その2 幽霊の過去は人それぞれ

 木村の説明によって判明したことは、以下の通り。

 『ホテル・プルート』に出現する幽霊は女性。主に午前2時頃の304号室に出没するという。襲われるのは、基本的にカップルが多いそうだ。


「ここまで分かれば十分ですね。木村さん、あとのことは私たちに任せてください」

「はい。では、お願いします」


 全てを相談所に託した木村は、深く頭を下げ、相談所を出て行った。ここからは、仕事の準備である。


「ホテルへは私たち3人で行く。日向さんと元町くんが、カップルのふりして304号室で待機」

「年齢的には、八槻ちゃんと生人ちゃんの方がお似合いじゃないかしら?」

「年齢しか似合ってないから却下」

「はいはい」


 明らかに、生人とのカップルのふりを拒絶した八槻。同年齢の女性に拒絶されるという事態に、生人は多大なショックを受け、落ち込んだ。生人のショックを察知した日向は、彼を慰める。


「この日向さんとカップルになれるなんて、生人ちゃんも幸せね」

「あの、近いです。カップルのふり、ですよ」

「なに? 私とカップルなのが不満なのかしら?」

「……実は俺、年下好きで」

「え、そうなの!? 生人ちゃん、まさかのロリコン!?」

「違います! 違うと思います!」


 生人と腕を組んだままの日向は、ケラケラと笑いだす。ロリコン呼ばわりされた生人は、必死でそれを否定するが、もはや日向の耳には届いていなかった。

 このままではロリコン扱いされると不安がった生人は、とっさに話を変える。


「と、ところで、俺と日向さんがカップルのふりをするのは分かった。で、八槻はどうするんだ?」

「私は、ホテルの前で待ってる」

「……それだけ?」

「それだけ」

「じゃあ、仕事に参加しなくて良くない?」


 ホテル前で待つだけならば、八槻は相談所に残っても良いのではないか。当然の疑問が生人の頭に浮かび、その疑問を八槻に投げかける。すると、八槻は表情一つ変えずに答えた。


「1人1時間5000円。だったら、2人より3人の方が良いでしょ」


 なんとも分かりやすい答えに、生人は乾いた笑いが出てしまった。


    *


 東京23区某所にある、レンガ色のオレンジに彩られた、6階建てのビル。一般的なビジネスホテルといった見た目のこの建物こそが、『ホテル・プルート』である。

 夜中の繁華街から少し離れ、街の灯りに浮かぶ『ホテル・プルート』は、ビジネスマンだけでなく、家族や恋人なども歓迎する、小洒落た佇まい。生人たちが想像していたよりもずっと、立派なホテルだ。


 ホテルのすぐ近くに設けられた駐車場。そこにとめられた相談所のワゴン車で、日向が大きなあくびをしながら呟いた。


「眠い……」

「まだ午前0時ですよ。寝不足ですか?」

「ううん。私、体内時計が昼夜逆転してるのよ」

「昼夜逆転なら、幽霊生活にぴったりだと思いますが」

「幽霊生活にとっての昼夜逆転よ。夜眠くて、昼に活動しちゃうの」

「……なんか、健康なんだかそうじゃないんだか、分かりにくいんですけど」


 幽霊の昼夜逆転した生活は、人間からすれば当然の生活だ。昼活動し、夜眠る。それが不健康であるあたり、幽霊と人間の大きな違いのひとつである。

 生人と日向は車から降りた。日向は再びあくびをするが、仕事には前向きな様子。


「呪術道具は持ってるかしら?」

「持ってます」

「幽霊の動きを封じる御札を、幽霊の生人ちゃんが素手で持ってるなんてね」


 どこか化け物を見るような目を生人に向ける日向の言葉。幽霊を封印するための強力な御札を、幽霊が素手で持つというのは、やはり幽霊社会では異常なことなのだ。


「じゃあ、私はここで見張ってるから。なんかあったら連絡ちょうだい」


 車内で飼い犬のワオンを抱いた八槻は、リクライニングさせたシートに寝そべり、プリンの蓋を開けながらそう言う。


「なあ八槻、それで客から金を取るのは、ほとんど詐欺だぞ」

「私は、もしあんたが幽霊を逃した場合、幽霊を捕まえるための備え。備えはきちんとした仕事でしょ」

「そうだが……」

「ワン!」

「ほら、ワオンだって私に賛成してくれてる」

「分かった分かった。俺がヘマした時は、頼んだぞ」


 してやったりという笑みを浮かべる八槻に、生人は半ば呆れながら、日向とともにホテルへと向かった。八槻はプリンを張り込みのアンパン代わりに、ワオンとともにワゴン車で仕事の終わりを待つ。

 

 時間は午前0時20分。繁華街からそう遠くはないこの場所は、このような時間でも多くの人々が街を跋扈している。

 生人と日向は可視化をしながら、ホテルへ向かって歩き続けた。この2人が幽霊であると気づける人間は、1人として存在しない。2人はまるで生きた人間のように街を歩き、会話する。会話の内容は、幽霊社会特有のものなのだが。


「日向さん、可視化能力は高いんですね」

「当たり前よ。私の可視化能力と生前再現能力は、レベル5なんだから」

「それ、最高レベルじゃないですか!」

「驚く生人ちゃんだって、私と同じらしいじゃない」

「まあ、そうですけど」


 生前再現が可能な幽霊は、ごく少数だ。非常に強力な霊力を持たぬ限り、その能力は身に付かない。


「生人ちゃんは、どうして霊力が高くなったの? 未練とか恨みとか、あったの? 生きてた頃に、幽霊と長時間接触したこともない?」

「思い当たるものは何もありません。そもそも、霊感知能力も持ってなかったので」

「あら、それは不思議ね。私なんか、きちんとした理由があるのに」

「……過去に何があったか、聞いても?」

「聞かれなくても喋るわ」


 日向はよどみなく、しかし時折あくびを交えながら、自らの過去を話し出す。どことなく、嫌悪感を表情ににじませて。彼女にとって自分の過去の話は、決して明るいものではない。


「もう20年以上も前。私は当時、婚期を逃した三十路の女だった。それは今も変わらないけど、あの時はOLで、まだ人生があったからね、少し焦って男を探してたのよ。で、見つかったのよ、運命の男性が」

「どんな人だったんです?」

「ちょっとわがままな人でね。部屋は散らかすしギャンブルもやめないしで、すぐにお金をせがんでくるんだけど、放っとけないかわいい人だったわ」

「早くも嫌な予感がしてきたんですけど」


 生人は日向の男運の悪さを感じ取っている。話の流れにそわそわするのも、仕方のないことだった。日向の話は終わらない。


「でもある日、あの人の部屋を片付けに行ったら、いたのよ、別の女が。私よりもずっと若い女。もう修羅場よ。浮気女と私は摑み合い、あの人は知らんぷり。修羅場の結果、私は死んだわ。私があの人を刺し殺そうとして、逆にあの女に刺し殺されたの」

「ええ!」

「殺された直後、私は幽霊になった。あの人を取られた嫉妬と恨みが、私を強力な霊力を持った幽霊にしたの」


 自然と、生人は日向から一歩離れる。日向は気にせず、話を続けた。


「それからしばらくは、荒れたわね。当時は幽霊管理部なんてなかったから、私は悪霊の道を辿ってた。でも悪霊にはならなかった。香織さん――八槻ちゃんのお母さんが、私を拾ってくれたのよ。それからずっと、白河幽霊相談所で働いてるの」

「……ええと、いろいろと大変だったんですね」


 男運の悪さで幽霊となり、幽霊となってからも、男運の悪さは継続。生人は急に、日向のことが哀れに思えてきた。なるべく哀れみを表情に出さぬよう努力するが、日向はお見通しのようだ。彼女は自嘲気味の笑顔を生人に向けていた。

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