第10話
「では、この間のテストを返します。今回も満点はダフニくんでした」
「ふむ。しかし、それは当たり前ですな。私の精霊は記憶の精霊なのですな」
ダフニは中級クラスの中で体育を除いてダントツのトップで総合でも1位の成績を修めていた。魔法の成績がいいのは当然のこととして、残りの教科については契約した精霊が記憶の能力を持っていたということが大きかった。前世で大学院まで卒業していると言っても異世界の歴史や兵法などは一から勉強のし直しだったが、精霊の力を使えばたやすいものだった。
通常の魔法の発動では呪文の詠唱が必要になるが、ダフニの場合は無詠唱なのでたとえテスト中であっても発動に妨げはないのだ。実のところダフニ自身がこれはズルなのではと先生に聞いたが、魔法も実力の一部だ、との答えをもらって公式に認められていた。
ただ、体育の成績だけは目を覆うばかりの成績だった。これは今に始まったことではなく、そもそも生前から体を動かすのは好きではないのだ。それにいざとなったら魔法の力で飛んだり跳ねたりできると思っているのでなおさら体育には身が入らなかった。
総合成績で2位をつけているのはイリスだった。入学初日にあんな挑発をしたにもかかわらず学業で負けていることが悔しくて、とにかく一所懸命勉強をしていた。また、ダフニとは違って体育の成績も優秀だった。
ダフニとイリスがトップ2を独走する形になっていたのに対して、マルクの成績は平凡だった。ただ、マルクは自分はそれほど努力しているわけではないのにダフニに敵愾心をむき出しにしてテスト中に記憶の精霊を使う件にしつこく食い下がって文句を言っていたりもした。
そして今日がクロエの中級クラス初日だった。教室は当然ダフニと同じで、これからクロエはそんなややこしい人間関係のど真ん中で授業を受けることになるのだった。
「失礼します」
ちょうどいいタイミングでクロエが教室に入ってきた。クロエは他の中級進級者と共にガイダンスを受けていたので遅れて教室に来ることになったのだ。先生はクロエを教壇まで呼び寄せると自己紹介を促した。
「クロエと申します。第5王子ダフニ様付きの専属メイドをさせていただいており、その推薦でこちらの学校の末席を汚させてさせていただいています。未熟者ではございますがよろしくお願いいたします」
「はい」
クロエの自己紹介が終わったところでイリスの手が挙がった。
「何ですか、イリスさん?」
「学校は勉強をするためのところよ。メイドに主人の世話をさせるところじゃないわ」
「私は勉強のためにここにおります。ダフニ様は私に勉強をすることを望まれております」
「メイド上がりの人間がたった2か月かそこら勉強しただけで中級に進学できるわけがないわ。どういう手を使ったのか知らないけど、学校の秩序を乱すようなことはやめてくれる?」
「何を言ってるんだ。高貴なものが力をふるうのは当たり前のことじゃないか。メイドの1人くらいで一々文句をつけるな」
イリスがクロエに文句を言っていると、そこにマルクが横槍を入れた。が、すぐにダフニがその言葉を遮った。
「クロエは実力なのですな。コネではないのですな」
「はぁ、ダフニ、嘘はよくないわよ」
「嘘ではないですな。私もコネはよくないと思うですな。実力が足りないなら初級へ戻るべきですな。……ふむ。だったら試験をすればいいですな」
「ダフニ様?」
突然のダフニの提案にクロエもイリスもその他のクラスの生徒も怪訝な顔を向けた。
「クロエが中級の実力があるのかどうか、イリスが直接試験してみればいいのですな。そうすれば万事丸く収まるのですな」
「……言っておくけど手抜きはしないわ。後で泣きついても許さないわよ」
「うむ。試験は公正にお願いするですな」
「ダフニ様……」
クロエは不安そうな目をダフニに向けるが、ダフニはにこにこと親指を立てて見せるのだった。
イリスの提案で試験は練習試合の形式で行うことになった。お互い、頭の上に風船をつけてその風船を割ったら勝ちというルールで、ハンディキャップとしてイリスは足元に書いた小円から外に出ず、クロエは場外に出ないで5分間風船を守り切れば勝ちだ。
「審判は私がやるですな。準備はよいですかな?」
「いつでもいいわ」
「大丈夫です」
「では、始めるですな」
「「豊原に集いし……」」
ダフニが開始の合図をすると同時にクロエとイリスの2人は呪文の詠唱を始めた。
最初のうちは2人の詠唱は同じ速度で互角の勝負となっていたが、徐々にクロエの詠唱が遅れ始め、足を使って逃げる場面が増えてきた。
――む。互角の勝負で逃げ切れるかと思っていたけれど、少々分が悪いですかな。
イリスは好機と見たのか更に魔法を畳み掛けて来た。防戦一方に回る態勢となったクロエは苦しそうだ。
――これはしのぎ切れないかも知れないですな。やばいですな。
クロエの風船がいつ割れるかに皆の注目が集まっている最中、パンと何かが弾ける音が鳴り響いた。何が起きたかと目を泳がせると、呆然とした様子で頭に手を乗せたイリスの姿があった。
「勝者はクロエですな」
「はあはあ、やりました、ダフニ様」
「一体どうして?」
まだ納得できない様子のイリスは嬉しそうに勝利の報告をするクロエに問いかけた。
「無詠唱ですな」
その答えはクロエの代わりにダフニが説明した。
「どうも調子が悪そうだと思っていたのは、これを狙っていたのですな」
「はい。まだ成功率はいいときでも2割くらいで、詠唱の合間に何度も挑戦して失敗していたので」
「じゃあ、私の攻撃をしのぎながらその間に別の魔法を使ってたってこと?」
「はい。ハンディキャップがあったので狙いを絞られないように逃げ回ることができました」
それを聞いたイリスは一瞬悔しそうに唇を噛んだが、ダフニを見てはっと表情を消した。
「分かったわ。あなたには中級クラスの実力がある認めてあげるわ。途中編入なんだから授業に置いていかれないようにしなさいよね」
こうしてクロエは無事ダフニのクラスに受け入れられることとなった。ただ、試合を脇で観戦していたマルクがクロエが勝った後に険しい表情をしていたことに気づいたものはいなかった。
「平民が貴族に勝つだと!? 平民はおとなしく貴族に従っていればいいんだ……」
その数日後、学校の休日にダフニとクロエは街に出かけていた。中級進級のお祝いに街で買い物をしてご飯を食べることにしたのだ。ついでに乳母のマヤの下にも挨拶に立ち寄った。
マヤは実はダフニの母カリス王妃の兄チェーリオ子爵家のメイドであった。そのためダフニが引っ越した後はチェーリオ子爵邸の方に戻って子爵妃の話し相手をして暮らしていた。
「あの、ダフニ様、こんな高級なお店は……」
「そんなことないですな。このくらいは普通ですな」
マヤに挨拶した後、クロエを連れてきたのは街の服屋だった。クロエは学校でもエプロンドレスを着ているのでそれ以外の私服を買ってやろうとダフニが連れてきたのだ。私服にすれば初対面でメイドだとバカにされることも少なくなるだろうというダフニの考えだった。
「さあ、好きなものを選ぶですな」
ダフニはそう言うもののクロエはこれまで自分で服を選んだことなど生まれて一度もなかったため、何をどう選んだらよいのか分からず途方に暮れていた。とりあえず着慣れたエプロンドレスを探すがそんなものが置いてあるはずもなかった。
一方のダフニはクロエの青髪を見ながらクロエにあう服を考えていた。といっても、前世からファッション方面にそれほど聡くないので出てくる発想もそれなりに貧困であるのは仕方なかった。
――青髪で魔法といったらさやかかタバサですな。とすると魔法少女とかいいかもしれないですな。ああ、でもそれだとコスプレになってしまうですな。うーん、普段着とは別に1着買ってみても考えてみてもいいですかな。
悩んでいるダフニだったが、そもそもコスプレ用の衣装が異世界に置いてあるはずもないため無駄な悩みだった。
その後、一向に服選びが進まない2人の様子を見かねて店員が服を見繕ってくれてようやく話が進み始めた。なお、エプロンドレスを着ているにも関わらずクロエを少年だと思った店員が最初に男性用ズボンを何着も持ってきたのはここだけの話だ。
結局、店員に薦められた流行りのデザイン数点の中から学校の制服っぽいものを選んで注文を入れておいた。1週間ほどで家まで運んでくれるそうだ。
「こんなにしていただいて申し訳ないです」
「これはクロエの中級進級のお祝いですな。気にしなくてよいのですな」
服を選んだ後も街を散策しながらショッピングを楽しんだ後、2人はレストランに入った。ダフニの姿を見るなりレストランの支配人らしい人が飛び出してきて、一番奥の個室へと案内されたのだった。
「こんなに高そうなレストランは初めてです」
「そうですかな?」
ダフニにとっては比較の対象が前世の地球と生まれ変わってからの王族としての生活なのでこのレストランも普通のおしゃれなレストランだが、孤児出身のメイドのクロエにとっては生まれて初めての高級レストランだった。
メイド長からテーブルマナーはきっちり仕込まれ王子であるダフニの食事にもダフニの希望で付き添ってきたため堂々とした態度ではあったものの、内心では場違いな雰囲気にどきどきしていた。
「それにしても、クロエは優秀なのですな。イリスに勝てるとは思っていなかったですな」
「あれはイリス様が私が無詠唱魔法を使えることを知らなかったからできた奇襲で、次は防がれてしまうと思います」
食事をしながら、ダフニは先日のイリスとの試合のことに触れた。
確かにクロエの分析は正しく、もう一度やったらイリスは無詠唱の可能性を考えて対処して来るだろう。しかし、1回きりのアドバンテージを確実に生かすように戦いを誘導したのはまぎれもなくクロエの力だ。それに、
「引き分けでもよかったのにあえて勝ちを拾いに行くというのは向上心の表れですな。そういう心構えが成長を促すのですな」
どういう分野であれ自信のある分野を持ち、負けん気が強くてそのために努力を惜しまないということは優秀な人間に共通して見られる特徴だ、というのが前世いろいろな人を見て得た知見だった。クロエは思った以上にこの先伸びるのではないかとダフニは思ったのだ。
ダフニに褒められてクロエは恐縮してしまっていた。身分差もさることながら、同い年だというのにダフニの方が何歳も年上のような感じがして、身近にいるのに遠い存在のような感じがするのだ。いつも一所懸命にダフニの側にいるのにふさわしい人間になろうと努力しているが、ダフニはそれより早く先に進んで行ってしまう。
「ダフニ様、またスープがこぼれています。ズボンまで汚れてますよ」
「む。ありがとうですな」
ただ、年上のような感じがするのは勉学や精神的な方面だけで、日常生活についてはダフニはちょっとどころではなく抜けていて、クロエが助けないと困ったことになるから違う意味でもいつも目が離せない。
そういう意味ではこの2人はいい具合にお互いをカバーしあう関係になっているのだった。
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