第31話 無国籍兵器

――2024年10月28日、中国福建省、武夷山ぶいさん基地――


「先週の外務省の会見は、逆効果だったかもしれません……」

 洪軍区司令員の言葉に、馬軍区政治委員は黙り込んだ。

 洪は馬の指示通り、『調査の結果、中国人民軍空軍が管理するミサイルに欠損はなく、日本の国会議事堂を爆撃したミサイルは、中国製ではあり得ない』という報告を総参謀部に上げ、総参謀部は即座に、そのままの内容を外務省に発表させた。

 外務省は会見にあたり、洪の報告の後に、『我が中国に、根拠のない濡れ衣を着せようとする一部国家が存在しており、深く憂慮ゆうりょするとともに、中国政府は強くそれに抗議するものである』との政府見解を追加した。


 中国外務省の会見に対する、海外メディアの反応は辛辣しんらつだった。

『僅か1日で、全中国のミサイルを調査することは不可能』

『中国は調査自体を、行ってはいない』

『中国の不誠実な対応は、今に始まったことではない』

『今後中国が、国際社会で孤立を深めることは不可避』

    ・

    ・


「総参謀部には外務省からも抗議があったと聞きましたが……、本当なのでしょうか?」

 洪が馬に訊ねたが、馬は相変わらず黙り込んだままだった。

 外務省からの抗議とは、『不正確な情報を海外に発信することは好ましくない。今後は慎重な対応を求める』という、極めて穏便なものであった。総参謀部は『善処する』とだけ回答したのだという。


 これだけのやりとり――

 たったこれだけの事が、実は軍部にとっては大きな衝撃であった。これまで人民解放軍に対して官僚機構が物を申した事は一度も無く、軍関係者にとってみれば、そのような事は未来永劫に渡って、有ってはならないことであった。

 その一線が今、もろくも崩れ、しかもそれに対して軍は、何らの反証もできなかった。軍の権威が著しく毀損きそんしていることは、誰の目にも明らかだった。



――2024年10月29日、沖縄県、嘉手納基地――


 ボイドのデスクで電話が鳴った。

「チャイナ・サークルに関して国防総省から回答があったぞ」

 電話の主はカーライル少将だった。

 ボイドは昨日、衛星写真を閲覧した際、チャイナ・サークルが10月14日からの2週間、現場から消失していた可能性に気付くと、すぐにカーライルに報告すると共に、専門の分析官による再検証を依頼していた。


「結果は如何でしたか?」

「君の言った通り、チャイナ・サークルは一時姿を消していたようだ。東シナ海全般を当ったが、どこにも移動した形跡はない」

「消失の原因については?」

「不明だ」

 予想通りの回答だった。間欠的な画像だけでそれが分かるはずもない。せめて消失と出現の時点の連続写真でもあれば……

「調査フライトはどうしますか? 実施しますか?」

 ボイドは訊いた。ボイドは、チャイナ・サークルの変異に全ての鍵があるという思いを強くしていた。

――チャイナ・サークルをもっと詳しく知る必要がある――

 ボイドはそう考えていた。


「もちろん調査フライトはやってもらう。国防総省も承認済みだ。NSAで開発していたラプター搭載用のセンサーも、間もなく完成するそうだ。週明け早々には嘉手納に送る」

「分かりました。それでは週明け以降の予定で、早速フライト計画を立案します」

 ボイドは望むところだと、自身の決意を新たにした。



――2024年10月29日、岐阜県、各務原市――


 この日涼子は、約1週間ぶりに『テンペスト』にログインした。気は進まなかったが、自分の身を守るためだという宮本の助言には説得力があった。ファンムチームの仲間たちは、涼子を暖かく迎え入れてくれた。

 既に『テンペスト』では、『国会議事堂爆撃作戦』のシナリオは廃止されていた。仲間に状況を聞いたところでは、不要な軋轢やトラブルを避けるため、今後もそれは公開される事はないだろうとのことだ。

 ボブは新しいシナリオを組み立てる事に集中しているらしく、このところ『テンペスト』にアクセスしてきていないそうだ。


 現在、テスターに与えられているミッションは、F35ライトニングと、F22ラプターを仮想敵にした模擬戦。ボブが用意している新しいシナリオは、前回と違って、ドッグファイトを前提としたものになるため、その準備なのだという。

 早速、涼子も模擬戦にトライしてみた。まずは1対1の戦いからだ。敵機を操っているのは人間ではなく、コンピュータ。AIを導入し、現役パイロットの飛行パターンを徹底的に解析した思考ロジックなのだそうだ。初日のコンピュータ相手での涼子の戦績は、10戦して10敗だった。


 ライトニングもラプターも米空軍の現役の機体で、カタログスペックはストライク・ペガサスより上回っているため、明らかな力負けだった。

 涼子よりも早く模擬戦に挑戦している仲間の戦績を聞くと、ファンムチームのリーダー格であるゴールドが、ようやく4割の勝率で、他のメンバーは3割がやっとというところ。

 涼子がゴールドに勝負のコツを訊ねると、『速度有利や高度有利の従来のような戦いは捨てて、いかに接近した混戦に持ち込めるかだ』と教えてくれた。



――2024年10月30日、沖縄県、嘉手納基地――


「フライトの予定は立ったのか?」

 昨日に続いて、カーライル少将からの電話が入った。

「はい、概ねは。しかしその前に、幾つか前提条件があります」

「何だ?」

「まず、実施日の条件としては、問題の海域の上空に雲がなく、偵察衛星からクリアな映像が撮影可能なこと。時間的には、衛星の飛来時間とラプターの到着時間がほぼ重なることです。

 ミッションの間、衛星は、150㎞付近まで高度を下げて、連写モードを使って、チャイナ・サークルが有効レンジにいる間中、撮影を行っていただきたい」


「了解だ。それで、いつ飛べる?」

「少し間は開きますが、10日後の11月9日が最有力です。気象部の短期予測では、現場海域は7日以降、安定した高気圧帯につつまれ、雲の発生確率は9日が最小になります。偵察衛星は8時25分に飛来しますので、8時丁度に離陸し、現場付近で旋回しながら待機して、衛星到達時間に合わせて作戦空域に突入します」

「よかろう。難しい任務だが、よろしく頼むぞ」

「任せてください」

 ボイドは頷いた。


「ところで」

 と、カーライルは話題を変えた。「今日はもう一つ報告がある。分析に回していたミサイルの件だ」

「国会議事堂爆撃のミサイルですか?」

「そうだ、ランド研究所から詳細な報告が来た」

「やはり中国製でしたか?」

「いや、そうではなかった。ミサイルのシーカーはフランス製、エア・タービン発電機はドイツ製だったそうだ」


 シーカーとは、ミサイルの誘導を行うための目の部分である。空対地ミサイルはロックオン時の画像を目標地点に定め、シーカーからのカメラの映像を頼りに誘導をされる仕組みになっている。もう一方のエア・タービン発電機は、シーカーを始めとした索敵装置や、誘導装置を駆動するための電源を供給するものだ。

 空対地ミサイルはロケットモーターのような動力系を持たず、滑空して目標を目指す方式のため、エア・タービンを使って自らが発電をする必要がある。


「つまり、空対地ミサイルで最も重要なパーツが、中国製では無かったということですね。言い方を変えれば、ミサイル自体が中国製で無く、無国籍製品だったことになる」

「意外だったが、それが事実だ」

「その件について、発表はするのですか?」

「いや、しない。中国のパーツが使われていたのは事実だ。我々の見解が間違っていた訳ではない」


「それでは、中国に濡れ衣を着せたままにすると?」

「その方が何かとやりやすいだろう。チャイナ・サークル調査のため、君が飛ぶ空域は、本来は日本の排他的経済水域上空だが、その一方で、中国が一方的に宣言した防空識別圏内でもある。やつらを国際世論の矢面に立たせた方が、突飛な行動をとれなくなるはずだ」

「政治的な理由ですね。国防総省の意向ですか?」

「その通り。しかしその流れを作ったのは、更にその上の人物だ」

「その上の人物? 誰ですか?」

「これ以上は詮索しない方が君のためだ。国防総省は更に駄目押しで、『我が国がチャイナ・サークルを、中国が開発した兵器だと疑っている』と言う情報も、マスコミにリークするそうだ。それだけやっておけば、君が少々中国の支配海域に食い込んだとしても、中国は文句を言えないだろう」

「やり過ぎで、反発を買わなければ良いですがね」

「大丈夫だ。国防総省はこういった事には長けているからな。向うの我慢の限界を越えるような事はしない」



――2024年10月31日、沖縄県、那覇基地――


 宮本はこのところ連日、那覇基地に泊まり込んでいた。国会議事堂爆撃で航空自衛隊の内部がまだ騒然としている中、高高度迎撃隊の設立準備に拍車が掛かっていた。戦争に突入するかもしれないという危機感が、隊員たちの気持ちを引き締めていた。


 パイロットが低気圧に体を慣らすためのDDCは、昨日基地への設置が終わり、本日はその試運転を行った。無人の状態で滞りなく動作が確認できたところで、夜になって宮本自身が実験台となって、DDCの中に入った。

 宮本は閉じた空間に閉じ込められて、特にやる事もないままにTVを点けた。もちろん、毎晩観ている『報道トゥナイト』だ。


 航空自衛隊内部には、今回の一連の事件に関して、一般国民が接することのできない詳細情報が流れていた。しかしその内容は整理されたものではなく、さみだれ式にもたらされたものが、そのまま担当部署に伝わっているに過ぎない。隊員たちは自分の属する部署や、ミッションに偏った情報は持っているが、1つ担当が違えば完全に蚊帳の外だった。

 防衛省発表や航空自衛隊発表という、身内が発信した情報でさえ、TVのニュースで初めて知ることの方が多かった。


 キャスターの古賀は、連日のように国会議事堂爆撃に関するニュースをトップで伝えていた。しかし機密情報を多分に含むためか、防衛省からの情報は減っていく一方で、このところマスコミ各社は、些細なネタを針小棒大に語る傾向にあった。


「今日最初のニュースは、いつものように国会議事堂爆撃事件の続報ですが、何と本日、米国防総省の関係筋から、驚くべき情報が飛び込んできました」

 この日の古賀は、久しぶりに活きの良いネタを仕込んだとでも言うように、自信に溢れた表情をしていた。古賀の隣には軍事評論家の赤木の顔もあり、赤木も古賀に倣うようにしたり顔で、うっすらと笑顔を浮かべていた。


「今日は少しは身のある情報のようだな」

 宮本はそう言って、手元のリモコンで音声を大きくした。

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