第12話 F15J / H イーグル

 米国と日本は閃光の存在を確認するや、すぐに対策を取り始めた。


 まず米国では、過去に議会の反対で予算縮小を余儀なくされていた1950年代の無人偵察/攻撃機SR72の開発再開が本格的に検討されはじめた。議会が承認すれば、SR72には対空能力が強化される事になる。

 日本の航空自衛隊も敏感に反応した。いかに高高度であっても、日本の防空識別圏に侵入してくる航空機には、毅然きぜんとした対応姿勢を示す必要がある。高高度へのスクランブルミッションは、このような背景の元に急遽きゅうきょ策定されたものだった。


 航空自衛隊の手駒の中には、高度80,000フィートまで短時間で到達し、その高度を保ちながら行動が可能な戦闘機は、大推力のF100-IHI-220Eエンジンを双発で搭載したF15Jイーグルしかなかった。

 F35Jライトニングの導入と共に退役が決まっていたイーグルは延命措置が施され、F15J/Hとして、高高度迎撃戦闘機として運用される事になった。


 同時に航空自衛隊では、F15J/Hの次の世代の高高度迎撃戦闘機の準備にも着手した。それは次期支援戦闘機として開発が進んでいるF3心神を、高高度で運用可能な機に改良する事だった。


 島国日本の防衛大綱に準じたF3心神は、ステルス性能を重視した上で、航続距離と低空域での行動能力、そして対艦ミサイルの積載能力に主眼を置いたマルチロール機である。

 かつて宮本が高高度記録に挑戦したことで、心神には高高度での運動性能が欠落していることが分かっていた。

 閃光に対抗できる高高度迎撃戦闘機となるためには、110,000フィートへの急上昇性能と、その空域に於ける高速運動性能を備えるしかない。そこで講じられた手段は、対艦ミサイル用のハードポイントを強化し、そこにロケットエンジンを補助動力として搭載する事だった。


 心神の製造メーカーである三菱重工が、JAXA宇宙航空研究開発機構の次世代ロケットH3の開発を手掛けていたことから、その技術を航空機用に転用し、心神用の小型ロケットブースターが開発されたのだ。

 僅か3年ほどで、テスト飛行ができるまでに仕上げることができたのは、エンジニア達の不断の努力の賜物たまものであるが、同時にそれは幕僚監部が受けた危機感の大きさをも意味していた。政府はこのブースターの開発に際して、特別会計予算を組んだとさえ言われている。


 外装部への新たな動力系の追加は、F3心神のステルス性を大きく損なうことは明らかであったが、迎撃任務に絞って考えるのであれば、敵に動きを察知されることは、それほど忌避きひすべきことではない。高高度迎撃機として割り切れば良いのだと幕僚本部は判断した。

 このような経緯で、3機製造されていたF3の実用試験機の内1機が、高高度ミッション用のF3改として改修されることとなった。そしてそのテストパイロットに任命されたのが、他ならぬ宮本であった。


「戦闘機の役割は、時代と共に変わるんだ。そしてその役割と共に、必要とされる性能の力点も変化する。想定する敵国も変わるし、相手の戦略も変わる。

 相手に対抗するためには、自分も変わらざるを得ない。俺が空自に入ってからも大きく転換した。爆撃機がより高い性能を獲得しようとするのは自然のなりゆきに過ぎない。そしてそれに対抗した戦闘機を開発しようとするのも必然の流れ。ただそれだけの事だ」

 宮本は、相場が先ほど発した言葉に応じるようにそう言った。


「宮本二佐はこれまで、どんな機に乗られたのですか?」

「最初に乗ったジェット機は練習機のT2。それから浜松基地に配属され、F4Jファントムに乗るようになった。その頃は、かつてソ連が想定敵国だった名残で、戦略爆撃機を撃ち落とすことも、戦闘機の重要な役割だった。

 当時のファントムには、今のように対艦ミサイルなど積んでいなかったよ。俺の世代よりももっと上では、空対空ミサイル全盛で、ドッグファイトなど想定されていない時代もあった。ファントムの初期型では、バルカン砲さえ積んでいなかったんだ」


「サイドワインダーとスパローだけのファントムですか。今からは想像がつきませんね」

「そうだろう、時代は変わるんだ。しかしその頃のファントムには今とは違い、高高度をクルーズする機能が最初から備わっていた。戦略爆撃機は高高度を飛来するからな」

「それでは、ファントムを再配備すれば閃光に対応できるのではないですか」

「馬鹿、70年代の戦略爆撃機と閃光では性能が桁違いだ。ファントムなんかじゃとても太刀打ちできないよ」


「その後はF15Jイーグルですか?」

「そうだ。それも初期型だから、君たちが乗っているものとは大きく異なる。現行機種で当時と一番違うのは、HUD(ヘッドアップディスプレイ)の本格採用だろう。多分君たちはイーグルを操縦する時、HUDだけを見ているだろう?」

「そうです。そうするのが一番効率が良いですから」

「俺は今でもイーグルに乗ると、HUDはドッグファイトの模擬戦の時くらいしか見ない。高度や速度がHUDに表示されていると分かっていても、コックピットの計器類を見てしまうよ」


「あんなに複雑な計器の羅列は、自分は考えただけでうんざりです。しかし宮本二佐、F2バイパーではそうはいかなかったでしょう?」

「ああそうだな。何しろバイパーでは、HUDヘッドアップディスプレイの中だけに高度や速度が表示されるんだから、見ざるを得ない」

「バイパーの感想は如何ですか? 自分はバイパーが好きです。今回F15J/Hに乗る事にならなければ、出来ればずっとバイパーに乗っていたかったです」

「バイパーは良い機体だよ。平成のゼロ戦、バイパーゼロといわれるだけの事はある。細かなところに日本人ならではの配慮が行き届いていて、カタログスペックだけでは語れない良さが有る。昔から名機というのはそういうものだ。バイパーを熟成させたテストパイロットは俺の先輩だが、本当に尊敬するよ」


「そして今はF3心神というわけですね? 如何ですか。F3は?」

「素直で良い機体だよ。それ以上でも以下でもない」

「それは褒めていらっしゃるのでしょうか?」

「褒めているさ。しかし何かものたりない。F3は全てにおいて90点以上の超優等生だ。極論を言えば、恐らく我々のような生粋の戦闘機乗りでなくても、Gに耐えられる体力さえあれば、誰だって乗りこなせるだろう。要するに、面白みがないんだろうな」

「そんなものですか」

「ファントムの頃、パイロットに必要とされた操縦能力を100とすれば、イーグルは70程だろう。後期のHUDヘッドアップディスプレイが搭載されたイーグルならば50程度だ。バイパーは更に乗りやすく、25あれば良い。F3は更にその半分の能力で良い」


「我々パイロットがいる意味が無くなりそうですね」

「そうじゃない。これからのパイロットには、これまでと違うスキルが必要になるということだ。敵も味方も操縦が楽なのが当たり前の中で、それでもパイロット同士は闘わなければならない。ではどうするか? 操縦の技量では無くて、戦術や戦略が勝負を分ける時代になるということさ。遠い先の話ではなく、今、目の前で起きている現実だ」

「考えさせられるご意見ですね」

 相場がそう言った時、壁に埋め込まれたスピーカーがピンポンと2度鳴った。


――加圧待機の予定時間が過ぎました。与圧スーツを着てスクランブル待機に入って下さい――


 高高度飛行を行う際、パイロットは予め与圧機能の付いたフライトスーツを着る。戦闘機のコックピット内は、戦闘で破損した場合に備えて、旅客機のような十分な与圧は行わないため、フライトスーツ側がその機能を担うのだ。

 80,000フィートに駆け上がった場合の気圧は0.09。海底100mに棲む深海魚が、突然海面に浮上した状態に等しい。もしもフライトスーツで適正な加圧をしなければ、もし万が一コクピットの与圧が抜けると、パイロットの肺は破裂してしまうだろう。


 松木と相場は、壁に掛かった与圧スーツを手に取った。二層構造になった生地の中間部分に与圧されたガスが入り、体を締め付ける仕組みになっているため。通常のフライトスーツよりもかさばる。首の部分は金属製のリングになっており、そこには球形に成形された密閉型のヘルメットを装着する。全てを身に着けた姿は、パイロットというよりも、宇宙飛行士と言った方が良いくらいだ。

 背中が大きく開口したそのフライトスーツは、一人ではとても着る事ができない。松木と相場は協力し合ってそれを着た。


 一方、宮本のフライトスーツは最新型で、従来のガスで与圧するタイプではなく、物理的な加圧を行う構造になっており、体に密着したレオタードには、関節や筋肉に沿ってワイヤーが入っていた。SFに登場する未来の宇宙服といったいでたちだ。

 見かけのスマートさそのままに運動性が高く、また万が一スーツが破れた場合でも、パイロットに致命的なダメージを与えることのない安全性が特長だ。残念ながら首から上だけは、物理的に締め付ける事ができないため、松木たちと同じように、球形のヘルメットを着用する。

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