その2 このブレスレットを買えば、幸せな天界に行けます
幽霊管理部部長の伊吹から依頼された、詐欺集団捜査の依頼。悪どい幽霊と霊感知能力保持者に正義の鉄槌を食らわすため、生人は依頼を引き受けたいと強く思う。だが、八槻の面倒くさがりの性格は、あまり乗り気でない。
「そこまで分かってて、なんでウチがスパイをしなきゃいけないの?」
「詐欺集団の相手は幽霊だ。生きた人間しかいない幽管じゃ、無理なんだよ」
「……そう」
八槻は考えている。仕事を引き受けるべきかどうか、悩んでいる。悩む必要があるのかと疑問に思う生人を横目に、悩み続けている。
伊吹は静かにコーヒーを飲み干し、小さな声で呟いた。
「最低でも10万は用意できる」
この呟きが、八槻の心を大きく揺さぶり、彼女を決心させた。現在、レミのおかげで相談所は貧困に直面している。レミが買ったのは料理セットだけではなく、毎日のように宅配便が届くのだ。
八槻は金に困っている。それを知っているかのように、伊吹は不敵な笑みを浮かべて、報酬に関してを口にした。生人は伊吹の腹黒さを見たような気がする。
「分かった。引き受ける」
「それは助かるよ。それじゃ、これが被害者の証言で、こっちが詐欺師との面会場所」
まるで八槻が仕事を引き受けるのを分かっていたかのように、準備していたものを八槻に手渡す伊吹。八槻は面倒くさそうに、一連の資料に目を通した。
白河幽霊相談所が仕事を引き受けると、伊吹はすぐに、コーヒー代を払ってカフェを後にしてしまった。伊吹と八槻は、2階に戻って今後についてを話し合う。
すごいのは三枝須だ。彼は八槻と伊吹の会話を、全て聞いていた。にもかかわらず、彼は幽霊の存在に気づかない。理由は簡単だ。三枝須は八槻と伊吹の会話を、小説の話だと思い込んでいたのである。
幽霊管理部から受けた、新たな仕事。犯罪集団にもかかわる危険な仕事。話し合いの結果、霊力が最も高い生人が、仕事をこなすことになった。犯罪者に罪を償わせると決意した生人も、いざそれをやるとなると、緊張してしまう。
*
相手は犯罪集団。にもかかわらず、八槻はスパイの仕事を全て、生人に押し付けた。生人はたった1人で、末端の詐欺師幽霊と顔を合わせなければならないのだ。
詐欺師幽霊と面会する方法は、被害者である永遠の52歳女性から教わった。まずは詐欺師に電話をかけ、夜中の『宇の頭公園』のとあるベンチに、幽霊と分かるように座っている。これだけだ。
情報通り、詐欺師に電話をかけ、夜中の宇の頭公園のベンチに座る生人。幽霊と分かるように、とのことなので、両手は体の前に垂らしておいた。
「失礼、大町さん?」
しばらく待っていると、1人の男性が生人に話しかけてきた。安物のスーツ姿に、張り付いた笑顔を振りまくその男性は、いかにもなセールスマン。
「そうです、大町です」
男性が詐欺師幽霊であると直感しながら、生人は偽名を名乗る。すると詐欺師幽霊は、ベンチに座って、さっそく商品の説明を始めた。
「我が社の製品に興味を持っていただき、誠にありがとうございます。大町さんはお若いですからね、いつ天界に行けるか知れたものではありません。でもご安心を。お約束通り、早く成仏できるよう、商品をお持ちいたしました」
独特な甲高い声と早口により、詐欺師幽霊のセールストークが生人の左耳から右耳へと通り抜けていく。
「どうぞ、こちらが成仏を早めるブレスレットとなっております」
そう言って、カバンの中から例のブレスレット取り出す詐欺師幽霊。このプラスチック感丸出しの安っぽさは間違いない。これは伊吹が持っていた写真のブレスレットと同じだ。生人は緊張感と、犯罪に対する怒りを必死で抑えた。
「ありがとうございます。値段は2万円でしたよね?」
詐欺師幽霊に電話でブレスレットを発注した際、詐欺師幽霊は確かにそう言った。だが目の前にいる詐欺師幽霊は、街灯に照らされ顔の半分を陰に隠されたまま、ニヤリと笑う。
「申し訳ございません。本来は2万円でお売りしている商品なのですが、少々事情が変わってしまいまして」
「事情とは?」
「このブレスレットには強力な呪術がかけられているのですが、実はその呪術、幽霊管理部が禁止している呪術なのです」
「禁止? それって大丈夫なんですか? 危険な呪術とかじゃ……」
「元々は禁止されるような呪術ではなく、古来から幽霊を成仏させるために使われていた呪術です。しかし幽霊管理部は、自分たちの仕事がなくなることを恐れて、この呪術を禁止してしまったのです」
「幽霊管理部が、そんなことを?」
「彼らは役人ですから。お役所なんてそんなもんですよ。自分のことしか考えていない」
伊吹たち幽霊管理部も、詐欺師にだけはそう言われたくないことだろう。詐欺師幽霊はもっともらしく説明しているが、全ての真相を知る生人は、不快な気分になるばかり。
当然、この次に詐欺師幽霊が口にする内容も、生人には予測ができた。
「もし幽霊管理部に、このブレスレットを持っていることがバレてしまうと、没収される上に、50万円の罰金を取られてしまいます」
「な、なんだってー」
一応は驚いてみた生人だが、あまりにわざとらしくなってしまったので、下手なことはしない方がいいと自分に言い聞かせる。
詐欺師幽霊は話を続けた。
「ところがね、幽霊管理部にも良心的な人がいる。罰金さえ払えば、没収されたブレスレットを返してくれるという方がいるんです。そこで我々は、お客様から50万円をお預かりし、その人に50万円を払います。そうすれば、ブレスレットはお客様のもの」
「……でも、50万はちょっと――」
「ブレスレットさえあれば、成仏できます! 成仏さえすれば、幸せになれるんです! 持っていても意味のないお金なんて、今以外にどこで使うでんす!」
なんともひどい暴論であるが、早く成仏したい人からすれば、飛びつきたくもなるのだろう。生人はそう思い、なおさら詐欺師幽霊に対する怒りが大きなり、ひたすら怒りを抑え、騙されたふりをする。
「気にするとか以前に、お金がないんです。50万円なんて用意できません」
「そうですか……。でしたら、こちらの企業に勤めてみるのはどうでしょうか? 社長が私の友人ですので、2週間程度の労働で50万が稼げるよう頼んでみます。そうすれば、ブレスレットはあなたのもの。あなたは無事に成仏ができる」
高級寿司店の大トロよりも、あるいは生命保険をかけた直後の事故よりも、うまい話。どうせこれも、最初から用意された舞台なのだ。スタッフは悪徳幽霊集団、主演は哀れな幽霊である。
幽霊といえば成仏なのに、成仏できぬ自分に焦り、一刻も早く成仏したい、という幽霊が、このようなうまい話に引っかかってしまう。だが生人は、わざと引っかかるのだ。
「お願いします! 一刻も早く成仏したいんです! 成仏のためなら、天国に行くためなら、いくらでも働きます!」
渾身の演技とともに頭を下げた生人。詐欺師幽霊は、再びニタリとした笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます