その3 これは、黒い会社ですね
詐欺師幽霊と出会った翌日、相談所にいる生人のもとに一通の電話がかかってくる。相手は詐欺師幽霊だ。
《大町さん、朗報です! 私の友人が、大町さんを2週間雇ってくれるそうです!》
「本当ですか!?」
《ええ。良かったですね、これで大町さんは成仏できますよ!》
「ありがとうございます!」
《仕事は今日からです。私がお迎えしますので、昨日と同じ場所に》
ついに犯罪集団の本拠地へと、足を踏み入れる時が来た。あとは八槻たちが生人を尾行することで、本拠地の場所が判明する。仕事は順調だ。
さっそく準備に取り掛かる生人に対して、野川が軽口を叩く。
「生人、詐欺師に騙される気分はどうだ?」
「早く詐欺師たちが逮捕されたところを見て、気分を晴らしたいです」
生人がそう言うと、野川はいつもの引き笑いをした。だが対照的に、黒部は――いつもそうだが――厳しい表情をして、口を開く。
「先のことではなく、目の前のことを考えろ」
「目の前のこと?」
「相手は犯罪集団。幽霊だからといって、油断するな」
「は、はい」
元殺し屋の黒部、ということは彼は、裏社会を見てきた人物。故に、彼の忠告は生人の心を凍らせ、小さな恐怖を生み出す。幽霊だろうと、人間のときに怖かったものは怖い。
黒部の忠告に不安を抱いたのは、八槻も同じだった。
「黒部さんの言う通り、気をつけてよ」
「八槻、お前にまで心配されると、不安が増すばかりなんだが」
「勘違いしないでよ。救出任務なんて面倒な仕事、増やしたくないだけ」
「おいおい、ツンデレか?」
「ツンデレじゃなくて、ただの面倒くさがり。この会話だって、そろそろ面倒になってきたと思ってる」
「普通に心配はしてくれないんだな。ま、ご忠告どおり気をつけるよ」
八槻は素直なのか、素直ではないのか、生人にはまだ分からない。ただひとつ分かるのは、彼女が面倒くさがりであることだけ。それだけ分かれば、十分である。
「いっくんならできるよ! 頑張って!」
小さな恐怖と不安に支配された生人の心を癒す、レミの明るい言葉。厳しい仕事を前に、ほんわかとした言葉を聞くと、気が抜けてちょうど良い。
これで準備の途中に枝切り鋏が届かなければ、レミは最高の天使だった。彼女は天使であると同時に、貧乏神でもある。
「尾行は黒部さんがやってくれるから、あんたは普通に。とにかくバレないようにね」
「分かってる。じゃ、行ってきます」
準備を終わらせた生人は、心配する八槻と、能天気に手を振るレミと野川に見送られ、相談所を出た。向かう先は、宇の頭公園のベンチ、そして詐欺集団の本拠地だ。
生人は気がつかなかったが、黒部は相談所の車を運転して、すぐに生人の尾行を開始する。殺し屋として長く裏社会で過ごしてきた黒部だ。尾行などはお手の物。浮遊と透過が可能な幽霊となれば、なおさらである。
相談所と宇の頭公園は、それほど離れてはいない。生人は目的地に向かって歩き、詐欺師幽霊の待つベンチに到着した。黒部も生人が見える位置に、それとなく車をとめた。
「お待ちしておりました! ささ、こちらへ」
張り付いた笑みがなんとも不気味な詐欺師幽霊。彼の言われるがままに、生人は彼についていく。
しばらく歩き、公園から住宅街の細道に出た時である。生人も黒部も予測していなかった出来事が起きた。細道にとまる1台のワゴン車から、数人の男たち――全員が幽霊――が飛び出し、生人に目隠しをして、彼をワゴン車に詰め込んでしまったのだ。
生人を乗せたワゴン車は勢いよく走り出す。果たして黒部は、生人を乗せたワゴン車を尾行できているのか。
目隠しをされ、体を押さえつけられ、抵抗もできない生人。ようやく目隠しを取られた時、彼は殺風景な事務所らしき部屋に座らされていた。目の前には、メガネをかけた背広のおじさんが、詐欺師幽霊と同じ張り付いた笑みを生人に向けている。
「私が代表取締役です。部下は全員が幽霊ですが、私は霊感知能力保持者。この世には、幽霊が見える人はそう多くはない。私は幽霊が見える選ばれた人間として、あなたのような幽霊を救いたいと思い、この会社を立ち上げました」
聞いてもいないのに、唐突に、誇らしげに、自分の会社を立ち上げた理由を口にした社長。霊感知能力保持者ということは、彼は生きた人間ということだ。社長に対する生人の第一印象は、意識の高そうな、随分と傲慢な人。
生人が何を思おうと、社長の張り付いた笑みは変わらない。
「あなたには、わが社で2週間働いてもらいます。幽霊になっても人の役に立てる、素晴らしい仕事ですよ。幽霊となり、荒んだあなたの心も、仕事が癒してくれるでしょう」
強引にワゴン車に乗せ、目隠しで事務所の場所を隠した上でのこの言葉。表情も口調も優しいが、微塵の優しも感じられない。むしろ不気味さを感じ、生人は恐怖している。
怪しく不気味な社長との面会を終え、事務所からすぐ隣の狭い作業室に連れて行かれた生人。彼はここで、15人の労働者幽霊の1人となり、過酷な単純作業を、ろくな休憩もなしで行うことになる。
*
管理職の幽霊は張り付いた笑みを浮かべ、狭い仕事場で働く15人は引きつった笑みを浮かべる。
「おいお前! ここミスってんぞ! これだから無能は使えねえんだよ!」
「申し訳ありません」
「お前さ、自分が無能なこといい加減に自覚すれば。そんなんだから早死にすんだよ」
「……はい」
「無能! もっとデカイ声で返事しろよ!」
「はい!」
小さなミスをした1人の従業員。監督官はその1人に怒鳴り散らす。怒鳴り散らしてはいるのだが、従業員いじめが楽しいのだろう。表情は笑っている。生人が働かされる某雑貨製造会社は、
伊吹の依頼から8日、労働が始まってから6日。生人は疲れ切っている。幽霊なのに疲れ切っている。
肉体を持っていない幽霊が、肉体的に疲れることはあり得ない。幽霊が疲れる時はいつだって、魂が削られ魂が疲れたときだ。作業部屋で黙々と作業を続ける15人の幽霊たちは、幽霊の本質である魂を削り、精神を擦り切らせているのである。
食事は当然、休憩も、睡眠すらほとんど与えられず、小さなミスでパワハラの餌食になる。こんな労働環境は、常識的に考えれば違法だ。だが幽霊が働いている時点で、常識も何もない。
「幽霊に対する労働基準法はありませんので、我が社に違法な箇所はどこにもありません」
いくら会社に訴えたところで、管理職の幽霊に、必ずにこやかな表情でそう言われるのがオチだ。人間が人間をこき使うように、幽霊も幽霊をこき使うのである。
このような会社がなぜ幽霊管理部に摘発されないのか。会社の場所が分からずとも、幽霊管理部に訴えでたりはしないのだろうか。そんな生人の疑問も、6日間働いているうちに答えが出た。
「我が社に違法性はありません。しかし皆さんは、幽霊管理部が違法とする呪術をかけられたブレスレットを、この仕事で手に入れる。ということは、いくら幽霊管理部に訴え出たところで、逮捕されるのは皆様。逮捕されれば、成仏などできません」
ある日、勇気を持って訴え出た労働者に対して、社長が言い放った言葉である。堂々とした脅しではあるが、ここで働くのは成仏を目指す幽霊たち。『成仏できない』と言われれば、それ以上のことは何も言えない。脅しの効果は抜群だった。
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