6:『2ヶ月と少し前 III』

 一昨年の冬って事は、田所先輩が一年の時か。妙に淡々としているのは、沙織先輩達が入った時に一度この説明をしたからか。

 どちらにせよ、先輩達はとんでもない修羅場をくぐっており、僕達もまたくぐる事になりそうだった。


「しかし、『孤島』には先客がいました。それが先ほど言ったです。科学者の内の一人が作り出した、簡潔に言えばゾンビのようなものです。しかも、無尽蔵に増えるというオプション付きの。」

 

 正直って、突っ込むのはもう諦めた。ここでさっきの女の子のように冗談じゃない、と叫んでも無駄だし、田所先輩は至極真面目だったみたいだ。


 田所先輩はどこか自嘲的にふっ、と笑って言った。


「また、どういうわけか『孤島』と外の世界との時間の流れ方が違います。具体的に言うと、ここでの一時間が外では一分、つまり時間が60倍になります。そしてこの時間こそが、僕達のの殲滅に対する報酬ということになります。」


 報酬はお金でもなく、物でもなく、時間─


「また、ここの空間で引き継げるのは記憶だけなので、60倍で歳を取るということはありません。同じように、ここで怪我をしても、一旦外に出ればリセットされます。そして─もしも『孤島』で死亡した場合、外の世界では、最初からその人が存在しなかった事になります。」


 一息でかなり重要そうなことを言った田所先輩は、死亡ってなんだそれ説明それだけかよという空気を無視してか、気づかなかったのかは分からないが、次の頁を開いて下さい、と小声で言ってから沙織先輩の隣にいた先輩と交代した。


「こんにちは。作戦時のオペレートを担当ている岸川歩美です。あ、2年です。私からは殲滅作戦について説明します。」


 田所先輩とは打って変わって岸川先輩は頭を掻いたり、資料を丸めたりぺなぺなさせたり─まあ、簡潔に言うと、めんどくさそうだった。


「えー、の特性上、戦力配分は遠距離が中心となります。新入部員の皆は、800メートル位の狙撃手が1人か2人、その観測手が2~3人。そんでー、マシンガンナーが2人と、近接戦闘専門が2人。残りはグレネーダーと小銃持ちかな。まあ─生き残るのは少数だと思うけど...そのどれかを担当してもらいます。」


 な?いまなんと...という声が隣から聞こえた。見なかったが、多分修司だろう。僚介は、岸川先輩の顔を見た。田所先輩はどこか申し訳なさそうな顔をしていたが、岸川先輩は何というか、笑止千万とでも言いそうな顔だった。つまり...これから殺される人を見るかのような。


「詳しくは資料をみてもらえば分かるけど、この説明会の後にちょっとしたテストを受けてもらって、適性を見てからの決定となります。戦法については、それが決まってから同じ担当の先輩に聞いて下さい。私からは以上です。」


 そう言うと岸川先輩は沙織先輩となにか一言二言交わして、今度は沙織先輩が前に出てきた。


「2年の木瀬沙織です。担当は...狙撃です。の倒し方について説明させていただきます。ですがその前に─皆さんもうお察しかもしれませんが、『孤島』でのことはいっさい口外禁止です。もしそれをした場合、口外した人も、それを聞いた人も、ちょっと可哀想な事になります。しかし、いまここでどうしても茶道部を辞めたい、という人がいれば、1人だけですが脱落を認めることが出来ます。」


 脱落、という言葉がひっかかった。周りにいた軍服の人も、スーツの人も、校長も、いつの間にか居なくなっていた。

 すると先ほど叫んでいた女の子が立ち上がった。思わずそっちの方を見ると、その子はもう顔面蒼白だった。他に立つ者はいなかった。


「あなたでいいですか。では私の後ろにあるドアから出て下さい。ここの部屋に来るときはいろいろと入り組んだ道を通ったかと思いますが、実はそこから出て真っ直ぐ行くと、すぐにあのがある部屋に行けますから。」


 沙織先輩は無表情だった。でも他の先輩は皆暗い表情をしていた。

 その子が部屋を出て数十秒後、ドアを叩く音がした。ノックという穏やかな物ではない。それに加えて「助けて!中に入れて!」という悲鳴まで聞こえる。


 先輩達は、動かなかった。いよいよドアを叩く音が大きくなり、悲痛な悲鳴が聞こえても、だ。


  

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