Case2 霊力測定

その1 新幽霊向け講習

 生人が白河幽霊相談所の一員になって2日。彼の住処は、相談所の隣に建つ、白河家所有のぼろアパート1階左端の部屋。八槻に殴られ気絶した生人が過ごした、あの部屋の下である。6畳一間と狭い部屋ではあるが、住処があるだけ生人は満足であった。

 ぼろアパートには他に、野川と黒部も住んでいる。さらにもう1人の所員も住んでいるようだが、長い休暇で留守にしているようで、その姿をまだ、生人は見たことがない。


 相談所の1日は、午後6時ごろに起きて、午後9時から午前5~7時まで働き、昼になったら眠るのが基本だ。人間とは12時間の時差がある生活。死にたての幽霊は最初、この完全夜型の生活に慣れるまで苦しむ。死ぬ前から慣れている生人は、変わり種だ。


 この2日間、相談所の仕事は紛れもなく何でも屋であった。荷物の配達と部屋の掃除以外に、これといった変わった仕事はしていない。いや、幽霊の住む家を掃除する時点で、変わった仕事と言えなくもないのだが。


 しかし3日目は、少し違った。荷物の配達を終え、相談所に帰り、八槻の手料理――見た目は焼き魚、味はお好み焼きの豚カツ――を食べ終えると、生人と八槻は再び出かける準備を始める。

 生人と八槻が車で向かったのは、朝の通勤で混み合った駅前の雑居ビルの1室。普通の生きた人間からすれば、数人の背広を着た人がいるだけの部屋だが、ここには数十人の幽霊が集まっていた。


 『環境省幽霊管理部、新幽霊向け講習』と名付けられた講習、その会場が、この部屋なのである。部屋に到着すると、八槻は講師の側に向かい、生人は参加者として、並べられたパイプ椅子に座った。ずらりと並んだ椅子に幽霊のみが座るという、異様な光景。

 参加者の年齢層は、若者から中年までと幅広い。彼らは生人も含め、全員が幽霊なりたての人々。天界が満杯だからと人間界に送り返された、不安だらけの幽霊たちだ。

 

 しばらくして、メガネをかけた温和な表情をした背広の男が、マイクを持って参加者たちの前に立ち、口を開いた。


「皆様、今日はご足労いただき、ありがとうございます。私は環境省幽霊管理部生活課長の真野桃李まのとうりと申します。幽霊ではありません。幽霊が見える霊感知能力を持った人間です」


 自己紹介をされても、ほとんどの幽霊はピンとこない。そもそも環境省幽霊管理部が何かを、詳しく知らないからだ。もちろん、真野はそれについても説明してくれる。


「2006年、天界における天界法改訂によって、天界から各国政府に対し、幽霊の存在が秘密裏に発表されました。現在は、各国政府が幽霊の存在を認知し、天界の要請に従って、それぞれの国家が幽霊の皆さんの生活を支援するための部署を設立しています。

 環境省に設置された幽霊管理部もそのひとつです。幽霊管理部には、皆様の生活支援を行う生活課、天界法に違反した幽霊を取り締まる捜査課が設けられており、皆様の生活と安心を守る努力をしております」


 つらつらとお役所仕事をこなす真野。生人はあくびをこらえて、彼の説明を聞いた。聞いたのだが、あまりにも話が長い。大事な部分だけを切り出すと、以下の通り。


「20世紀以降、相次ぐ戦争と人口増加により、必然的に死者の数が増えました。世界での1年の死者は5500万人以上、日本だけでも120万人以上います。

 結果として天界のキャパシティは限界を迎え、天界法改訂によって無宗教の15歳から60歳までの死者は人間界で管理されることになりました。無宗教者の多い日本では、1年に約40万人ずつ幽霊が増え続けています」


「幽霊は天界法という法律に従う必要があります。特に重要なのは、『幽霊は現地の人間の法律に従う』『幽霊が見えない人間に幽霊の存在を無闇に明かしてはならない』『天界及び天界に認められた人間の許可なくして人間の生活に干渉してはならない』の3つです」


「我々行政だけでなく、白河幽霊相談所さんのような、民間の天界公認幽霊援助施設も存在します」


 1時間ほどの講習で生人が大事だと思った話は、この3つぐらいだった。大学で散々経験した尻の痛みを、まさか幽霊になっても経験するとは。しかも、事前に配られた冊子に同じ内容が書かれていることを知った生人は、この講習の意味が分からなくなってくる。

 

 しかし、講習の本番は、実はこれからだったのである。長い話を終えた真野は、ふと視線を窓の外に向けて、言った。


「さて、皆様に簡単な問題を出題いたします。窓の外、駅前をご覧ください」


 ようやく訪れた動きのある台詞に、参加者たちは嬉々として立ち上がり、窓側に集まる。窓から大勢の幽霊が外を覗くとは、それだけだとなかなかにホラーな絵面だ。


「駅前に幽霊がいるのですが、どこに何人いるか分かりますか?」


 真野が出題した問題。生人は駅前をじっくりと眺め、幽霊らしき存在を探す。

 

 まず最初に目に入ったのは、駅の入り口に立つ、白いワンピースを着た、長い髪の女性。髪の隙間からは青白い顔が覗く。あんな不気味な女性が、朝っぱらの駅前に突っ立っているわけがない。

 次に、歩道に立つ1人のおばさん。歩行者は彼女の体をすり抜けている。彼女が幽霊なのは確実だ。

 少し探して、街路樹の近くにおじいさんを見つけた。おじいさんは何か困りごとがあるのか、付近の人に一生懸命話しかけるも、まったく相手にされていない。あれだけ無視されるのだがら、彼も幽霊だ。


「見つかりましたでしょうか? ではまずは人数の正解から。駅前にいる幽霊の人数は、5人です」


 生人が幽霊と判断したのは3人だ。ではあと2人はどこにいるのか。すぐに真野が答えを口にする。


「1人はベンチに座る若い女性、もう1人は歩道に立つあの中年女性、もう1人はタクシー乗り場前近くの中年男性ですね。それと、駅前でティッシュ配りをしている若い男性2人、彼らも幽霊です」


 参加者が一様に驚く。5人の幽霊に、幽霊らしさは微塵もない。歩道に立つおばさんが幽霊だと生人が気づけたのは、人がすり抜けたからだ。普通にティッシュ配りをする男性2人までもが幽霊とは、想定外である。


 ところで、生人が幽霊と判断した残り2人は、幽霊ではないそうだ。だがそうなると、あの不気味な女性はただの気味が悪い人、未だに無視され続けるおじいさんは、ただの悲しい人……。生人はそれらを見なかったことにした。


「このように、幽霊と生きた人間の区別は、見た目だけでは分かりません。しかし、幽霊と生きた人間には、決定的な違いが存在します。それが、霊力の有無です」


 八槻が面倒くさがり、教えてくれなかった霊力の正体。生人はついに、その情報を得ることができるのだ。


「霊力とは、言葉そのままに、幽霊が持つ力です。その実態はほとんど分かっていないのですが、この霊力の強さによって、幽霊が持つ能力に差が出るようです」


 真野の簡単な説明に、生人はさらなる興味を持つ。霊力によって差が出る、幽霊の持つ能力とはどのようなものか、という興味だ。当然これも、真野が説明してくれた。


「幽霊は接触能力、発声能力、浮遊、可視化、透過、呪術道具耐性、生前再現という7つの能力を持ちます」


 どれもこれも、幽霊にとって基礎的な能力のように感じる。なぜ八槻は、こんな基礎的なことを教えるのも面倒くさがったのだろう。生人の八槻に対する不満は、期せずして大きくなった。


「霊力は直接観測することはできませんが、幽霊の持つ霊能力を測定することで、総合的な霊力、霊力レベルというものを知ることができます」


 そこまで解説して、真野は人さし指を突き上げ、少しの間を置いてから、次の言葉を口にした。


「今日、これから、皆様には霊力測定に参加していただきます。それほど厳しいものではありません。どうかご協力、お願いいたします」


 霊力測定とは、体力測定のようなものなのだろうか。一体どのようなことをするのか、まったく想像ができない生人。だがそんな彼の思いなどお構いなしに、幽霊管理部による霊力測定とやらは、すぐに始まってしまった。

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