その3 測定結果

 浮遊能力測定の次は、可視化能力測定である。方法は大胆だ。人が溢れる駅内で、奇特な動きをし、それがどれだけの人間に注目されるのかを見るのである。


 通勤ラッシュが収まったとはいえ、駅内にはまだ多くの人々が行き交いしていた。ここをニタニタと笑いながら、またはムーンウォークをしながらなど、ともかく注目を集めることをしながら、歩き切らなければならない。

 幽霊にだって羞恥心はある。最初は誰しもが恥ずかしがった。だが可視化能力とは、それほど簡単なものでもない。どれだけ誇張されたゴリラの真似をしようと、生きた人々が彼らを目にすることはできない。

 稀に可視化が成功するパターンもあった。不完全な可視化はオーブや火の玉を人間に見せることになるので、それを見た人は恐怖した。はっきりとした人の形で可視化に成功した幽霊は、気味の悪い人として白い目を向けられた。


 一方、未だに浮遊能力測定のトラウマから抜け出せず、自信をなくしていた生人は、羞恥心の欠片もなかった。どうせ、自分の姿が生きた人々に見られることはないと思ったのである。

 

 順番が回ってきた生人は、半ば自棄になっていた。彼は可視化を意識しながら、アクション映画の主人公のごとく、駅内を走り回る。

 拳銃を持ったようなポーズで、柱の裏に隠れたり、身をかがめてエア銃撃戦を繰り広げたりする生人。この駅はテロリストに占拠され、自分はテロリストを殲滅する特殊部隊の一員という設定付きでだ。もはや好き放題である。


「ねえ、あの人何やってるの? キモくない?」

「ホントだ。何あの人、キモい」

「お母さん、あのお兄ちゃん誰と戦ってるのかな」

「見ちゃダメよ。あのお兄ちゃんの戦いに興味を持っちゃダメ」


 其処彼処から聞こえてくる、警戒と嘲笑の声。よく見ると、人々は皆、生人を避けるように歩いている。生人は直感した。自分の可視化能力は、優秀なのだと。


 急に恥ずかしさに襲われ、テロリスト制圧作戦ごっこを止めた生人。すぐさま人通りの少ない場所に向かい――逃げて――可視化への意識を解いた。もう一度駅に戻ると、生人の姿が見える人は誰もいない。自由自在に可視化を操れている自分に、生人は困惑する。


「元町さんの可視化能力は素晴らしいですね」

「あれだけはっきり可視化できると、ウチの仕事の幅が増えそう」


 真野と八槻は、感心していた。生人が恥ずかしい目にあったことなど、眼中にない。

 できる能力とできない能力の差が激しすぎる。これは滅多なことができないと痛感した生人は、これからの測定では油断しないよう、気をつけることにした。


 次の測定は、透過能力だ。人間などの生き物は無条件ですり抜ける幽霊だが、壁などの無機質な障害物相手だと、話は変わってくる。霊力によって、透過できる障害物の厚みが変わってくるのだ。測定方法は、用意された壁を通り抜けようとするだけ。

 これに関して、生人は結果を分かりきっている。人間界に戻された直後、とある家に侵入しようとした彼は、どれだけ透過を意識しようと、壁をすり抜けることは叶わなかった。生人に透過能力がないのは確実。それでも一応、測定はやらなければならない。


 幽霊の大半は、非常に薄い壁を通り抜けることができた。厚さ1センチ以上10センチ未満の壁を通り抜ける幽霊も少なくはない。

 

「次は元町さんですね。まずは最も薄い壁を通り抜けてみてください」


 真野にそう言われ、壁の前に立つ生人。壁の厚さは数ミリ程度だ。もしかしたら、この程度の厚さの壁なら通り抜けられるかもしれない。分かりきった結果とは違う結果だって、あるはずだ。

 意識を集中するため、目を瞑り、しかし勢い良く、生人は壁にぶつかった。すぐに全身に軽い衝撃が走り、彼の足は数歩も前に出る。目を開けてみると、生人は壁の向こう側に立っていた。


――壁を通り抜けた!?


 喜びに覆われる生人だが、真野や八槻の反応はない。数ミリの壁を通り抜ける程度では、誰も驚かないのは当然だ。しかし、真野と八槻に反応がないのは、別の理由があった。

 生人が振り返ると、そこに壁はない。あるのは、プラスチック板の破片のみ。ようやく生人は気づいた。彼は壁を通り抜けたのではなく、壁を破壊しただけだったのだ。つまり、生人に透過能力はない。


 一転して残念さに沈む生人だったが、気を取り直すのは早かった。もともと、透過能力を持つ可能性は少なかったのだ。結局は、分かりきった結果に落ち着いただけなのである。


 さて、透過能力測定が終わると、次に始まるのは呪術道具耐性の測定。呪術道具耐性がどのような能力なのかは、やはり真野が説明する。


「呪術道具とは、霊力を封印したり麻痺させたりする呪文が書かれた、一種の武器のようなものです。そんな呪術道具にどこまで耐えられるか。それが呪術道具耐性の測定です」


 少しだけ危険な香りのする測定。実際、測定に使われた幽霊を痺れさせる呪術道具は、低級のものですら、多くの幽霊を痺れさせた。よっぽどのマゾヒストでもない限り、楽しくない測定である。


 ただ、生人だけは違った。彼がマゾヒストということではない。彼は測定を楽しむわけでも、嫌がるわけでも、痛がるわけでもなく、ただただ何も感じなかったのだ。

 体中に低級呪術道具である御札を貼られても、何も起きない。中級呪術道具の御札を貼られても、やはり何も起きない。ついには謎の桐箱に入れられた御札まで登場した。


「これは高級呪術道具です。みなさん、死にたくなければ近づかないで」


 幽霊に対し、死にたくなければという警告はどうかと思うが、温和な表情を厳しくしてまでそう言う真野を見ると、生人も緊張してしまう。触れば死ぬような御札を、体に貼り付けられようとしているのだ。緊張ぐらいはする。


 ゆっくりと、慎重に、高級呪術道具の御札が生人の腕に貼られた。すると途端に、生人は笑い始める。御札の貼られた腕が、くすぐったくて仕様がないのだ。

 

 全身に御札が貼られた生人は、もはや短冊に彩られた笹飾りのようである。そんな彼が、幽霊を殺せる御札をくすぐったがり、大笑いする。事の重大さを知る真野や八槻たちはドン引きしていた。


 呪術道具耐性の測定は、生人の衝撃的な結果が強烈だったために、他の幽霊の結果はまったく注目されることなく、早々と終わってしまった。

 次の測定は、最後の霊力測定となる生前再現の測定だ。これは生きている頃と変わらぬ姿を作り出すという能力であり、非常に高い霊力が必要となる。これまでの測定結果から、生前再現測定を行うのは、生人を含む3人の幽霊だけだった。


 測定方法は、呪術道具耐性測定よりも荒い。生前再現がなされているかどうかを調べるために、体を傷つけるというのだ。幽霊の姿を生きた人間に見せるだけの可視化とは違い、生前再現は生きた体の再現だ。傷をつければ、血が流れる。血を流すかどうか、どれだけの時間流すかどうかが、測定の肝である。

 

 生きていた頃の体を意識し、自分は生きた人間だと言い聞かせる。それが生前再現をするために必要な手順だ。ひどく曖昧な手順だが、これも仕組みは分かっていない。

 曖昧な手順でも、生人は生前の頃の自分を意識し、体に温かみが生まれてくるのを感じた。


「では、傷をつけますね。痛みますよ」


 五体全てに小さな針を刺され、真野の警告通り鋭い痛みを感じた生人。幽霊が痛みを感じるのは普通のことだ。だが、小さな針に刺された箇所全てから血が滲み出す生人を見て、真野も八槻も唖然とする。

 滲む血は、数十分後に消えて無くなる。これはつまり、数十分もの間、生人が生前再現を行っていた証拠だ。


「10分以上の生前再現なんて、初めて見ました。あり得ません……」

 

 真野の言葉と、彼の隣で開いた口が塞がらない様子の八槻の表情は、生人の霊力の高さを物語る。当の本人である生人は、痛む傷に顔を歪めるだけだった。


 全ての測定が終わり、結果が出た。霊力レベルは、能力差別を避けるため、他人に公開してはならない。生人は結果が書かれた紙を、自分にだけ見えるように覗き込む。

 生人の測定結果は以下の通り。


『接触能力レベル5、発声能力レベル5、浮遊レベル1、可視化レベル5、透過レベル0、呪術道具耐性レベル5、生前再現レベル5。合計101ポイント。総合霊力レベルA1』


 A1はレベルAの最高位。総合霊力レベルの最大は、合計105ポイント以上のSであるから、なんと生人は、レベルSに迫る勢い。幽霊らしい浮遊と透過が壊滅的だというのに、この結果。複雑な感想が生人の心を支配する。


「そんなに霊力が高い幽霊、珍しいんだからね」


 講習の手伝いを終えた八槻が、生人に話しかける。彼女は測定者の1人であったため、生人の測定結果を知っているのだ。生人は苦笑いして、答えた。


「霊力の高さって、何で決まるんだ?」

「未練が強ければ霊力が高くなる傾向があるけど、あんた、未練とかないでしょ」

「思い当たるものはないな」


 あっさりと自分の死を受け入れた生人だ。未練などない。

 

 どこか呆れた様子の八槻は、生人にジト目を向け、面倒くさそうに、重大なことを告げた。


「あんた、霊力が強すぎて監視対象になったみたい」

「マジかよ。いいのか? そんな危ないやつを相談所で雇っちゃって」

「大丈夫。呪術道具が効かなくても、殴れば気絶するのは知ってるから」

「ああ、なるほど」


 どれだけ霊力が高くとも、物理には勝てない。幽霊が、物理に勝てない。なんとも不思議な話である。

 

 体力には自信がなく、体力測定でも平凡な記録しか出せなかった生人。それが、死んだ後の霊力測定で大変な記録を残すことになった。

 このまさかの結果に、生人は実感を持つことができない。そのまま、1日が過ぎ去っていった。

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