第29話 夜間外出禁止令

――2024年10月20日、沖縄県、那覇市――


『報道トゥナイト・緊急特番』は、番組開始から2時間を越えてもまだ続いており、スタジオ話題は、ペガサスが爆撃を終えて後の行動を追いはじめていた。


 宮本はその話題を見終えたら、一旦那覇基地に出ようと思っていた。TV報道のニュースには速報性があるとはいえ、キャスターやゲストの推論が加わるために、手垢がついてしまっている。基地に行けば、幾分かは正確な情報が得られるのではないかと考えたのだ。



「それでは話を先に進めましょう。東京駅を飛び越えたペガサスは、国会議事堂を爆撃した後、速やかに現場から撤収していますね」

 キャスターの古賀が、評論家の赤木に話を振った。

「そうです。最後の撤収まで含めて、周到に計画が成されていたのだと思われます。実はその撤収行動の中にも注目すべき行動があります」

「それはどのようなものですか?」

「一列の編隊で侵入してきた4機のペガサスは、爆撃完了後は散開して、4つのルートに分かれます。自衛隊機による反撃を恐れての行動でしょう。1機は侵入ルートを逆に辿り、八重洲通沿いに東京湾へ。2機目は虎ノ門方面から海に面した浜離宮に向かっています。3機目は大きく右旋回をして、永大通りを南下。そして問題は4機目です。日比谷公園上空で旋回し、晴海通りを南下したのですが、銀座上空で2度、バルカン砲を掃射しているのです」


「バルカン砲というのは何ですか?」

「航空機が搭載している武器で、非常に破壊力の高い機関銃だと思ってください。20㎜の銃弾を1分間に6000発も発射可能です。4機目のペガサスは、最初は三愛ビルの広告塔に向けてバルカン砲を掃射。2度目は歌舞伎座を狙いました」

「狙いは何でしょうか?」

「三愛ビルは銀座を代表する建物で、第二次大戦以降の日本の復興の象徴です。歌舞伎座はご存知の通り、日本文化の象徴。つまり、我が日本に対する、悪意を持ったデモンストレーションではないかと私は考えています」


「つまり、物質的な被害を狙った破壊活動ではなく、日本人に精神的なダメージを与えようとしたと言う事でしょうか?」

「その通りです。そもそも国会議事堂だって、なぜ国会の閉会中を狙ったのか理解できません。もしも実質的な戦果を狙うのであれば、本会議中を狙うでしょうし、周辺には国家を司る主要官庁や最高裁判所、警視庁だってある。もし私ならそちらを爆撃します」


「なるほど、確かに一連の行動から、爆撃はデモンストレーションであったというご説明は納得できるところです。しかしもしもそうなのだとしたら、自分達の力を見せつけた後に、何らかの要求を日本に付きつけてくるのではないでしょうか? 政府の発表によれば、今だに何らの犯行声明も出ていないようですが……」

「本当にそうでしょうか? 実は極秘裏に、日本政府には要求が伝わっているのかもしれませんよ。或いは、犯人は日本をスケープゴートにして、実はアメリカに要求を行っているという事も考えられます。深読みと言われるかもしれませんがね」


「あながち深読みとは思えないですね。他に説得力のある解答も無いように感じますからね――。何れにせよ、赤木さんの推論からすると、日本に爆撃を行ったのは、テロリストのレベルではなく、何れかの国家であろうという事。そしてその国家は、日本が成し得た戦後の経済成長や、日本古来の文化に悪意を持っている可能性が高いという事になります」

「そうです。そのような国は限られ、そしてそれが出来る力を持った国は、もっと絞られるという訳です」

 古賀は意味ありげに、或いは訳知り顔とでもいうように、赤木の発言に大きく頷いた。



――2024年10月20日、東京都福生市、米空軍横田基地――


 ボイドは苛立ちながら、カーライル少将からの連絡を待っていた。ボイドが国会議事堂の爆撃地点で回収したミサイルの部品の、解析結果の速報が届く事になっているのだが、既に予定の時間よりも30分もオーバーしているのだ。


 ボイドは電話が鳴るのを待ちながら、この日の出来事を回想した。


 沖縄で早朝に基地からの電話で飛び起きたボイドは、嘉手納基地に駆け付けると、すぐさま飛行計画書を提出して、ラプターに飛び乗った。行く先はもちろんここ横田基地。

 国会議事堂爆撃にペガサスが使用されたとなると、それはモハーヴェ砂漠で消息を断った、ボイドたちの機体である可能性が極めて高い。チャイナ・サークルの調査を一時休止してでも、東京での情報収集を優先すべきだとボイドは考えた。カーライル少将も同じ考えだった。


 カーライル少将は現場の調査に当っては、日本の防衛省に合流するようにボイドに指示を出した。米空軍が独自に動くよりも、日本側に調査協力をする形の方が、遥かに動きやすいからだ。

 ボイドは過去にチャイナ・サークルの一件で、防衛省の保守的体質には辟易へきえきしていことから、一度は難色を示したのであったが、とは言えそれに代わる有効な選択肢もなく、しぶしぶその提案に従う事にした。

 ただし、カーライル少将の意向に沿うためには、日本側に今回の爆撃にアメリカ政府が一切関与していない事を表明した上で、米空軍の事情――1年前の5月に、ストライク・ペガサス4機が、原因不明の理由で消息を断ち、目下行方を追っている最中である事。機体消失の現象面での類似から、チャイナ・サークルとの関連性が疑われている事――を説明する必要があった。


 カーライル少将は、米国防総省を通して日本政府と防衛省に対して、速やかにそれを行うとボイドに確約をした。そしてボイドが米空軍の2個小隊と共に現場に着いた時には、カーライル少将の確約は確実に守られていることが分かった。

 ボイドたちは、自衛隊員の先導で、消火活動が行われている最中の、最前製まで進むことが出来たからだ。


 現場を見たボイドは、予想を遥かに上回る惨状に絶句した。ターゲットをピンポイントで捉え、他に被害を及ぼしていないことから、誘導型の空対地ミサイルであることは明らかだ。コンクリートの粉砕状態から、弾頭は1000㎏近いものだっただろう。

 ストライク・ペガサスが姿を消した時、機体に積まれていたのは模擬戦用の無弾頭のサイドワインダーが12基。どこかで空対地ミサイルに換装されているのは間違いない。その部品を調べれば、実行犯への重要な手掛かりになるはずだ。

 ボイドたち50名の兵士たちは、消火活動を縫うようにして、1000を越えるミサイルの断片を現場から回収した。


 ボイドが思いを巡らす中、ようやく待ちに待った電話が鳴った。

「カーライル少将、如何でしたか?」

「思っていた通り、パーツ類の多くは中国製だったよ」

「だとすれば、ストライク・ペガサスを盗んで、日本を爆撃したのは中国だということですね?」

「その可能性は高まったが、まだ結論は早い。今伝えた速報は、君が送ってくれたミサイル破片の写真を解析したに過ぎない。正式な結論は、実物を専門家が見てからだ」

「ミサイルの破片を積んだ輸送機は、夕方、横田を発ちました。明日にはワシントンDCに到着します」

「後のことは、ペンタゴンとランド研究所のやつらに任せておけ。君は東京での調査に区切りがついたら、すぐに嘉手納基地に戻ってくれ。中国関与の疑いが深まったとなれば、チャイナ・サークルの調査を急がねばならない」

「日本には、現状のミサイルの解析結果は伝えるのですか?」

「ペンタゴンのルートから、もう伝わっているはずだ。それをどう解釈するかは向こうの自由だがね」



――2024年10月20日、沖縄県、航空自衛隊那覇基地――


 宮本が那覇基地のゲートをくぐったところで、携帯電話が着信した。発信者はパインツリー、松田涼子だ。

「どうした、パインツリー、こんな時間に」

「ごめんなさい、バウ。どうしても、話を聞いてもらいたくて……」

 彼女は今朝方から起きた出来事を、時系列に沿って宮本に話した。宮本は全ての話を聞き終えて、ただ事では無いと直感した。


「パインツリー、偶然ではないと言う根拠はあるのか?」

「あります。銀座で三愛ビルと、歌舞伎座がバルカン砲で掃射されたというニュースがあったでしょう。あれは恐らくわたしがやったんです。仮想世界の中でたまたま思い付きでやった行動が、現実の世界でも実際に起きているなんて、偶然ではあり得ないことだと思います」

「ちょっと待ってくれ」

 と言って、宮本はしばらく黙りこみ、考えをまとめてから口を開いた。


「パインツリー、こいつはただ事ではない。多分、君は大きな事件に巻き込まれている。今の話は絶対に人にはするな。両親にもだ。それから、『テンペスト』には可能な限り、これまでと変わらないようにログインするよう心がけろ。全て君を守るためだ」

「分かりました、やってみます」

 その声は、とても心細そうに聞こえた。

「情けない声を出すな、パインツリー。エースストライカーだろう。俺の方ではフェニックス・アイ社を調べてみる」

 宮本は電話を切ると、まっすぐに那覇基地の司令部の建屋に足を進めた。



――2024年10月20日、新宿区市ヶ谷、防衛省――


 時計の針が24時(翌0時)になるのと同時に、浮川官房長官が防衛省のプレスルームに現れた。本来であれば首相官邸で行われるべき会見が、この日は非常事態のために、市ヶ谷の防衛省に移動しているのだ。

 カメラのストロボが瞬く中、浮川官房長官は報道陣のマイクが並べられた演壇に立ち、ゴホンと一つ咳払いをした。


「本日、我が国の国会議事堂は、早朝6時30分。何者かの爆撃により全壊をいたしました。掛かる攻撃による人的被害は、現在判明しておりますところで、死者6名、負傷者36名です。現在も現場では、負傷者の捜索活動が続いております。

 この行為を行った者、団体、或いは国家につきましては、警察、自衛隊、そして在日米軍の協力のもと、目下全力で解明をいたしておるところですが、現段階では特定ができておりません。


 爆撃で飛来した戦闘機は、米軍の試作機X47Fストライク・ペガサス4機でありますが、当機体は昨年の5月にカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地での訓練中に、何者かによってハイジャックをされたものと、アメリカ政府から説明を受けております。

 我が国が受けた爆撃に関し、アメリカ政府の関与はなく、アメリカ政府は本件の解明に全力を尽くすとしており、我が国の阿久津あくつ総理もこれを受諾しております。


 第2波以降の攻撃も予想されており、現在航空自衛隊の早期警戒機と、海上自衛隊のイージス艦が、24時間体制で東京湾周辺の哨戒に当っているところです。

 政府といたしましては、国民の生命を守る観点から、本日現時点より、東京都に夜間外出禁止令を発布いたします。期限は今の時点では定めません。無期限とし、危機が去り次第解除する方針であります。

 国民の皆様は、不要不急の場合を除き、夜間の外出は控えてください。繰り返します。国民の皆様は、不要不急の場合を除き、夜間の外出は控えてください。


 尚、最後に現在判明している事実を報告いたします。米国防総省の協力のもと、国会議事堂を破壊したミサイルの破片を回収し、画像によって分析いたしましたところ、ミサイルの部品は中国製であるということが分かっております。ただし、この事実が意味するところは、まだ何も明らかにはなっておりません。

 それでは本日の会見はこれまでとさせていただきます」


 会見会場を埋め尽くした記者たちは、矢継ぎ早に浮川官房長官に質問の挙手をしたが、浮川官房長官は3名ほどの記者から質問を受け、当たり障りのない回答をしただけで、その日の会見を早々に打ち切った。

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