第13話 F3 改 心神・高高度試験機
3人ともフライトスーツを着終わったところで、DDC内のベルがけたたましく鳴った。ホットスクランブルが下令されたのだ。
与圧服の状態では、格納庫内を走る事ができないため、3人は電動カートに乗せられて自機まで移動する。
宮本はタラップからF3改のコクピットに乗り込むと、手慣れた順番でエアーホースを接続し、電装系のハーネスを接続した。
シートベルトを留めたところで顔を上げると、目の前ではまだ松木と相場が、F15J/Hのコックピットに体を収めるために、四苦八苦しているのが見えた。やはりあの分厚い与圧スーツのままでは、迅速なスクランブルは無理だ。今夜書くことになるレポートには、その事も触れる必要があると宮本は思った。
宮本が主電源のスイッチを入れると、正面の大型パネルにテストパターンが瞬き始めた。F3改の表示系は全てこの大型パネルに集約されている。F2バイパーは複数の多目的パネルに分割されていたが、今や米軍のF35のように、一枚のパネルに全ての表示系を詰め込むスタイルが、新鋭戦闘機ではトレンドとなっている。
大型パネルのメリットは、表示のレイアウトや大きさを自由に変更でき、情報を効率よく詰め込めることだ。しかしその反面で、もしもそのパネルが故障したらどうするのかと宮本は思う。
これまでであれば、万が一重要な計器に故障が生じても、異常のない他の計器の情報を組み合わせることで、何とか機を飛ばすことはできた。しかし今後はどうだろう?
表示系のトラブルがそのまま、機体の全機能の喪失を意味してしまうのではないのか。宮本は技術の進歩と、パイロットの安全が決してイコールではない事に、危うさを感じざるを得なかった。
松木と相場の機の飛行準備が整い、松木が右手を上げて、準備OKのサインを送ってくる。宮本も右手でそれに応える。
タキシングウェイを伝って3機が滑走路に向かう中、管制塔からのコールが入る。
――キャノンボール02、高高度スクランブル指令、方位260度、高度30,000に上昇、更にズームアップで80,000まで。レーダーサイトとのコンタクトはチャンネル1――
松木が復唱する。
「こちらキャノンボール02、方位260度、高度30,000に上昇後、ズームアップで80,000。レーダーサイトとのコンタクトはチャンネル1」
――確認した、キャノンボール02。離陸を許可する――
「了解。キャノンボール02、離陸します」
キャノンボールとは宮本の隊のコールネームで、02はその2番機の松木を指している。同じ指示が3番機の相場にも下る。2機は続けざまに滑走路を疾走し、ほぼ垂直な角度で上空に駆け上っていった。
続けて、最後尾につけていた宮本にもコールが入る。
――キャノンボール01、高高度スクランブル指令、方位260度、高度3,000でブースター点火、110,000までダイレクト、レーダーサイトとのコンタクトはチャンネル1――
「こちらキャノンボール01、方位260度、高度3,000でブースター点火、110,000までダイレクト、レーダーサイトとのコンタクトはチャンネル1」
――確認した、キャノンボール01。離陸を許可する。宮本二佐、ラストフライトですね、グッドラック――
「了解。キャノンボール01、離陸する。ありがとう」
宮本のF3改はロケットブースターの重みを抱えて、F15J/Hのように爆発的な上昇力を発揮しない。
数字が3,000を指したところで、宮本はスロットルレバーの脇にある堅いボタンを押し込む。通常のF3には備わっていないそのボタンは、主翼の下に取り付けられたロケットブースターを点火するためのスターターだ。
ドーンという、ジェットエンジンとは異質な爆発音にも似た、低い音と振動。同時に宮本の体は、圧倒的な加速でシートに押付けられた。
先程までの鈍い上昇とは違い、生まれ変わった跳ね馬のようにF3は高度を上げる。
空の色が変わり始める。赤みを帯びて、まずは薄紫に――
「F15J/Hのエンジンはもう
宮本は思った。
やがて周囲は暗くなって濃紺に近づく。音は消え、地球が丸く見え始める。
高度100,000は、以前に宮本自身が挑戦した高高度テストで、息も絶え絶えに登ってきた高ださ。しかし今のF3には、まだまだ推力に余裕がある。
宮本はMig25が到達したという、世界レコードの123,500フィートの世界を見てみたいという誘惑に駆られるが、それをぐっとこらえて姿勢の立て直しに入る。最高地点での高度は112,000フィート。自己記録は更新した。
ロケットの推力に助けられているからだろう。ジェットエンジンは止まってはいない。
宮本は予め飛行試験用に想定された、HZ22・閃光の飛行ルートを
閃光の10,000フィート下には松木と相場がおり、閃光を上下に挟み込んでブロックするフォーメーションだ。
宮本は閃光が回避行動をとるという想定のもと、予め設定された、東向きの進路から大きく北向きに迂回する進路を取った。速度は想定されているマッハ2.6。ロケットブースターは難なくそのスピードを達成する。
そして閃光の離脱速度として想定されたマッハ3.5付近まで加速しようとしたところで、F3は思いのほか宮本の想定した軌道を外れて、大きく外側に膨らんだ。自動車で言えばアンダーステアの状態だ。
宮本は更にスティックとペダルを大きく倒すことで、コースのリカバーをするが、一定の
「この機は危険だ」
宮本は直感する。テストフライトの経験を持たないパイロットがこの機を操れば、間違いなくあっという間に制御不能に陥るだろう。運動性能が高いだけに、下手をすれば空中分解だ。
細心の注意を払い、3分ほどの予定されたフライトスケジュールを完了させた宮本は、管制塔に「試したいことがある、帰投までに少し時間をくれ」と伝える。
最も単純な操舵にも関わらず、挙動が思わしくないのは、この機が根本に重大な欠陥を抱えているからに違いない。宮本は問題の原因を探るため、舵翼の挙動を一つずつ確かめる。まずはエレベーターだけを操作し、ゆっくりと機首を上下に振る。問題ない――
更に大きくエレベーターを使ってループ、つまり宙返りを試みる。これも問題ない――
次に機体をX軸方向に回転させるエルロンロール。若干反応が鈍いが不自然な挙動は無い――
最後にラダーで機首を左右に振ると、スティックの角度が浅い内は反応が鈍く、更に深くスティックを倒した途端に、大きく機首が振れる――
「問題はラダーか」
宮本は、円筒の外側を大きく弧を描くように飛ぶマニューバ、バレルロールを行ってみる。半分ほど弧を描いたところで、大きく機首が揺れる。
宮本はラダーペダルから足を離し、エレベーターとエルロンだけで、異常挙動を止めるように当て舵をする。車で言えば逆ハンドルを切ってカウンターを当てる操作だ。とたんに機は安定した姿勢に戻る。
宮本はフウと一つ息を吐いてから、「ミッション完了」と管制塔に告げると、機の高度を下げて行った。
「多分……」
と、宮本は、機の異常な挙動の原因を想像した。
高高度は大気が薄いために舵翼は効きが悪い。それを補うために、F3心神のジェットエンジンのノズルには推力偏向ノズルが備わり、強制的に機の姿勢をコントロールできるようになっている。
F3改では更にロケットブースターの噴射口にも4枚のフィンを付けて、より強力に進路を偏向できるように設計してあった。ラダーはエレベーターやエルロンに較べて翼の面積が狭いために、フィンの偏向が多めに付いているはずだ、恐らくその制御が上手く行っていないのだろう。
たった一度の飛行の間に機が抱えている問題点に当りを付けるのは、常に状況を分析しながら飛行する、テストパイロットとして身についた習性だった。
高度が80,000まで下がったところで、任務を終えて高度を下げ、左右から松木と相場のF15J/Hが滑るように近づいて来た。3機は編隊を組んだ。
「凄い機体ですね。こっちが予定高度にようやく到達しようという時に、真っ白な煙を引きながら、あっという間に追い越していきました」
松木が無線で話し掛けてきた。
「驚きました。この機は敵なしですね」
相場が松木の言葉に
「動力性能は確かに凄い。しかしそれだけだ。この機は暴れ馬だ。まだ実戦にはとても投入できない」
宮本からの交信に、松木と相場は「そうなのですか?」と首をかしげた。レーダーで追いかけていたF3改の航跡も、目視した機の姿勢も、全く問題が無いように2人には映っていたからだ。
「操縦してみればわかるさ。生きて帰れる保証はできないがな」
宮本を先頭にしたデルタ形の陣形をとった3機の編隊は、嘉手納基地に向かって高度を下げて行った。
――第2章、終わり――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます