第19話 世界ランキング
――2023年11月24日、午後、群馬県、富岡市――
宮本は家業の『富岡印刷』に入社以来、毎日のように富岡市や、その隣の高崎市、安中市を車で走り回った。家業とは言うものの、高校を卒業してすぐに航空学生として航空自衛隊に入ったので、仕事の事は何も知らず新米同然だ。
そんな自分が、社長の兄であるという理由だけで、落下傘で下りるように営業部長の座に就いたのだ。誰も面と向かっては批判めいたことは言わないが、快く思わない古参社員も多い事だろう。
品定めをするような周囲の目を
幸いにも、約30余年にも及ぶ自衛隊生活を経験してきただけに、根性だけは人並み以上にあるし、毎日が死と隣り合わせの生活を送ってきたから、少々のことでは動じない。だから宮本は自分の存在価値を示す機会だと、営業活動とは別に、皆が嫌がるクレーム処理の役割まで買って出た。
気性が荒い群馬県人は、怒らせると始末が悪いが、根は義理人情に厚い。クレームの一つ一つに、誠意を持って正面から接すれば、常識はずれな無理難題は言ってこない。自衛隊内の理不尽な命令に較べたら、訳もないことのように思えたし、怒りを解いてさえもらえれば、打って変わって、上顧客になってくれる場合さえある。
こんな努力の甲斐あって、まだ入社して一月余りしか経っていないが、段々と宮本を慕う社員が増えて来ていた。
さて宮本は、自衛隊を退官して以来、それまでと大きく違ったことがある。それは生活のリズムが安定した事だ。
会社で残業や休日出勤はあるものの、それは飽くまで例外的なもので、基本の勤務時間は決められている。自衛隊時代のような、ローテーションで回ってくる夜勤やスクランブル待機とは天と地の違いがある。
夜になれば、急な呼び出しを心配することなく、趣味のソニック・ストライカーにも没頭できる。
最近宮本は、そのソニック・ストライカーで知り合った、”パインツリー”というTACネームの少女に、飛行技術を教えることに夢中になっている。
驚いたことにその少女は、一度も飛行機を操縦したことも無いというのに、これまで自分が教育してきた部下たちよりも筋が良い。
今夜も少女はログインしてくるに違いない。
「今日は、どんなマニューバを教えてやるかな」
宮本は楽しそうに微笑んだ。
――2023年11月24日、夕方、岐阜県、
涼子のソニック・ストライカーでの世界ランキングは、バウの特訓のお蔭で、このところグングンと上がっている。毎日順位が上がるので、面白くて仕方がない。
最近はバウと組んで、毎晩、世界ランキングの上位者に次々と挑戦している。
バウの言葉を借りるならばそれは、「パインツリー、今夜も武者修行に行くぞ!」という事。要するに、度胸試しのようなものだ。
バウは操縦の腕が良いだけでなく、いつもどっしりと構えていて安心感がある。バウとの2機編隊では、涼子が編隊長の役割で先頭を飛び、バウがウィングマンとして、涼子の斜め後ろにつく。この陣形は涼子とバウの必勝パターンだ。
涼子がどんなマニューバを選択しても、バウがいつも必ず、涼子をサポートする位置を飛んでいてくれるから、涼子は思い切り冒険をすることができる。
バウとペア組んでいると、相手がとんな強者でも、負ける気がしないから不思議だ。もちろんランキング上位者だけに、いつも勝てる訳ではない。初めのうちは全敗だった。
しかしバウに教えを乞う程に、自分の技術は上がっている。勝率としては、今はまだ3割が良いところだが、確実に進歩している実感がある。
3割しか勝てないのに、それでも負ける気がしないのは、ボロ負けが無いかからだ。どんな相手でもギリギリの闘いをし、負けたとしても皮一枚の差で競り負けるパターンだ。
しかしいつか必ず、その皮一枚は克服できるように思う。曖昧な希望ではなく、肌の感触としてそれを感じている。
バウのお蔭で、最近ではランキング50位以内のパイロットとだって、互角に戦えるまでになった。昨日などはランキング30位のF22ラプターのいるペアと戦い、勝利した。あれは気持ちが良かった。
因みに、F22ラプターは世界最強の戦闘機と言われているが、ドッグファイトとなると、機体の性能が絶対的と言う訳ではない。乗り慣れた機体で、その機に最適なマニューバを駆使した方が強い場合もままある。だからこそ涼子とバウの愛機であるF2ライトニングでも、ラプターと勝負が出来る。
ランキングベスト10に食い込んでいるあるペアは、何と旧世代のF4ファントムを自在に操ってその地位を守っている。バウによればそのペアは、相当に実戦を積んだエース級のパイロットに違いないとの事だ。
バウの言葉が本当ならば、そのペアは相当な年齢だろう。しかし体力が衰えても、テクニックだけで勝負できるのがシミュレーターの面白いところだ。
ところで涼子の昨日の世界ランクは、バウとの武者修行の成果もあって、遂に、遂に100位以内の95位になった。今やあのバウよりも上位にいる。
「バウに教えてもらいながら、バウよりも上の順位なのは申し訳ない」と涼子が言うと、「そんなことは気にするな」とバウは言ってくれた。
純粋な飛行技術だけを言えば、今でもバウの腕は明らかに涼子より上だ。バウがもしも本気になって、ミッションやコンテストに参加すれば、すぐに涼子など抜き去ってしまうことだろう。
しかしバウは順位には興味が無いのだそうだ。今もバウは、頑ななまでに、自分に興味のあるドッグファイト以外には参加してこない。
さて、涼子の今の順位、95位であるが、少し前の1200位だった頃からすると、もう望外の順位と言っても良い。しかしランキングというのは面白いもので、上位になったらなったでもっと上を目指したくなる。つくづく人間の欲には際限がないなと、涼子は我ながら思う。
もしも自分が、勉強でも同じくらいに順位に欲を持っていたら、きっと担任教師は喜ぶだろう。しかし、どうにも興味が湧かないのだから仕方がない。そう考えると、バウが順位を気にしない事にも合点がいく。
100位以内に入ったからには、次の目標としては、何としても50位以内を狙いたい。50位に入ったらもっと上を狙いたくなるのかもしれないが、それはその時になってみないと分からない。
何れにしても、戦士に休息は無い。
まだまだ試練の日は続くのだ。
――2023年11月25日、アメリカ、カリフォルニア州、
エドワーズ空軍基地――
スペンサー・ボイド少佐はストライク・ペガサスの調査委員会に出席をしていた。
9月の査問委員会で、調査委員会の委員に任命されて以来、自身で独自の調査を行ってきた。この日の会議はそのレポートを、委員長のカーライル司令を始めとした、委員の面々に報告をするために設けられたものだった。
FBIが見つけ出した、レッドロック・キャニオン州立公園に於ける目撃者には、全員面会をした。中でもダンカン・リーブスという人物の目撃談は重要で、太陽光の反射で水平翼が視認できなかったと仮定すると、彼の目撃した飛行物体のシルエットは、ストライク・ペガサスそのものであった。
またリーブスはジェットエンジンの音まで聞いており、これをもってボイドは、ストライク・ペガサスがレッドロック・キャニオンに向かったものと断定した。
更にボイドは、他の目撃者の情報を時系列で整理した上で、ボイド自身がエドワーズ空軍基地からヘリを飛ばして、その逃走経路を精査していた。
会議ではボイドの報告が全面的に支持された。
その結果として、ストライク・ペガサスは、レッドロック・キャニオン州立公園を通過した後、ロスパドレス森林公園にて夜を待ち、夜間にサンタモニカの海岸から太平洋に出たものと決定づけられた。
しかしながら、この結論には一つだけ問題があった。
海に出たところまでは良いとして、その先で4機が残存燃料で飛べる範囲内に、着陸できる場所が無かったのだ。沿岸警備隊に残されている当時の船舶保安記録を見ても、4機が着陸できるほどの、広い甲板を持った船は、近海を航行してはいなかった。
大きな謎が残されたままになった。
――第4章、終わり――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます