第8話 AWACS・E-3 セントリー

「管制塔、こちらルンバ1、オールグリーン、全て異常なし」

 ボイドの言葉に続けて、2番機・ルンバ2のアリソン、3番機・ルンバ3のベイカー、4番機・ルンバ4のバークリーも同じ言葉を管制塔に投げた。


 管制官からの滑走路使用許可を受けると、ボイドはブレーキペダルから足を離し、タキシングウェイに機体を進めた。アリソンたち3人もボイドの後に続き、第22滑走路の西側に2×2で並んで整列した。ボイドの右に僚機りょうきであるベイカーが、ボイドの真後ろには副官のアリソンが、その右にはアリソンの僚機となるバークリーが付いた。

 バイザー内の時刻表示が1・3・4・5になった瞬間に管制官は無線機の通話ボタンを押した。


――ルンバ1、クリアー・フォー・テイクオフ――

 管制塔からの離陸許可が下りた。

「行くぞ」

 ボイドはスロットルを全開にして滑走路を疾走し、次いでA/Bアフターバーナーを点火してフル加速で地面を離れた。

 アリソン達も整列したままで同時に離陸をし、一旦散開した後に、ほぼよこ一線に並ぶフルード・フォーの編隊を組んで、モハーヴェ砂漠の南端方向に移動していった。


 1・4・0・0の模擬戦開始時刻になると、上空に待機しているAWACSから、対戦相手の情報が入電した。アグレッサー飛行隊は予定通りに180㎞先の砂漠の北側におり、オーソドックスなフィンガー・フォーの編隊を組んで南に向かっていた。

 高度は最も燃費の良い巡航高度の32,000フィート。対してボイドたちの高度は、13,000フィート低い19,000フィート。


 戦闘機同士のドッグファイトでは、エネルギー量の差が勝負を分けるとされており、当然ながら位置エネルギーの大きい方が、有利に戦うことができるはずである。しかしながらボイドは、自らの高度を上げる事は敢えてしなかった。

 F22ラプターの実用上昇限界は50,000フィート、それに対してストライク・ペガサスは41,500フィート。最大速度もM2.42に対してM1.2で、明らかに基本性能に圧倒的な差がある。同じ土俵で勝負をしても、勝ち目がないのは明らかだ。


 今朝方アリソンと話をしたように、もしも勝機があるとすれば、基本性能ではなく、格闘性能の勝負に持ち込むしかない。しかも相手にエネルギー量を回復させないように、それを低高度、低速度の中で行うのだ。

 直線の最短距離で交錯するまで約5分というところで、アグレッサー飛行隊は速度をミリタリー推力まで上げた。それはボイドの予想通りの行動だった。


「カーク大佐は、必ず自分の方から仕掛けてくる」

 明らかに戦闘力が劣っている相手に対して、その出方を伺うような姑息なことはしない。恐らくカーク大佐は最短時間で、しかも誰の目にも明らかな完全勝利で自分の花道を飾ろうとするだろう。ボイドはそう考えていた。


     ※


 カークのラプターは高度差を開けたままでボイドの隊とすれ違うと、すぐさま背面ターンして、下降しながら180度の回頭運動を取った。いわゆるスプリットSという、ドッグファイトの基本マニューバだ。位置エネルギーは運動エネルギーに変換され、ラプターは高速でボイドたちの背後に迫っていった。


 距離35㎞を切り、カークは前方にボイドたちの機影を肉眼で目視した。若い頃ならば40㎞でも敵機が見えていたとカークは思う。サイドワインダーのロックオンシグナルが、途切れ途切れに明滅を始める。

 サイドワインダーのカタログスペック上での射程は40㎞だが、それは飽くまで理想的な軌道をとった場合のこと。回避行動を行う敵機を追う際のエネルギーロスを考えると、有効な射程はその半分以下。しかもエンジンの放射熱対策が施されているステルス機が相手となると、更に射程は狭まる。


「まだだ」

 カークは頭の中でそう呟いた。完全なる勝利を宣言するためには、ボイドの機のウイングマークが見える距離まで近づかなければならない。

「先頭の編隊長機は俺の獲物だ。誰も手を出すなよ」

 カークの言葉に、他の僚機からは「ラジャー」の声が返ってくる。カークはA/Bアフターバーナーに点火して速度を上げた。


     ※


 ボイドのバイザー内には、ロックオン・アラートのシグナルが明滅していた。ロックオンはされた方でもそれが分かるのだ。当然ながら、他の隊員のバイザー内にも同じシグナルが表示されているはずだ。


「ウィズ、回避行動を!」

 副官のアリソンが叫んだ。

「まだだ、まだ撃ってはこない」

 ボイドは冷静に答えた。ボイドが後を振り返ると、そこにはアグレッサー飛行隊の機影である、4つの小さな点が見えていた。実際にはボイドが振り返る動作をしたことで、アウトライク・ペガサスからの映像が、背面カメラのものに切り替わっただけだ。


 ボイドがズームのコマンドを選択すると、高解像レンズは一気に遠方に焦点を寄せた。コクピット内まで判読できる距離では無かったが、先頭機のパイロットの堂々たる佇まいは、明らかにカーク大佐に違いなかった。

「勝負は10㎞を切ってから。恐らく5㎞以内だ。それまでは今のまま巡航しろ」

 ボイドはカーク大佐の姿を見て、ますます彼のこれからの行動を確信した。


     ※


 カークの視線の先にあるストライク・ペガサスは、既に肉眼で容易に機影が判別できるまでの距離に迫っていた。サイドワインダーのロックオンシグナルは、既に明滅ではなく、点きっぱなしの状態になっていた。


「まだですか?」

 ヘルメットのインカムからはカークの副官、ハーマン・ケイン少佐の音声が聞こえた。相当に焦れていることは口ぶりで分かった。

 そもそも模擬戦は相手の撃墜が目的では無く、戦闘技術や戦力の優劣を計るために行なわれるものだ。そこにはスポーツのように、ルールが存在する。つまり確実なロックオンを行い、ミサイルの発射ボタンを押した時点で勝利が確定するのだ。


 模擬戦では発射ボタンを押してもミサイルは発射されることはなく、公知のルールとして、そこで撃墜の認定が行われるだけだ。

 今、カークがサイドワインダーの発射ボタンを押せば、その時点で模擬戦でのカークの勝ちが決まる。しかし、実戦ではそうはいかない。

 敵はミサイルを撃たれた後でも、幾つもの回避行動の選択肢がある。そして腕の良いパイロットほど、その選択肢は多い。ロックオンが即ち命中を意味する言葉ではないのだ。


 カークはもしも実戦で相手からミサイルを撃たれたとしても、それが20㎞圏の外からなら、2度に一度は回避できる自信があった。ボイドも同じだろう。もしもボイドに確実に勝ちを宣言するためには、10㎞の内側、欲を言えば5㎞圏内で発射ボタンを押さなければならない。

「まだだ」

 と、カークは答えた。


     ※


 エドワーズ空軍基地の管制室では、モニター画面に見いっていた視察議員団が、口々に騒ぎ出していた。

「なぜアグレッサーは発射ボタンを押さない? もう勝負はついているはずだろう」

「同じ空軍同士で、相手の肩をもっているのではないか?」

「こんな茶番劇を見るために砂漠のど真中まで来たとは、とんだ時間の無駄だ」

 見かねた基地司令のカーライルは、一歩前に歩み出ると議員団を一喝した。

「少々口が過ぎますな。しばらくは黙って見ていていただきましょう。どうやらこいつは名勝負なりそうだ。男と男、否、騎士ナイト騎士ナイトの意地の張り合いだ。めったに見られるものではありませんぞ」


 管制室内では、手の空いた管制官が一人、また一人とモニター画面の周囲に集まって来始めた。また時を同じくして、遥か上空にいるAWACS・E-3センチュリーの機内でも、手の空いている分析官は皆レーダー表示に見入って、手に汗を握っていた。


     ※


 両者の距離が5㎞を切ったところで、ボイドは満を持して、隊員に「散開して各自急上昇!」と指示をした。

 4機は編隊をほどき、それぞれがA/Bアフターバーナーを点火し、最大速度を維持しながらほぼ垂直な角度で上昇していった。

 ボイドのストライク・ペガサスは勢いに任せて、設計上の最大高度の41,500フィートを越え、更にラプターの実用高度の50,000フィートに迫っていった。

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