Case4 幽霊詐欺と黒い会社

その1 幽霊管理部からのお客さん

 ブラインドの隙間から射し込む太陽の光が、宙を浮く埃を浮かび上がらせ、生人の背中に縞模様を作り上げる。光と影の縞模様となった白いシャツは、現在の生人が置かれた状況も相まって、まるで囚人服のようだ。

 

 東京郊外にある雑居ビルの1室。8畳程度の広さのこの部屋で、15人の幽霊がすし詰め状態となり、ただひたすらに雑貨を作り続けている。生人も15人のうちの1人だ。

 終わりの見えない単純作業、休憩はほとんどなく、昼間まで働かされ、少しでもヘマをすれば監督官に罵詈雑言を浴びせかけられる、劣悪な環境。壁にはスローガンらしき言葉が掲げられているが、それを見た労働者は、絶望感に包まれる。


『死ぬまで仕事! 死んでも仕事! 仕事こそ喜び!』


 仕事ができることが報酬。そう言いたいのかどうかは分からぬが、どれだけ働いたところで、得られる報酬はただひとつのブレスレットだけ。ただひとつのブレスレットのために、劣悪な環境で、休憩も睡眠時間もなく、何時間と単純作業をする。生人は発狂寸前だった。


 白河幽霊相談所が、いよいよブラック企業と化したわけではない。所長である八槻は、確かに人使いは荒いが、面倒くさがりであるため仕事の絶対量が少ない。従って、相談所がブラック企業の極地に達することはない。

 現在の生人がいる場所は、ある幽霊の集団が秘密裏に経営する会社の工場である。悪徳企業であるのは一目瞭然。それもそのはずで、経営陣は悪徳幽霊詐欺集団なのだ。


 なぜ、生人がそんな会社で働いているのか。答えは、8日前に遡る。


――8日前――


 生人と八槻は、悔しかった。彼らの前に並ぶ朝(夕)ごはんは、フレンチトーストにスクランブルエッグ、昨日の夕(朝)食の残りである野菜の煮込みスープ。どれも絶品。

 作ったのはレミであり、使った調理器具は、先日にレミが通販で買った、3万円の料理セット。あの3万円が相談所を多忙にさせたのだが、料理は格段に美味しくなった。料理セット購入に文句の言えない生人と八槻は、悔しさでいっぱいである。


「うまい! レミさんの作ってくれる料理、マジうまい!」


 朝ごはんにがっつき、能天気にそう言う野川。彼はレミに心を奪われているため、レミに関することは全て肯定する体になっている。それでも、今回の彼の感想は、決して大げさではない。

 レミの作る料理は、もはや店が出せるほどの美味しさだ。食べ物で幽霊はここまで幸せになれるのかと、生人は感心してしまったぐらいである。八槻の奇怪な料理とは、比較にならない。


 朝ごはんを食べ終え、少しだけ幸せな気分になった一同。生人は今日の仕事を確認するため、八槻のデスクに向かった。

 八槻のデスクの後ろにある大きな窓から、何気なく外を見た生人。すると、彼の目に飛び込んできたのは、相談所の目の前にとまった黒塗りのセダンと、そこから降りる背広姿の若い男。黒一色のセダンと男は、日が沈み訪れた夜にとけ込んでいた。


「面倒な人が来たみたい」


 外を見る生人の後ろで、プリンを食べながら、同じく窓の外を覗いていた八槻の言葉。生人は質問する。


「知り合い?」

「まあね。幽霊管理部の伊吹部長」

「部長ってことは、幽霊管理部のトップってことか」

「そう。伊吹部長とは下のカフェで話をするのが基本だから、あんたも可視化してついてきて」

「俺も行くのか?」

「一応、あんたは幽霊管理部の監視対象だから」


 生人も忘れていたが、生人は強力な霊力を持つ監視対象だ。幽霊管理部の部長が来れば、顔ぐらいは出さねばならないのだろう。生人はおとなしく、1階のカフェへ向かう八槻についていった。


 1階の『カフェ・アーム』は、八槻の父親が開店し、経営するカフェだ。今では八槻の父親がこの場にいないため、実質的に八槻が経営している。『白河幽霊相談所』の表の顔として、少量ながら昼間に生活費を稼いでくれる、重要な存在だ。

 大人な雰囲気を醸し出す、少し広めの店構え。いつも客は少ないが、八槻の父親がブレンドしたというコーヒーは、近辺でも好評である。


「こんばんは、八槻さんと元町さん」


 カフェに到着した生人と八槻に、素朴な声で挨拶した男。彼はカフェでバイトする、三枝須みえずという青年だ。小説家志望の暇な男で、霊感知能力の持ち主ではなく、八槻の本職が幽霊相談所であることも知らない。

 そんな三枝須がバイトとして雇われているのには理由がある。三枝須は何があっても、幽霊の存在に気づかないのだ。勝手にドアが開いても風のせい、物音がしても気圧のせい、野川が浮遊しても超能力のせいと、幽霊という答えにたどり着くことはない。


「伊吹さんが来てますよ」


 コーヒーを煎れながら、そう教えてくれる三枝須。カフェのテーブルからは、背広姿の若い男が、生人と八槻に手を振っていた。生人と八槻の2人は、伊吹のいるテーブルに相席する。


「どうも、八槻所長」

「こんばんは」

「君が例の大型新人、元町生人君かな?」

「は、はい、そうです。今日は伊吹部長にお目にかかれて――」

「ああ、いいよいいよ、そんなにかしこまらなくても。僕は伊吹成志いぶきせいじ。知っての通り幽霊管理部の部長だけど、そんな部署は公式には存在しないし、僕はまだ27歳の若造。普通に接してくれて構わないよ」


 お役所のお偉いは、融通の利かないお堅い官僚。そんな生人の印象と違い、伊吹は軽い調子と不敵な笑みで自己紹介をした。27歳という若さだけでも、部長らしさがないというのに、雰囲気まで部長らしくない伊吹。生人は困惑気味だ。


「……元町生人です。はじめまして」

「はじめまして。死因はストーブ事故だっけ? 災難だったね。挙句に白河幽霊相談所で働くことになっちゃったんだから、災難どころじゃないか。名前も皮肉っぽくなっちゃったし」


 笑みを浮かべたまま軽口を叩く伊吹は、ただの27歳の若い男だ。対して八槻は、彼を幽霊管理部部長として扱っている。


「で、今日は何の用?」

「今日もいつもと同じ、仕事の依頼だ。幽管は常に人材不足だからね」

「幽霊管理部がやりたがらないんだから、どうせまた面倒な仕事なんでしょ?」

「面倒かどうかは、八槻所長次第」

「あっそ」


 親しげな風には感じられぬが、八槻と伊吹の会話には、お互いを信頼したような雰囲気がある。八槻のことはまだまだ知らないことばかりだと、生人は改めて思い知った。

 

 三枝須がコーヒーを出すと、伊吹はそれを口にしながら、1枚の写真を八槻に見せ、淡々と仕事の話を進める。


「この安っぽい、じゃらじゃらとしたブレスレット。こんなのが50万円で売られてる」

「なにそれ、ぼったくり?」

「どうやらこのブレスレットを装着すれば、早く天界に行けるらしいよ」

「ぼったくりどころか、分かりやすい詐欺ね」

「分かりやすい詐欺だけど、被害者になる幽霊は続出してるんだ。犯人は、おそらく霊感知能力保持者と幽霊」


 死んでもなお、幽霊を騙して金を儲けようとする幽霊がいる。生人は呆れてものが言えない。幽霊が霊感商法なんて、冗談ではない。


「問題はそれだけじゃない。50万円のブレスレットをただで譲る代わりに、幽霊が無賃労働を強要されたらしい。これは大問題だよ。組織犯罪の可能性がある」


 もはや奴隷使いにも近しい、どこまでも悪どい幽霊詐欺師に、生人は怒りが湧いてきた。悪霊を許してはならない。


「被害者の証言から、末端の詐欺師はマークした。そこで、白河幽霊相談所には、この詐欺師を利用して、詐欺集団の大元を見つけて欲しい」


 この仕事を引き受け、幽霊詐欺師には罪を償わせなければならない。生人は強くそう思っている。一方で八槻は、あまり乗り気ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る