第32話 ステルス領域

「今日お伝えすべきニュースは2つあります。最初は国会議事堂の爆撃現場で使用されたミサイルのお話です。米軍が回収して本国で分析していたミサイルの破片は、やはり中国製の部品で構成されていた模様です。赤木さん、この件についてどうお考えですか?」

 早速古賀は本題に入った。

「爆撃を受けた当日の、浮川官房長官の会見でも明らかにされていたことですが、今回は画像の分析ではなく、実際に破片を持ち帰って検証した結果です。最早間違いのない事実だといえるでしょうね」


「それでは、爆撃は中国が行ったものであると?」

「まだそこまで断言はできません。しかし疑いが強まったことは事実です」

「細かい検証は後のコーナーに回すとして、駆け足で、2つ目のニュースもお伝えしてしまいましょう。実を言うと、次のニュースの方がショッキングです。

 尖閣諸島にほど近い、中国の排他的経済水域に存在する謎の海域、『チャイナ・サークル』ですが、米国防総省は、それが中国の兵器であると疑っているとの見解を明らかにしました。これまでにもネット上では、噂のレベルで取りざたされていたことですが、米国がそれを正式に認めたということは、事態が新たな局面を迎えつつあると考えてもよろしいと思います」

 古賀は意見を求めるように、赤木に視線を送った。


「もしもあれが兵器であるとすれば、大変なことですね。昨年中国外務省が行った会見は、全て事実を隠ぺいするためのカモフラージュで、我々が消えたと思っていた中国機も、実はチャイナ・サークルの内に生存している可能性が高まったと言う事です」

「どんな兵器だと思われますか?」

「色々な可能性がありますが、一番容易に思いつくのはステルス空母でしょう。現象面から推測すれば、そのステルス性はレーダー波にだけでなく、可視光線に対しても有効で、人間の目からも姿を消してしまえるのです。そしてそれが空母本体だけでなく、周囲を飛ぶ艦載機まで及ぶとなれば、最早敵なしです」

「赤木さんの御推測が本当ならば、アメリカの懸念も無理からぬところです」

「世界の軍事バランスを、一気に覆してしまう重大事と言えるでしょうね」


 TVから流れるてくる音声を聞くなり、宮本は腰かけていた椅子から飛び上がった。

「ステルス空母だと?」

 宮本は思わず声を上げた。もしもそれが真実ならば、本当に世界の軍事バランスは崩れるだろう。


 それが意味するところは戦争か? それとも平和なのか?

 国会議事堂を爆撃したのは、やはり中国だったのか? 

 だとすれば、何の狙いで日本に攻撃を仕掛けたのか?

 フェニックス・アイ社との関係はどうなっているんだ?


 宮本の頭の中は、幾つもの疑問で満たされていった。



――2024年11月9日、8時00分、沖縄県、嘉手納基地――


 予定していた時間通りに、ボイドのF22ラプターは嘉手納基地を飛び立った。天候は予想されていた通りに快晴で、雲一つない青空が広がっていた。

 ボイドの周囲にはボイドの機の挙動を外部から見守るため、3機のF35ライトニングが随行していた。急ごしらえの編隊のTACネームは、ボイドが馴染んでいる“ルンバ”となった。ルンバ1がボイドの機の呼称だ。ボイドたちの更に上空には、AWACS・E-3センチュリーが待機していた。

 

 予定の空域に近づき、ボイドたちは大きく弧を描いて旋回飛行を始めた。時間は8時15分。あと10分で偵察衛星が撮影可能圏内に入ってくる。ボイドたちの行動は、それまでの時間調整のためだった。

 飛行空域は、既に中国の防空識別圏内にあるが、人民解放軍のスクランブルは無かった。国防総省が仕込んだ牽制策が図に当ったのだ。


 腕時計を確認するボイド。秒針が8時24分30秒を指したところで、ボイドは機首を中国側に向け、A/Bアフターバーナーに点火した。マッハ計は1を悠々と越えて1.5に。ハードポイントにセンサーをぶら下げているため、それ以降の速度上昇が鈍い。しかしそれでも2.0に迫って行く。ライトニングは引き離されて遥か後方だ。

 予め定めたミッションプランでは、現在半径5㎞を保つチャイナ・サークルの外側に、更に7㎞余裕をもたせ、半径12㎞の外周部分を、日中中間線跨ぎながら高速でかすめることになっている。総時間は偵察衛星が連写で撮影を行うことができる、1分間で決着しなければならない。


 ラプターは一旦、中国の排他的経済水域に食い込み、それから左旋回をして日中中間線を跨いで日本側の排他的経済水域に離脱するコースを取る。ボイドが右旋回の行動を取ろうとした瞬間だった。

 ラプターの多目的ディスプレイが真っ白にホワイトアウトし、その表面から鋭いスパークの火花が飛んだ。


「何事だ!」

 と、考えるのと同時に、ボイドは反射的に「こちらルンバ1。ルンバ2、ルンバ3、ルンバ4、こちらが見えるか」と無線で叫んだ。インカムからはノイズしか聞こえてこない。

 再度「ルンバ2、ルンバ3、ルンバ4、応答せよ」と呼ぶが、何も変化なし。

 周囲は夕暮れ時のような暗さで、下方は穏やかな海面。上空はその海面を映したように揺らいでおり、気を抜くと平衡感覚を失いそうになる。


 不意に多目的ディスプレイのホワイトアウトが収まった。しかし全ディスプレイはノイズだらけで用をなしていない。

「……こちらルンバ2、表示系の全機能をロスト」

 突然インカムから叫び声が聞こえた。無線が回復したのだ。

「ルンバ2、現在位置は?」

「分かりません。高度も不明。ディスプレイが突然ホワイトアウトして、その後ブラックアウト。現在全ての飛行情報が確認不能。ただし表示系以外は生きています。DEEC制御系も問題なし、操縦は可能です」

「こちらルンバ3、同じ状態です」

「ルンバ4、こちらも同じです」


 気を取り直して、ボイドは基地を呼んでみた。

「嘉手納基地、聞こえるか? こちらルンバ1」

「……」

「嘉手納基地、聞こえるか? こちらルンバ1」

「……」

 返事は無い、嘉手納基地には無線が通じていないのだ。つまり限られた空間内でだけ無線通話が可能。レーダーはどうなのかとディスプレイを覗くが、ノイズが明滅するばかりで、機能が生きているかどうかが分からない。

 表示機能を遺失する直前の状況からして、現在ラプターはチャイナ・サークルの中心から30㎞ほど離れているはず。ライトニングは更に外側で35~40㎞ほどだろう。

「一体、何が起きている」

 ボイドの頭はフル回転していた。



――2024年11月9日、8時26分、

           宮古島、航空自衛隊・第53警戒隊レーダーサイト――


 レーダー画面を監視していた警戒管制員の前島は、「アッ」と短く声を上げた。

この日は米空軍の嘉手納基地から、チャイナ・サークル周辺に調査機を飛ばすとの飛行計画が提出されたため、その動向を監視していたところだった。


 嘉手納を離陸した4つの光点が西方向に直進。尖閣諸島の東で旋回後、再度西に移動し始め、4機編隊の内の1機が先行し始めた矢先だった。同時に4機の機影をロストした。最後尾の光点と、チャイナ・サークルの中心点は約40㎞。まるでチャイナ・サークルが急に半径を拡大したかのような挙動だった。


 前島はマイクを取った。

「那覇基地、嘉手納から移動中の米軍機4機を突然ロスト――。チャイナ・サークルで中国機が消えた時と同じ現象だ」



――2024年11月9日、8時27分、尖閣諸島沖――


「こちらルンバ2、ロックオン・アラート」

 ボイドの無線に2番機からの叫び声が響いた。何者かが発射したミサイルが、2番機に迫っているのだ。という事は――、多目的ディスプレイはブラックアウトしていても、機載のレーダーシステムはまだ生きているという事だ。

「ルンバ2、落着け、ミサイルの種類は何だ?」

「分かりません。画面には何も表示されていません」

「チャフとフレアを撒け。高度が十分なら出力を絞って、スプリットSで急降下しろ」


 チャフはミサイルのレーダー誘導を欺瞞ぎまんするための、金属を蒸着したフィルム。フレアは赤外線誘導を欺瞞ぎまんするための、マグネシウム系の発火素材。ロックオンしてきたミサイルの種類が不明ならば、両方を同時に使用する。


「了解――」

 ボイドは目視で2番機を探す。フレアの眩い閃光が東方向に見えた。その周辺に2番機がいるはず――。急降下する機体が見える。2番機だ。


「こちらルンバ3、ロックオン・アラート」

 2番機との交信に割り込むように、3番機からの声。と同時に、東方向にフレアの閃光。ボイドの視線は2番機から3番機に移る。

 急降下する機影の後を白い尾を引く物体が追っている。チャフもフレアも効いていない。そして爆発音が響く。撃墜された――


「こちらルンバ4、ロックオ……」

 続けざまに4番機の声が響くが、それと同時に爆発音。4番機はチャフもフレアも撒く間が無いまま撃墜されたということだ。


「ルンバ2、ルンバ2、応答せよ」

「……」

 ボイドは一旦見失った2番機を探すが、応答は無い。何とか逃げ切っていて欲しいが――

 周囲に目を凝らす中、ボイドは目の端に黒い艦影を捉えた。目測で30㎞ほど先だ。

「あれは――」

 一旦堅く目をつぶってから開く。そして凝視。

 艦の形状はティアドロップ型。間違いない――、潜水艦だ。


『ファン、ファン、ファン、ファン……』

 ボイドの思考を遮るように、自機のラプターにもロックオン・アラートの音が、けたたましく響き始めた。

「チッ」

 と、舌打ちするボイド。ロックオンされた。レーダー画面が役に立たないので、ミサイルが飛来する方向が分からない。しかしあの潜水艦が発射したのであれば、それを背にすれば、ミサイルから逃げるドラッグ機動になるのは間違いない。反射的にラダーとエレベーターを操作。そして機首を上げA/Bアフターバーナーを点火。


 急激な回避行動にともなう、強烈なGがボイドを襲った。と同時に、体中の血液が足に向かって流れ始める。ボイドは脳の血液を途切れさすまいと、息を止めて下腹部に力を込める。目に見えるものが次第に色を失い、白黒に変わる。ブラックアウト寸前だ。


 Gに逆らうように、チャフとフレアのディスペンサーに指を掛ける。発射!

『ファン、ファン、ファン、ファン……』

――アラームが鳴りやまない――


「効かない、やられた」

 ボイドが覚悟を決めようとしたその瞬間だった。再び機内の全ディスプレイがホワイトアウト。そして突然に目の前に広がった青空――


 次の瞬間、機体の後方で爆発音が聞こえた。

 


――2024年11月9日、8時27分、

           宮古島、航空自衛隊・第53警戒隊レーダーサイト――


 警戒管制員の前島は、再び「アッ」と叫んだ。

 たった今まで消えていた光点が、1個だけレーダー画面に戻ってきたのだ。高度は17,000フィート。


 しばらく画面を注視したが、他の3つの光点は復帰してはこない。

光点は東方向に向けて動いていた。恐らく、嘉手納基地に帰還しようとしているのだ。前島は慌てて無線マイクのスイッチを入れた。



――2024年11月9日、8時29分、尖閣諸島沖――


「こちらルンバ1、AWACS聞こえるか?」

 ボイドは上空を飛んでいるはずの、AWACS・E-3センチュリーに無線で話し掛けた。

「聞こえる、ルンバ1」

「計器の表示系全てが機能停止。こちらでは現在位置が不明。嘉手納まで誘導してくれ」

「了解、ルンバ1。嘉手納基地まで誘導する」


 ボイドはAWACSとの交信を終えると、フゥと深いため息をついた。



――第7章、終わり――

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