第3章 尖閣諸島
第14話 空軍査問委員会
――2023年9月10日、アメリカ、カリフォルニア州、
エドワーズ空軍基地――
スペンサー・ボイド少佐は、空軍の査問委員会に呼びだされていた。それはボイドが、4機もの最新鋭機を同時に失った部隊の、責任者あったことが理由である。
ボイドの事件への関与を疑う者は、基地内に誰一人としていなかった。何しろ事件は、ボイドがストライク・ペガサスの正式な運用規定に従って、ミッション終了後にオートパイロットに切り替えてから起きている。しかも、ボイドが管制塔からの呼び出しに応じ、移動指揮車から移動している最中の出来事。ボイド自身に手を下せる余地が無い。
ボイドと3名の部下たちは、政治的背景、思想的背景も含め、私生活にまで踏み込んで徹底的に洗われたが、結果は全員が白。そもそも機密情報に触れる機会の多いテストパイロットは、厳しい身上調査の元に選抜される職である。叩いて簡単に埃の出る人間など、いる訳がないのだ。
結局ボイドは責任を追及されることはなく、そのまま基地司令・カーライル少将を委員長とした、空軍の調査委員会のメンバーに組み入れられて、ストライク・ペガサスの行方を追う役割を、担うことになった。
当のストライク・ペガサスの機体であるが、軍を上げての徹底的な捜索が行われたが、機体の喪失地点から半径100㎞以内には、墜落の痕跡は全く見つからなかった。
唯一の手がかりらしきものと言えば、エドワーズ空軍基地の北方約30㎞ほど北の、レッド・ロック・キャニオン州立公園内で、数組のトレッキング客が、山肌を縫うように飛行する、未確認飛行物体を見たとする噂が流れたこ程度である。
もしも本当にストライク・ペガサスがそこまで飛行したのであれば、誘導電波がハッキングされたという事。つまり無人機のハイジャックが行われたと言う事だ。
調査委員会はFBIの協力を得て、かろうじて目撃者の内から、3組のグループの所在を探し当てることができた。とりわけそのうちの1組、ダンカン・リーブスとその一家は、偶然にも迷い込んだ砂漠のなかで、ごく至近距離から飛行体を目撃していた。
そのリーブス氏であるが、当局の聴取に対して、『4つのひし形の飛翔体が、一瞬視界を横切って、すぐに赤い山の向こうに消えた』と語っただけで、残念ながら、写真も映像も記録をしていなかった。
その証言は氏が目撃したものが、4機のストライク・ペガサスであったことを強く疑わせるものであったが、決定打とまでは言えなかった。
結局、調査委員会の追及は、そこで壁に突き当たることになった。ストライク・ペガサス自体が極秘裏に開発中の軍事機密のために、それ以上の公開調査など行えるわけもないからだ。
当然ながら、州立公園内の詳細な捜索も行われたが、新たな発見は何もなかった。調査委員会は、空軍司令部への中間報告として、次の見解をまとめた。
【機体喪失の可能性】
1.機体不良、機体故障による空中分解および事故 …… ネガティブ
2.未知の自然現象による機体の消失 …… 否定できず
3.第三者の外部介入によるハイジャック …… 否定できず
特にハイジャック説に関しては、レーダーが感知しない超低空域を飛行して、レッド・ロック・キャニオン州立公園に飛来した可能性に触れた後、その後の移動コースは次の2つが考えられるとして、レポートを締めくくっていた。
【レッド・ロック・キャニオン州立公園以降の可能性】
A.更に内陸部のデスバレー付近に移動し、現在もそこに機体が存在している。
或いはそこで破壊または解体されている。
B.西方向のロスパドレス森林公園に移動し、現在もそこに機体が存在している。
或いはそこで破壊または解体されている。
更に別の可能性として、同公園内で一旦垂直着陸した後、夜を待って人目に触れぬよう、サンタモニカ周辺の海岸からに太平洋に出た。
――2023年9月13日、夜、岐阜県、
「フゥ、やっと終わった」
松田涼子は自分の勉強部屋で、大きな息を吐いて伸びをした。先週から物理の宿題としてだされていた、電磁気に関するレポートをようやく仕上げた。
そもそもが電磁気学は大学で勉強する内容で、高校ではフレミングの左手の法則や、右手の法則程度が理解できていれば十分なはずなのだが、なぜか涼子の学校では大学の領域に踏み込んで授業が行われている。
物理教師の言葉を借りれば、物理と数学では、時々入試で大学課程に踏み込んだ問題が出るので、その用心のためだという。
大学に進学するつもりのない自分にとっては、余計なお世話だと思うが、出された宿題はやらざるを得ない。内申書が悪くなれば、航空学生試験の評価に響いてしまう。
そうは言うものの実は涼子は、電磁気学というのは意外と面白いと思っている。光も電磁波の一つと言うのだから驚きだ。何で光が、電気や磁気と関係するのかと思うが、昔の偉い学者たちは、電気を電場、磁気を磁場と考え方を広げて、ちゃんと光との相関関係を数式にまで落としているのだ。
なかなか面白い。大学で電磁気をもっと学びたいとも思うが、いやいや待て待てと自分を
「さてと――」
涼子は気持ちを切り替えるために、区切りの一声を発し、PCの電源を入れた。これからはストライク・ストライカーの時間だ。電磁気も良いが、目下のところはストライク・ストライカーで、ランキング500位以内を達成するのが最重要課題なのだ。
ストライク・ストライカーにログインし、真っ先に確認するのは現在のランキングだ。昨夜は随分と好成績を上げたと思って、期待しながらランク表を見ると、涼子の順位は1300位台。
「あれれ、昨日より順位が落ちちゃった」
涼子はがっかりと肩を落とした。
気落ちした気分で、上位のランカーたちを眺めていると、そこには涼子が注目している人物の名前があった。”バウ”というTACネームの日本人で、入会してから僅か2か月ほどしか経っていないのに、ランキングの200位台まで躍進している。しかも愛機は涼子と同じF2バイパーだ。
「一体、どんな人なんだろう?」
と、涼子は思う。
「さてと、今日の仲間を探すか」
涼子は気を取り直して、ストライク・ストライカーの検索システムを使って、一緒に闘ってくれそうな登録者を探す。しかし今、ログインしている会員の中で、涼子の順位に近い日本人はそう多くは無いようだ。
相性が良さそうな相手を見つけては、『一緒にペアを組みませんか?』とメッセージを送ってみるが、この日は誰も返事をよこさない。
段々と選択肢が減っていく中で、涼子が行き着いたのは、あの注目の人物、”バウ”だった。
「どうしようかな?」
涼子は悩んだ。ネットの世界の住人たちは、気位が高い人が多い。自分よりも1000位以上も順位が下の、涼子の誘いなど受けてくれるとはとても思えない。
関心を持っている人物だけに、”バウ”に無視されたり、断られたらショックだろうなと涼子は思う。しかし、もう他に選択肢はなさそうだ。
「エエイ、成るようになれ」
涼子は思い切って”バウ”に、誘いのメッセージを送信した。
――2023年9月14日、アメリカ、カリフォルニア州、フォンタナ――
ボイドはカリフォルニア州のフォンタナにいた。レッドロック・キャニオンでストライク・ペガサスらしき飛行隊を目撃したとされる、ダンカン・リーブスという人物に会うためだった。
既にリーブス氏にはFBIが事情聴取をしていたが、ボイドからしてみると、航空の専門家でないFBIの見解は信用できるものではなかった。
予め電話でアポイントを取っておいたので、リーブス氏は自宅で待っていてくれた。リビングに通されたボイドは、そこでリーブス氏に聞き取りを始めた。
リーブス氏の足元には、良く訓練された、
「レッドロック・キャニオンで目撃された飛行物体について、もう一度詳しく話していただけますか?」
「何度も来てもらって申し訳ないが、はっきりと見たわけじゃない。日の光の反射が眩しくて、正直言って正確に色や形を見ていないんだ」
「ひし形の物体だと聞いていますが」
「ああ、やつの形は、確かにひし形に見えた」
「空軍の機密事項ですので、絶対に口外していただくわけにはいきませんが……」
と言いながら、ボイドは数枚のストライク・ペガサスの航空写真を、リーブス氏に見せた。それはどれもリーブス氏の証言した状況に近いもので、地上から上空を見上げる角度で、逆光で撮影されたものだった。
リーブス氏はボイドから渡された写真を、一枚一枚丁寧に見た。
「ああ、こいつだよ、確かにこいつだ。こいつ、ひし形の後ろには翼が付いているのか――」
リーブス氏は落ち着いた口調で答えた。そこに嘘は無いとボイドは思った。
どうやら、ストライク・ペガサスは姿を消した跡、レッドロック・キャニオンに向かった可能性が高い。
「あの日は太陽の光が眩しくて、翼には気がつかなかったが、こいつは一体何なんだ? UFOか?」
リーブス氏が訊いた。
「UFOと言えばUFOですね。しかし宇宙から来たものではありません。極秘に開発されている空軍の最新鋭機です」
ボイドはリーブス氏の問いに、率直に回答した。本来はストライク・ペガサスの存在自体が軍事機密であり、民間人に明かすわけにはいかないのだが、聞き取り調査に快く応じてくれたリーブス氏への、感謝の印だった。
「やっぱり、UFOじゃなかったな。大きな音がしたんだよ。あれは絶対にジェットエンジンの音だと思った」
「ジェットの音――、ですか――」
リーブス氏の最後の言葉を聞いてボイドは、ストライク・ペガサスの行方が、レッドロック・キャニオンだと確信した。同時にボイドは、『FBIの奴ら、大事なことを聞きもらしていやがる』と思った。
「ありがとうございました。大変に参考になりました」
ボイドが差しだす右手を、「どういたしまして」とリーブス氏が握り返した。
リーブス氏の愛犬ハリーが、じっとそれを見上げていた。
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