その2 妹の全てを知る兄なんて、この世にもあの世にも存在しない
もし妹のメイ(某アニメのキャラと同じ年の頃が一番可愛かったという理由で、生人は命咲をそう呼ぶ)に出会ってしまったら、どうするのか。死んだ兄との対面に、妹はどう反応するのか。妹の通う高校を前に、生人の心は不安に支配される。
「可視化しなきゃいいでしょ。あんた、幽霊なんだから」
不安に襲われる生人とは対照的に、八槻はそう言い放った。たしかにそうだと、生人も思う。ただ、やはり緊張する。高校の名を聞きそびれていたのが裏目に出た。せめてもっと早くこの事実を知っていれば、生人も心の準備ができたであろう。
環境省からの派遣だと学校側に説明し、高校に足を踏み入れた生人と八槻。もちろん、生人は可視化せず、幽霊であるため誰からも気づかれてはいない。2人は学校の教師に案内され、高校の廊下を歩いた。
時間は午後5時。高校の廊下は閑散としていた。放課後のこの時間では、部活をしている生徒しか残っていないのである。
教師に案内される途中、生人はついに見つけてしまった。こちらに向かって歩いてくる、バドミントンのラケットを手にした、ポニーテールの似合う1人の少女。生人の妹である命咲だ。
久々に妹の姿を見ることができて嬉しい反面、気づかれてはならないと緊張する生人。実は気づいてほしいなどという気持ちもあり、今の生人は複雑だ。
徐々に近づく命咲。一歩、また一歩とその距離は近づき、いよいよ生人と命咲がすれ違うときがきた。
「お兄ちゃん、久しぶり」
「おう、久しぶり」
すれ違う際、当たり前のように命咲に挨拶された生人。生人も普段の癖で、普段通りの答えを口にしたが、今の状況が普段通りではないことに、すぐさま気づいた。
「ええぇ!」
思わぬ妹の言葉に、生人はおかしな声を出してしまった。生人はたしかに可視化していない。にもかかわらず、命咲は生人に挨拶した。これにはさすがの八槻も驚きを隠せない。なんと命咲は、霊感知能力保持者だったのである。
妹の意外な事実に衝撃を受けた生人は、気が気ではない。だが仕事は続く。教師に案内された教室で、文科省ではなく環境省職員、という肩書きに不審そうな表情をしながら、ここ最近の学校で広まる不可解な噂を教師は八槻に教えた。
なお、生人も八槻一緒にいるのだが、教師は彼の姿が見えないため、教師の話し相手は八槻ただ1人である。生人も、命咲のことで頭がいっぱいで、教師の言葉が耳に入らない。
「変な話なのですが、生徒たちの間で『体育館に幽霊がいる』という噂が広まっていましてね。誰かのいたずらだとは思うのですが……」
伊吹の情報では、体育館に幽霊が集まっているらしい。教師の言葉は、その情報通りであった。残念ながら『体育館の幽霊』は、いたずらでも噂でもなく、事実なのである。この学校にはたしかに、幽霊がいる。
教師からの話を聞き終えた八槻と生人は、さっそく体育館へと向かおうとした。向かおうとしたのだが、ここで八槻は何かを思いつき、生人に提案する。
「あんたの妹の命咲ちゃんに、協力してほしいんだけど」
「メイと協力!?」
「さっきの感じだと、命咲ちゃんが霊感知能力保持者なのは確実。なら、体育館の幽霊のことも知ってると思うんだけど」
「それは、そうだが……」
生人は悩んだ。自分の仕事に命咲を巻き込んで良いのだろうか。幽霊の世界に、命咲を引き込んでしまって良いのだろうか。
散々悩んだ挙句、生人は思う。妹なのだから、別に良いんじゃないかと。
「よし、メイを探そう」
やると決めれば、すぐさま行動。2人は命咲を探すため、学校を歩き回った。
八槻曰く、幽霊が見える高校生は、いつ幽霊と接触しても良いように、人の少ない場所にいるらしい。少なくとも八槻はそうであった。彼女の言う通り、命咲がいたのは、人の少ない教室である。
「メイ、話がある」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
驚くそぶりもなく、ごく普通に生人の言葉に反応する命咲。死んだはずの兄が現れたにしては、あまりにも淡白な態度である。そのため、本来は現状と仕事の説明をすべきところで、生人は過去の不満を口にしてしまった。
「お前、なんで葬式で泣かなかったんだ! 母さんと父さんはあんなに悲しんでくれてたのに!」
「だって、お兄ちゃんが一緒に葬式に参加してたんだもん。泣くに泣けないよ」
当然でしょ、と言わんばかりの命咲の反論。実際、葬式では別れが寂しいからこそ涙が出るのであって、死者の幽霊がすぐ近くにいれば、涙は出ないだろう。だが生人の不満は解消されない。
「せめて俺が見えてることぐらい、言ってくれても良かったんじゃないか?」
「『そこにお兄ちゃんがいるよ』なんて言ったら、お父さんとお母さんが余計に泣いちゃうじゃん。ショックで幻影が見えてるとも思われたくないし」
「なら、母さんと父さんのいないところで話しかけろ!」
「お兄ちゃんがお父さんとお母さんの側を離れないだもん」
「仕方ないだろ! あんなに悲しまれちゃ、側に居たくもなるんだ!」
不満を爆発させる生人。淡々と反論する命咲。だんだんと水掛け論の体をなしてきた会話に、八槻が割り込む。
「この学校の体育館に幽霊が集まってるの、知ってる?」
あまりにも単刀直入な言葉。命咲からすれば誰かも知らぬ、兄と一緒にいるだけの女性の質問に、命咲はぽかんとする。
ただ、質問に対する答えだけは口にした。
「ええと、はい、知ってます」
そう言いながらも、困り果てた様子の命咲。生人は不満を心に抑え込み、今の自分と八槻についての簡単な説明をした。
「この人は白河幽霊相談所の所長で、白河八槻。幽霊相談所ってのは、巷の幽霊たちの生活支援をする場所だ。幽霊がそこら中にいるのは、その調子だと知ってるな?」
「うん」
「なんで霊感知能力を持ってること、教えてくれなかった?」
「おばあちゃんから、人には言うなって教えられたから。おばあちゃんも霊感知能力保持者だったんだよ」
「マジでか!? ……で、お兄ちゃんは今、その白河幽霊相談所で働いてる。今日はこの学校の体育館に集まる幽霊を指導しに来た」
「そうなんだ」
説明を聞いても、命咲は驚かない。むしろ、自分の祖母が霊感知能力保持者であったことに、生人の方が驚いている。命咲が驚かないのは、幼少の頃から数多の幽霊を見てきたために、もはや幽霊関係の話で驚くことがないためなのだが、生人はそれを知らない。
どちらかという、命咲は八槻の存在に驚いていた。あのお兄ちゃんが、女性と一緒にいる、という驚きである。
「お兄ちゃんと八槻さんって、どういう関係?」
「上司と部下」
16歳の女の子らしい命咲の質問に対し、八槻は即答した。ここまではっきりと即答されてしまうと、生人はなぜだか悲しい。命咲も悲しい。だが八槻は気にせず、本題を口にした。
「ともかく、体育館の幽霊のところに案内してほしいの。お願いできる?」
「は、はい。えっと、こっちです」
兄妹の話にはまったく興味がない八槻。彼女の『面倒』という思いを察知した命咲は、体育館に集まる幽霊のもとへと、ようやく案内を開始した。
日が傾き、強烈な西日が射し込み始める校内。体育館へと向かう3人。生人は大きなあくびをし、八槻は日差しを手で遮り、命咲は体育館の幽霊について、説明する。
「体育館に集まってる幽霊、そこそこ怖いんです」
「怖いって、どのくらい怖いの?」
「ちょくちょく、やんちゃな生徒が襲われて青い顔するぐらい怖いです。だから気をつけてください。特に、喧嘩したことのないお兄ちゃんはね」
「まるで俺が弱いみたいに言うな。喧嘩したことがないってことは、お兄ちゃんは優しいってことだろ」
「でも、弱いのはホントじゃん」
「うるせえ」
こうして、たわいの無い会話をしているうちに、3人はいよいよ体育館に到着した。
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