4:『2ヶ月と少し前 I』

「皆さんこんにちは、茶道部です!私たちは北校舎三階の作法室で楽しく活動しています。そして、夏休みなどの長期休みの時は文化交流のために海外に行く事ができます 。しかも料金は先方持ちで!私たちと一緒に、本格的なお稽古をしてみませんか?興味のある人は─」


 この十南となみ高校で茶道部に入部届を提出する者は、一学年に大体十人前後いる。そして、その半数が部活動紹介の時の『タダで海外』という言葉に釣られてやってくる。

 僚介もその内の一人だった。


 入学式で隣だった奴が偶然同じクラスだった、というよくあるパターンで友達になった立原修司に誘われて茶道部の仮入部に行くことになり、茶道は堅苦しいといったイメージしかなかったが意外にも居心地が良かったから...というのもある。しかし決定的な理由が例の言葉だった。


 そして、入部届を出した次の部活の日、僚介含む新入部員10人が『孤島』に連れて行かれた。

 その日は、妙に先輩達の顔が暗かった。

 その日から僕達の運命は変わった。


 部室に新入部員全員が集まると、顧問に加えて校長まで部室に入って来て、鍵までかけられた。

 その時点で少しおかしいと思っていたが、次の瞬間、先輩の一人がおもむろに畳をはがした。しかしはがす、というより畳にドアのように蝶番ちょうつがいが付いていて、その下にハッチのようなものがあった。

 ごっ、と重苦しい音を立てながらハッチが開いて、呆気に取られているうちに半ば強制的に畳の下に押し込められた。

 イヤ下の階に行ってどーすんだよ...と思いながら梯子を下りて顔を上げると、そこは下の階ではなかった。


 下り立った場所は六畳位の広さの部屋で、窓の外には荒廃した市街地(のようなもの)と草原が見える。

 前方と後方には、やけに大きなロッカーと、金庫が置いてあり、窓とは反対側の壁にはフットレバー式の自動ドアがあった。


 するとゴォンと大きな音を立てながらその扉が開いて、先にこちらに来ていたらしい、仮入部の時に見かけた先輩が入って来た。

 しかし何故か、国防色のTシャツ、いくつもポケットの付いたベージュというより砂漠色の長ズボン、靴は半長靴を身に付けていた。

 

「沙織すまない、少々遅れた。」

 田所陸と名乗っていた部長が入って来た先輩に謝った。

「いえ。ノルマは完了させておきました。」

「分かった、ありがとう。皆、この人は二年の木瀬沙織だ。無口だが優しい人だよ。」

「...よろしく。」

 それだけ言うと沙織と呼ばれた先輩は、ロッカーを開けて制服とローファーを取り出し、さっさと出て行ってしまった。

 僚介は混乱しながらも、好奇心のようなものを感じていた。

 沙織先輩の服装からこの部屋の外に出て何かする事は明らかだし、窓の外に広がるのは未知の世界。その時、忘れかけた童心に火がついた気がした。


 もっともその数時間後、そんなものじゃなかったと後悔する事になるのだが。 

 

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