第30話 防衛省情報本部
――2024年10月21日、中国福建省、
「馬閣下、お聞きになりましたか」
洪軍区司令員は、馬軍区政治委員の執務室に入るなり言った。
「昨日深夜の日本政府の会見か?」
「そうです。ミサイルの部品が中国製だということに言及しています」
「詳しい事は何も言っておらんだろう。部品の一部が中国製なのか、半分なのか、それとも全てなのか、あの会見からは何もわからん」
「国際世論はそうは思いません。既に、ミサイル本体が中国製であったかのような論調になっています。元々欧米メディアからすると、我々に国会議事堂爆破の疑いを掛けていたところに、恰好の材料が飛び込んできたという構図です」
「馬鹿な、我々の立場は増々悪くなるではないか。火種が大きくなる前に、外務省に否定会見をさせろ。当然、我が国のミサイルではないという証明はできるのだろうな?」
「少なくとも、我が軍区の管理しているミサイルには、1つの欠損もありません。ですが――」
「何だ? 欠損が無いなら良いではないか。何か問題があるのか?」
「現時点では管理表の数字が合っているというだけで、監査官が現地で目視確認をした訳ではありません。現場が違法にミサイルを横流しした可能性は否定できません」
「それなら、大至急、監査官を派遣すれば良いではないか」
「もうやっています。しかし全中国の軍区に渡って厳密に調査をするとなると、たっぷり1か月は掛かります」
「馬鹿をいうな。1か月も待てるか。お前も分かっているはずだろう。このまま1か月も疑いが晴れないままでいたら、間違いなく我々は
「もちろん、分かっています。しかし時間が掛かるものは掛かるのです」
「とにかく、まずは早急に外務省に、我が国が関与していないと会見をさせろ。調査は後追いで構わない。もしも我が南京軍区以外で欠損が見つかれば、その軍区に責任を押し付ければ良い話だ。仮に我が軍区で欠損があったならば、それは秘して、我が国がミサイルを供与したアフリカか、南米の国に矛先を向けるようにすればよい」
「分かりました、閣下」
洪が部屋を辞すると、馬は分厚い木のデスクを蹴りあげ、「どいつもこいつも、役立たずめ」と声を荒げた。
――2024年10月21日、沖縄県、那覇基地――
宮本は昼になるのを待ちかねたように、防衛省にいる旧友、山口の携帯に電話を掛けた。松田涼子から聞いた話を伝え、フェニックス・アイ社の素性を探らせるためだ。
「山口、昼休みか?」
「おう、丁度職員の食堂に行くところだ。爆撃事件のお蔭で、昨夜からほぼ徹夜。何も食ってない」
「空腹のところ悪いが、ちょっと時間をくれ。急用だ」
「どうした? その声から察すると、随分と深刻そうだな」
「これから話す事は、他言無用だ。俺が良いというまで、お前の胸に納めて、絶対に誰にも話すんじゃないぞ」
「おいおい、ずいぶんと大仰な前置きだな。一体何だよ」
「国会議事堂爆撃の真相に迫る重要な手がかりを掴んだかもしれない」
「何だと!」
「実は俺の親友の話だ」
宮本は松田涼子の名は伏せながら、これまでの出来事を、可能な限り詳細に山口に話した。山口は初め半信半疑で宮本の話を聞いていたが、宮本の説明が微に入り細をうがっていることが分かると、やがて信じざるを得ないという体で「むぅ」と唸った。
「一見
山口が言った。
「信用してくれたか。ありがとう山口」
「それで、一体俺は何をすれば良いんだ?」
「フェニックス・アイ社を調べて欲しい」
「そう来ると思ったよ。しかし、ただ会社概要を調べるだけでは済まないんだろう?」
「当たり前だ。経営状態はもちろんの事、経営陣の過去の職歴、家族構成、犯罪歴まで洗って欲しい。株主も同様だ。それと米空軍内にはフェニックス・アイ社に対して、軍事機密をリークしている協力者がいる。そいつも突き止めてくれ」
「無茶を言うな。俺たちはCIAやFBIじゃないんだぞ」
「無茶じゃない。防衛省には情報本部のルートがあるだろう。ペンタゴン経由でCIAから情報を取れば良いじゃないか。国会議事堂爆撃は、そもそも米軍機が乗っ取られたからやられたんだ。こっちは貸しのある立場。今だからこそできる駆け引きだ」
「確かに情報本部は防衛省のインテリジェンスを担う組織だけに、海外の諜報機関とは常に連携をしている。だが、どうやって依頼する? セキュリティが厳しくて、フロアに入るだけで、何段階もの手続きがあるぞ」
「別に、こそこそやる必要はない。フェニックス・アイ社のソニック・ストライカーは、俺も入会しているが、他にも現役自衛官が数多く会員になっているサービスだ。一般市民から『ソニック・ストライカーが、機密情報漏洩の温床になっていると通報があった』と、難癖をつければ良い。後はお前の得意なゴリ押しで何とかしろ」
「分かった、やってみるよ」
「国家の一大事だ。頼むぞ」
宮本は電話を切ると、ほっと一息ついた。しかしこれは始まりに過ぎない。
例えフェニックス・アイ社の真相を暴いたところで、それで事は終わりとはとても思えないからだ。
そして彼女――パインツリー、松田涼子も守ってやらなければならない――
――2024年10月28日、沖縄県、嘉手納基地――
既に国会議事堂爆撃から1週間以上過ぎ、嘉手納基地に戻ったボイドは、一人、チャイナ・サークルの衛星画像を見ていた。
チャイナ・サークルはレーダー波を反射しないために、その位置や大きさは正確に測定することができず、現在は航空機がレーダーから消失した地点の座標と、衛星画像に映る微妙な海面の歪みから、その存在と規模を推定しているに過ぎないのだ。
ボイドは、チャイナ・サークルが確認された直後から約一年前に渡り、国防総省が記録し続けている高解像度CCDによる衛星画像を丹念に追って行った。
偵察衛星は、地上200㎞付近の定められた周回軌道を高速で移動しているために、わずか数十秒で標的上空を通過する。更に地球の自転で標的は移動していくので、一日で目標を撮影できる枚数は一基につきせいぜい数枚。スパイ映画のように動画を撮影したり、ターゲットを追跡することは、到底不可能な話だ。
現役で運用中の24基の画像偵察衛星が、雲の無い晴れ間に鮮明に現場を撮影出来ていたのは、合計で2000枚ほど。本来であれば赤外線画像ならば、雲があっても被写体をとらえる事が可能なのだが、チャイナ・サークルに限れば、その歪部分に生じているはずの温度変異があまりにも小さくて、視認ができなかった。
発見当時には半径5㎞と目されていたチャイナ・サークルは、中国人民軍が救助と称して航空機を向かわせた時点で、半径10㎞に拡大していた。間を置かずに行われた追加の救助隊――人民軍は決死隊と称していたらしい――の際も、半径10㎞圏で機影がレーダーから消えた。その後は現場海域を飛ぶ中国機がいないために、半径は正式には確認されていない。
チャイナ・サークルの発生理由に関しては未だに不明である。しかし国防総省内では、チャイナ・サークル即ち中国のレーダー
時系列に沿って、1枚ずつ画像を見ていたボイドは首をかしげた。どうやらチャイナ・サークルは静止しておらず、プラスマイナス2㎞ほどの範囲の中を、緯度経度方向に移動しているようなのだ。移動というよりも漂っていると言った方が良いのかもしれない。
また半径を5㎞から10㎞に拡大した際は、次第に拡大したのではなく、一気に大きさが変化していた。2枚の写真撮影の間で起きた変化であり、時間差で言うと3時間ほどの間だ。まるで飛来した虫を捕食する、食虫生物のようにボイドには思えた。
その後の情報が何も無かったことから、ボイドはチャイナ・サークルが半径10㎞で安定しているものだと思い込んでいた。しかし衛星画像から読み取った限りでは、一旦半径を拡大した1週間後には、元の半径5㎞に縮小していた。
昼食をとる事も忘れて衛星画像をめくっていたボイドは、10月14日の日付に差し掛かったところで凍りついた。
「無い!」
ボイドの目の前の衛星画像から、チャイナ・サークルは消えていた。タイムスタンプは6時15分。その前に確認できるのは前日13日の17時22分。約12時間の間にチャイナ・サークルが消えた事になる。
移動したのかと考え、周辺の海域を隈なく確認した。しかし幾ら目を凝らして見ても、どこにもチャイナ・サークルを見つけることは出来なかった。翌日も、その翌日もだ。
ボイドが再びチャイナ・サークルを発見したのは10月27日、つまり昨日の衛星画像の中だった。それは何事も無かったように、元々それがあった場所に戻っていた。チャイナ・サークルは10月14日から26日までの2週間弱の間、姿を消していたことになる。それは日本の国会議事堂が爆撃された10月20日を挟んだ、前後約1週間ずつにあたる。
「何故?」
ボイドにその理由は分からなかった。しかしそこからは、何か重大な結論が導かれる予感がしてならなかった。
ボイドは電話を取り、カーライル少将の番号を押した。
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