第7章 中国人民解放軍空軍
第28話 武夷山基地
――2024年10月20日、岐阜県、
涼子には今起きている現実の出来事が一体何なのか、皆目見当がつかなかった。自らが『テンペスト』で行った国会議事堂爆撃のミッションと、現実の出来事がなぜ符合しているのだろうか?
まるで自分が現実に、ストライク・ペガサスを遠隔操作し、国会議事堂を爆撃したようではないか――
「まさか――」
涼子は頭を振って、たった今脳裏に浮かんだ荒唐無稽な考えを打ち消した。
しかしどう考えても、一民間人に過ぎない自分がアメリカ軍の最新鋭機を操るなど、有り得ない話だ。涼子の心に疑念は積もる一方だった。
「バウに相談してみようかな?」
涼子は思った。バウは先月突然に電話をくれて、航空自衛隊に再任官するつもりなのだと言っていた。自衛隊の関係者であれば、自分が経験した出来事に対して、何らかの回答をくれるかもしれない。
フェニックス・アイ社と交わした契約の、機密保持条項が頭をよぎったが、もしかしたら、自分が犯罪に関わっているかもしれないと言う時に、そんな事を気に掛けてる場合でもないだろう。
すぐに涼子はスマートフォンを手に取り、バウの携帯番号をタップした。
――しかし、バウには電話が繋がらなかった。
涼子はいたたまれず、自室で『テンペスト』にログインした。こうなったら、まどろっこしいことはしないで、ボブに直接訊いてみるしかないと思った。
トロントとの時差を考えると向こうは未明の4時頃だろう。ボブはログインしているのだろうかと考えがよぎったが、この際気にしてはいられない。
案の定ボブはネット上にはいなかった。しかし、ボブからテスター達に向けてのメッセージ文が届いていた。そこには、日本の国会議事堂爆撃のニュースを見て驚いている事。フェニックス・アイ社は本件には一切関与していない事。『テンペスト』でのミッションと、現実の出来事が交錯していることが不思議でならないが、現時点では偶然であるとしか言いようがない。という趣旨の文章が書かれていた。
そしてフェニックス・アイ社では、『テンペスト』のサーバーが外部からハッキングされるか、或いは関係者が外部にサーバー情報をリークした可能性について、今後徹底的に調査を進めると約束していた。
最後にボブは、涼子たちテスターに全員に向けて、「今回の事件に
涼子はフェニックスチームの掲示板も開いてみた。そこには既に、自分以外の3名の書き込みがあり、皆ボブを信用し、これからも頑張ると前向きに意見を記していた。
文面から見て取れるのは、日本人以外の人間からすれば、日本の国会議事堂が攻撃を受けたことなど所詮は他山の石であり、悪く言えば好奇心の対象でしかないと言う事だ。しかしそれも仕方のない事だろうと涼子は思った。恐らくそれは、自分が遠く中東や、東ヨーロッパでの紛争をニュースで見ている感覚と、何らの変わりも無いのだ。
涼子も掲示板に書き込みをした。
『わたしもボブを信じたい。でも、事件はわたしの母国で起きてしまった現実の出来事で、今、多くの日本人と同様に、わたし自身も大きなショックを受けています。しばらくの間わたしは、『テンペスト』の熟成テストには関われないだろうと思います。気持ちを立て直したら戻ってくるので、それまで待っていて下さい』
それは涼子の正直な気持ちだった。少なくとも、もう自分は国会議事堂爆撃のミッションには参加する気持ちにはなれないだろう。
フェニックスチームの面々からは、書き込みとほぼ同時に返事が来た。
『気持ちは察している。ゆっくりと休んでから戻ってきて欲しい――ゴールド』
『パインツリーが戻ってくるまでに、もっと腕を磨いておくよ――リバー』
『次のミッションになったら、また一緒に闘おう――バード』
――2024年10月20日、沖縄県、那覇市――
宮本は相変わらず『報道トゥナイト・緊急特番』を注視していた。番組の内容は先程までの国会議事堂の現場報道から、次第にペガサスの飛行ルートに関する話題に移ろうとしていた。
「ペガサスは東京湾から侵入してきたのですね?」
古賀の視線が赤木に向いた。
「そうです。各地に設置された監視カメラや、目撃者の証言を総合すると、ペガサスは外洋から、低空飛行で浦賀水道を通って東京湾に侵入しています」
スタジオには東京湾周辺の立体地図が用意され、そこを赤木が、先端に飛行機の模型のついた指示棒で
「ペガサスは低空を保ちながら、隅田川を
その次は八重洲通りです。ここでは左右にビルが迫る中を直進します。皆さんはスターウォーズという名作映画をご存知でしょうか? ラストで帝国軍のデススターに突入した同盟軍の、Xウィングという機体が、高速に狭い溝の中を飛行するシーンがありますが、まさにそれだと思ってください。
これらの行動は、レーダーの探知を避けるためだと思われますが、驚くべき飛行技術です。まずは機体の安定度を褒めるべきでしょが、私はそれよりもパイロットの技量に注目しています。飛行学校で操縦訓練を受けたテロリストのレベルではありません。実戦経験の豊富な錬度の高い兵士、何れかの国の空軍に属している兵士としか考えられません。そして飛行ルートも行き当たりばったりではなく、事前に周到に練られたものです」
「となると、実行犯はかなり洗練され、組織化されたものであるということになりますね」
古賀は神妙な面持ちで言った。
「そうです。更に言えば、実行犯はペガサスを日本近海まで運び、ジェット燃料を補給し、ミサイルを搭載して送り出しました。そして恐らくは、爆撃を終えたペガサスを帰還させて、既に日本の領海から離脱している」
赤木も深刻な顔つきで答えた。
「ずばり赤木さんのお考えでは、爆撃を行ったのは……」
「テロリストだとは考えにくい。国家レベルでの行動です」
赤木の言葉に、古賀は目を見開いて、一瞬言葉を失った。
「国家ですって? それは一大事ですよ、赤木さん。もしもそうならば、暴挙に出た国が判明した場合……」
「もちろん戦争ですよ。自国の国会議事堂を破壊され、それを行った相手国が判明した時に、日本政府は他にどんな手を講じることができるでしょう?」
「国連に提訴することもなく、いきなりですか?」
「平和的解決という選択肢は、最早残されていないと思いますよ。何しろ、既に平和ではないのですから。もしもここで国連に提訴などという悠長なことをしていたら、国際的に舐められてしまいます。相手国は図に乗って、もっと大きな攻撃を仕掛けるでしょう。国土そのものを守るためにも、国の尊厳を守るためにも、日本は戦争に突入せざるを得ないのです」
赤木が “戦争” という言葉を発するのと同時に、スタジオの空気が一気に張りつめたように宮本には思えた。
考えてみると、戦争は常に自分と縁遠いところにあった気がする。ベルリンの壁が崩壊したのが、自分が小学校の5年生だった頃。自衛官になった時分には、もう冷戦時代の名残もなく、既に日本は、第3次世界大戦への脅威から解放されていた。スクランブル要員として、対敵の最前線に駆り出されていた頃でさえ、本当に戦争の脅威を感じていたかと言えばノーである。
しかし、現実に国会議事堂が攻撃を受けたとなると、いやが上にも戦争という言葉が頭をよぎる。再び自衛隊に任官した身は、まさにその当事者とも言える。
「いざ戦争になった時、俺はその最前線に立って、国民のための盾になれるのだろうか?」
宮本は自問した。もちろんだという自分と、現実に恐れおののく自分がいる。どちらも嘘偽りの無い自分自身である。今、この時。恐らく、日本中の自衛隊員が同じ思いに駆られているに違いない。
民間人である日本国民はどうなのだろうとも思う。戦場に
そして訳知り顔の文化人たちは、どうするのだろうか?――
その期に至っても尚、自衛隊不要論を叫ぶのだろうか?
――2024年10月20日、中国福建省、
武夷山基地の会議室では、基地の幹部たちが大型ディスプレイで、NHKの中国語ニュースをじっと見つめていた。画面には、黒煙を上げる日本の国会議事堂の無残な姿が映し出されていた。
朝の会議の最中に飛び込んできたそのニュースは、その後も次々と続報が流されており、既に夕方になるというのに、誰も会議室を去ろうとする者はいなかった。
海外メディアのニュースは全て新華社通信の検閲を経る必要があるので、日本の報道より1時間以上も遅れているのだが、それであっても、日本に駐在する工作員の情報を待つより速報性は高い。中国に於いてはTVニュースが、即ち最新情報なのだ。
「これでしばらくの間は、しのげるな」
馬軍区政治委員が言った。
「どういう意味でしょうか?」
洪軍区司令員が訊ねた。
「当分の間、総参謀部の目はこちらに釘づけだ」
「我々に対する風当たりも弱まるという事ですね」
「どこの国かテロリストか知らないが、良いタイミングで仕掛けてくれたものだ。まったく、有りがたい事だ。そいつらが第二次攻撃をやるなら、支援してやりたいくらいだ」
「馬閣下、そのご発言は如何なものかと……」
「構わん。他に誰も聞いてはいない。小国日本に正義の鉄槌が下されたと思えば、胸のすく思いさえする」
洪は馬に同意も否定もできず、ただ黙り込んだ。
不意に部屋の内線電話が鳴り、張軍区副司令員が受話器を取った。
「馬閣下、王空軍総司令員閣下からお電話です」
「王閣下から?」
王は馬の強力な後ろ盾である。王もこのことを喜んでいるに違いない。
馬は張から奪うように受話器を取ると「王閣下、馬です。ニュースをご覧になったのですね。まったく私のこの快挙を……」と大声を張り上げた。
しかし次の瞬間、馬の言葉は「違います」という否定に代わった。そしてその後も「違います」という言葉を繰り返し、次第にその声は小さくなっていった。
最後に馬は「はい」、「はい」と、か細い声で何度も返事をして、力なく受話器を置いた。
「何かあったのですか?」
洪が訊ねた。
「お前たちがやったのかと訊かれた……」
馬は視線の定まらぬ目をしながら答えた。
「えっ?」
「王閣下から、お前たちが日本を攻撃したのかと訊かれたのだ」
「なぜそんな事を?」
「アメリカやヨーロッパのメディアでは、中国が日本を攻撃したのではないかという、強い疑いの論調になりつつあるそうだ。王閣下によると、総参謀部も我々の事を疑っているらしい」
「そんな馬鹿な……」
「王閣下はこうも言われた。『良くやったと褒めてやりたいところだが、やり過ぎだ。もしも本当であればお前たちは英雄ではなく、国家の反逆者だ』と……」
「反逆者……?」
「最悪の場合は国家反逆罪。つまり死刑――。ここにいる者全員が――だ……」
馬の言葉に、会議室は瞬時に凍りついた。
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