分の存在をアピールするだけで、いじめを抑止する力になると思うの。だから、もう暴力はやめない?」


 命咲の説教。いや、提案ともいうべきか。これにリュウたちヤンキー幽霊は、力強く首を縦にふる。


「あんたの言う通りだ。俺たちは恐怖以外の方法でだって、いじめをなくせる」

「そうだ! 俺たちゃヤンキーだぞコラァ!」


 物騒なことに変わりはないが、ヤンキー幽霊たちが命咲の提案を受け入れ、心を入れ替えたのは一目瞭然。命咲は振り返り、八槻に言った。


「八槻さん、これで良いでしょ」

「そうね。指導は終わり、心も入れ替えたみたいだし、集まりの解散は見逃す」


 見事、ヤンキー幽霊たち指導した命咲。生人は妹の活躍に喜び、彼女を褒める。


「よくやった。メイ、いつの間にあんなこと言えるようになったんだな」

「ううん、あれは命咲が小さい頃、お兄ちゃんが教えてくれたことだよ。命咲はお兄ちゃんの言ってたことを繰り返しただけ」

「ああ、そういやそうだっけ。よく覚えてたな」


 命咲の説教は、過去に生人が口にしたことだったのだ。命咲に言われ始めてそれに気づいた生人は、照れ笑いを浮かべる。そんな生人を見て、命咲も小さく笑っていた。


 幽霊管理部から依頼された、某高校に集まる幽霊集団の指導。これは、生人の教えを覚えていた命咲の説教により、ヤンキー幽霊たちが決意を新たにしたことで、無事に終わりを迎えた。命咲の活躍が、円満解決を実現したのである。


    *


 ヤンキー幽霊たちの指導を終えた翌日、午後9時30分、伊吹がカフェにやってきた。報酬のプリンを、幽霊管理部部長が直々に持ってきたのだ。

 伊吹から渡された人気店の高級プリンを目にした途端に、八槻は目の色を変える。表情も明らかに柔らかくなった。クールな八槻の姿はどこへやら。高級プリンの登場が、彼女をおもちゃに喜ぶ子供のようにしたのである。


 もはや八槻は正常な状態ではない。仕事の報告のほとんどは、生人が行なった。報告を聞いた伊吹は可笑しそうに笑い、生人に言う。


「命咲ちゃん、良い妹さんじゃないか。僕も、ぜひとも会ってみたいね」


 そう言って笑う伊吹だが、生人は笑ってなどいられなかった。カフェに入ってきた集団を見て、笑えるはずがない。


「伊吹さん。あいつが、妹のメイです」

「え? タイミングが良い……って、え?」


 生人に言われ、振り返った伊吹は、生人と同じく笑みをなくした。当然だ。カフェに入ってきたのは、たしかに私服姿の女子高生である命咲。だが彼女の後ろには、改造学生服に身を包む、厳つい顔をしたヤンキーがぞろぞろとついてきている。


「お願いします! 命咲さんには、どうしても俺たちの番長になってほしいんです!」

「リュウ先輩の言う通りだ! 命咲さんが俺たちを変えてくれた! だから――」

「お兄ちゃん! 助けて! このままだと命咲、番長にされちゃう!」


 必死の形相をする命咲ではあるが、リュウたちの表情は真剣だ。これは、本気で命咲を番長にしようとしている。生人だけでなく伊吹もそう思い、2人は顔を見合わせた。


「元町君、ヤンキー幽霊たちは心を入れ替えたんじゃないのかい?」

「入れ替えたから、メイを番長にしようとしてるんだと……」

「ってことは、命咲ちゃんを番長にしないと、ヤンキー幽霊たちが逆戻るするかもしれないね」

「……そうですね。なあメイ、番長になってくれないか?」

「ちょっとお兄ちゃん!? 何言ってんの!? 番長なんかやだ! ヤンキーを率いるなんてやだ!」


 まさか兄にまで番長就任を勧められるとは思っていなかった命咲は、必死で拒否する。すると、ヤンキー幽霊が見えていないはずの三枝須が、話に割り込み提案した。


「良く分かりませんが、裏番長はどうです? 番長は今の番長に任せて、命咲さんでしたっけ? あなたが裏番長になる。裏番なら、必ずしもヤンキーを率いる必要はないですよ」


 幽霊が見えないはずの三枝須による、的確な提案。これには、すぐにでもリュウたちを遠ざけたい命咲も納得し、すぐさま叫んだ。


「あたしは裏番になるから、リュウさんは番長としてヤンキー集団を率いて!」

「分かりました! 命咲さんの言う通りにします!」


 生前のパシリ属性が残っているのか、リュウは命咲の言葉に忠実に従い、ヤンキー集団を率いてカフェを出て行った。残された命咲は、疲れた表情で生人の隣に座る。


「はぁ……」

「メイも大変だな」

「うん……」


 そんな兄妹の会話に、伊吹も同情する。一方、八槻はプリンに心を奪われてたままであった。

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