その2 体力に自信はないが、霊力は?

 霊力測定によって測定された霊能力は、最低のレベル0から最高のレベル5まで分けられる。テストと能力の数値化が嫌いな生人は、測定にあまり乗る気になれない。お化けにも試験があるなんて、世の中は世知辛い。

 

 最初に測定するのは、接触能力。幽霊が生きた人間に、どの程度まで触れることができるのか、人間に自らを触れさせられるのか、という測定だ。人間に触れられぬ幽霊は存在しないため、全員がレベル1以上となる。

 測定方法は非常に簡単。幽霊管理部の測定者に対し、触れたり触れさせたりするだけである。


 幽霊たちが、次から次へと測定者の体に触れ、測定者に体を触れさせる。こうして説明するといかがわしさを感じてしまうが、実際はなんてことない。真野と八槻の鋭い視線に監視されながら、触るのは腕だけ。しかも測定者は男女に分かれている。

 

 測定は苗字の五十音順であるため、生人はしばらく待たされた。暇なのもあって、他人の測定を見学してみる。

 どうやら多くの幽霊は、相手に自分が触れたことを気づかせることができるようだ。だが生きた人間に自分の体を触れさせることができる幽霊は、そう多くない。果たして生人はどうなのか。


 1度の測定が短いため、生人の順番は思いの外すぐに回ってきた。測定者は、背広を着た幽霊管理部のおじさん。


「では元町さん、私は目を瞑っているので、ご自分の好きなタイミングで私の腕に触れてください」


 そう言って目を瞑った測定者のおじさん。腕を掴もう、という意思をはっきりさせた生人は、心の中で4秒数え、おじさんの右腕をがっしりと掴んだ。

 掴んだ瞬間、おじさんは間髪入れずに目を開けた。心なしか驚いた様子である。


「つ、次です。ええ、私が元町さんの右腕に触れますので、元町さんは私に触れさせようと意識をしてください」


 意識をしろという曖昧な指示。少しだけ困惑しながら、生人は真面目に、言われた通りのことを意識した。これから自分は、このおじさんに右腕を触れられるのだと。冷静に考えると、おかしな意識である。

 

 生人が意識をしたと判断したおじさんは、躊躇なく生人の右腕に触れた。


「おお! こんなにはっきりとした感触ははじめてです。まるで生きているようだ」


 触れた途端に、驚きの言葉を口にしたおじさん。幽霊なのに生きているような感触。それを喜ぶべきなのかどうか分からぬ生人は、ともかく黙っていた。


 接触能力の測定はこれで終わり。あっさりとした能力は、その測定もあっさりと終わるのだ。

 生人の測定が終わってから数分、すべての参加者の接触能力測定も終わりを迎えた。結局、測定者が生人以外の測定結果に驚くことはなかった。

 

「では次に、発声能力の測定です。この能力は、幽霊が生きた人間に自分の声を聞かせる、というものですね」


 そう言って真野は、測定方法の説明を始めた。発声能力の測定方法は、少し特殊である。


「スピーカーの試験という名目で集められた100人以上の集団が、別室に控えています。幽霊の皆様は、このマイクを使って、その集団に言葉を投げかけていただきます。それを何人の人が聞くことができたかで、発声能力を測るのです」


 面白そうな測定方法だ。そう思った生人だが、これが意外と退屈であった。というのも、別室に控える集団を映したモニターが用意されているのだが、幽霊がマイクで何を言っても、反応が薄い。期待したほどの面白さはない。

 幽霊たちがマイクに向かって「声が聞こえた方は挙手」や「声が聞こえたら席を立って」といくら言っても、挙手をする人間、席を立つ人間はせいぜい10人前後である。


 生人の順番が回ってきた。声が聞こえているかどうかの判別ができる内容ならば、投げかける言葉は自由だ。では何を言おうか。生人は数秒間だけ考え、相手に言葉を届けることを意識しながら、マイクに向かってある指示を出した。


「声が聞こえた人は、席を立って、叫びながら自分が気持ち悪いと思う動きをしてください」


 なんてことはない。どうせ声が聞こえるのは10人前後。ならば、おかしなことを言ってしまおうという生人のいたずら心が、彼にそう言わせたのである。

 

 それなりの無茶振り。声が聞こえた人たちはどうなるのか。興味津々でモニターに視線を向けた生人だが、すぐに後悔した。

 モニターには、異様な景色が映っている。100人以上の人々全員が席を立ち、部屋には死にかけの鳥のような奇声が響き渡り、ある人はくねくねと体を動かし、ある人は体を捻じ曲げ、ある人は永遠と投げキッスをし続けていたのだ。

 生人の指示が、カオス空間を作り出した。これが意味することは、単純だ。


「全員に声が届いた! これはすごい……」


 そう言って驚く真野の隣で、八槻も目を丸くしていた。それだけ、生人の持つ発声能力は優れたものであるということだ。一方で生人は、誰も別室の状態を気にしないことに疑問を持つ。


「別室、すごいことになってるんですけど。幽霊が集まってるこの部屋より、よっぽど怖いことになってるんですけど」

「気になるなら、あんたが早くなんとかしてよ。あんたの仕業でしょ」


 八槻の返事はごもっとも。生人はすぐさま別室に向けて「みなさん、静かに席に座ってください」と指示を出した。すると別室の集団は、パタリと気持ちの悪い動きを止めて、奇声も止めて、静かに席に座る。


「なんなのあの人たち。聞き分け良すぎだろ」


 生人は今後、安易ないたずら心から、決しておかしな指示を人に出してはならないと決心した。


 その後、生人のように全員に声を聞かせることができた幽霊はいなかった。やはり生人は突出した発声能力の持ち主であり、普通の幽霊は10人前後に声を聞かせるのが限界なのだ。

 こうなると、生人も自分の霊能力に自信が出てくる。彼は自分が特別な存在である可能性を、考え始めていたのだ。


 発声能力測定が終わると、幽霊たちは屋上に連れて行かれた。ここで行われる次の測定は、浮遊能力である。浮遊能力は、幽霊の定番中の定番だ。


「宙を浮く、というのは意識しにくいかもしれません。慣れないうちは、声に出して自分に言い聞かせてみましょう」


 曖昧な説明をする真野だが、実のところ幽霊が宙を浮く仕組みは分かっていない。霊力の『不思議なパワー』がそれを可能にしている、という認識が実情だ。宙を浮く幽霊も、なぜ宙に浮くのか分からない。ゆえに説明も曖昧にならざるを得ないのである。

 

 測定が始まると、曖昧な説明にもかかわらず、幽霊たちは次々と宙に浮かびだした。全員が浮遊能力を持っているわけではなかったが、ほとんどの幽霊は、数十センチの浮遊を数分間成し遂げた。中には数メートルもの高さを浮遊する幽霊もいる。

 すると、ここまで抜群の成績をたたき出した生人に注目が集まった。きっと生人は、浮遊能力でも優れた成績を残す。誰もがそう思っていたのだ。


「あの人、どれだけ浮くと思う?」

「ストロングマンみたいに、世界中を飛び回れるかもしれないな」

「もったいぶってないで、早く飛んでみせてくれよ」


 皆に期待される生人だが、彼はなかなか宙に浮こうとしない。彼は黙ったまま、空を見上げ続けていた。


「うん? あれ?」


 生人に目を向けていた八槻が、何かに気づいた。彼女は生人のもとに歩み寄り、彼の足元に着目する。

 1匹のアリが、生人のつま先の下に潜り込み、かかとの下からひょっこりと出てきた。これを見た八槻は、手に持った1枚の紙を、生人と地面の間に潜らせる。すると1枚の紙は、見事に生人と地面の間に入り込んだ。


「彼、もう浮いてます」


 生人は宙に浮こうとしていないのではない。すでに、しゃかりきになって宙に浮いていたのだ。浮いた高さが1ミリにも満たなかったため、だれも気づかなかっただけである。

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