8:『2ヶ月と少し前 V』
「があああああっ」
ばっ、とその子が光りを失った目で沙織先輩に襲いかかった。先輩は、顔色一つ変えずに突進をかわし、すれ違い様にナイフで頸動脈辺りを切った。
「このように、感染者は首や心臓を傷つけられても停止しません。唯一の方法は...脳髄を、破壊することです。」
噴水のように飛び散っている返り血を頬に付けたまま、先輩は淡々と話しを続ける。そしてその子の髪の毛を掴み、傷口をこちらに向けた。傷口は薄く煙りが立って、端の方から再生し新しい皮膚が生まれ始めていた。
「時間が経つと修復を始めます。ナイフ戦闘の仕方を教えるので...よく見ていて下さい。」
ぱっと手を離し、背中に蹴りを入れて間合いを取る。うめき声を上げながら先輩に突進を始めるその子...いや、感染者。今度は突進をかわさずに一気に距離を詰め、目にナイフを突き刺して倒した。
「脳髄を破壊と言うと眉間を攻撃することをイメージしがちですが、それは銃の話でそんなところにナイフは刺さりません。ナイフ戦闘の場合、先ず狙うべきは目です。一度真っ直ぐに刺してから、少し斜めにして中心を突く感じです。」
ナイフを抜く。それと一緒に感染者の眼球もナイフに串刺しにされて出てきたが、先輩は相変わらず無表情のままそれを取って床に落とした。
「感染者の動きは比較的ゆっくりなので、落ち着いて対処すれば何と言うことはありません。これで私からは以上です。」
リモコンを操作してシャッターを完全に開ける。ガシャンという音がもう一度大きく響いた。辺りを見回すと、僕らだけで無く先輩達も暗い顔をしていた。特に利子先輩は、チアノーゼでも起こしたかのように真っ青な顔をして、「間違ってる、こんなの間違ってるよ...」とぶつぶつ言っていた。
一方沙織先輩は、ポケットから取り出した紺色のハンカチで、顔に付着した感染者の血液をぬぐい取っていた。後から聞いた事だが、ハンカチが紺色なのはシミが目立ちにくいからだそうだ。
沙織先輩にせっつかれて、田所先輩が前に出た。
「これで説明会は終わりです。詳しくはお配りした資料を参照して下さい。それから、皆さんに入部祝いとして一人一つ、これを差し上げます。僕らは単にゴーグルと呼んでいるのですが、まあ。中に説明書が入っていますが、これについては作戦に影響が出るので質問を受け付けます。」
手渡されたプラスチックケースに入ったそれは、質量的にいうと見た目よりずいぶん軽かったが、気分としては最高に重かった。
それが、僕たちが茶道部という名の地獄に足を踏み入れてしまった瞬間だった。
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