第7話 第65アグレッサー飛行隊

 ボイドとボーン委員長の短い応酬の後を、カーライルが引き継いだ。


「今更言うまでもありませんが、この機の最大の特長は、無人機であるという事。つまりパイロットは機に搭乗することなく、地上にいながら戦闘が行えるのです。

 機体にはパイロットを守るための装備が一切必要無く、コクピットを分厚い覆う装甲板も、万が一の場合にパイロットを脱出させるための射出機もいりません。

 パイロットに飛行情報を伝える計器類も、強化アクリルのキャノピーさえも不要なのです。機体の製造コストが下がるのはもちろんの事、軽量化によって燃料の消費も抑えることが可能になります」


「それは君たちの勝手な解釈ではないのか? 反対派の言葉を借りれば、地上にいるパイロット、否、ここでは敢えてオペレーターと呼ばせてもらおうか。そのオペレーターに正確な情報を伝えるためのセンサー類や、伝送装置はとんでもないコストだと言うではないか。

 しかも遅延なく操縦を行うためには、こんなにネットワーク技術が進んだ現代にも関わらず、オペレーターを乗せた移動指揮車を、前線近くまでいちいち運搬しなければならないのだろう。それこそ新たに無駄なコストを発生させるのではないのか?」


「現状では装置類が高額なことは認めましょう。しかしそれはまだ量産されていないからに過ぎません。機器やデバイス類は、ある程度製造がこなれて、歩留まりが上がればすぐにコストは1桁下がります。

 操縦用の無線プロトコルは高速かつ堅牢で、戦闘機の航続距離程度までは十分に届きます。移動指揮室は何も前線まで移動せずとも、空軍基地や空母から、十分に操作はできるのです。パイロットが基地で待機するのと、何ら変わりはありませんよ」


「私からも一言よろしいでしょうか?」

 ボイドがカーライルの話に割って入った。

「無人機の最大のメリットは、何よりもパイロットが戦死することが無いという事でしょう。工業製品である戦闘機は、資金さえ投入すればいくらでも量産が出来ますが、パイロットの育成はそうはいきません。

 空軍大学で基礎的な技術を身に着けるまでに4年。軍に配属され、簡単な任務に就けるようになるまでに2年。戦力と言えるようになるまでには、最低でも更に2年はかかります。パイロットだけはいくら金を掛けても、量産が効かないのです」


「つまり、大局的に見れば、空軍の予算は削減できるはずだと?」

「その通りです。年齢的な体力の衰えで、機を降りる熟練パイロットは年間で1000人近くいます。貴重な人材を予備役として温存できるのです」

「それは大きなメリットだ。最早、戦争と経済は同義語だからな」

 ボイドはボーン委員長の賛同を得て、ほっと胸を撫で下ろす思いだった。ふと横に立つカーライルに目をやると、恐らく同じ思いなのだろう。先程まで殺気さえ感じたその両目には、幾らか余裕の色が浮かんでいた。


「少佐!」

 短い声と共に、若い兵士がボイドの元に駆け寄ると、「たった今、第65アグレッサー飛行隊がネリス空軍基地を飛び発ちました。そろそろ準備をお願いします」と言って、敬礼をした。

「いよいよショーの幕が上がるな、ボイド中佐。楽しませてもらうよ」

 ボーン委員長が立ちあがると、議員団もそれにならった。そしてクリス・ブライトン副司令の先導で、一行は再びマイクロバスに乗り込んだ。

 模擬戦は広大なモハーヴェ砂漠上空で繰り広げられるため、全体の推移を見守るために、レーダー設備の整った管制塔に移動したのだ。同時に管制塔には、ストライク・ペガサスからの映像も確認できるように、各機1台ずつで、合計4台の大型モニターも設置されていた。

 ボイドは一行が自らの視界から去ると、「ふう」と一つ息を吐き、ハンガーの外に駐められた、大きな通信アンテナの付いた移動指揮車に向かって歩き始めた。


     ※


 ボイドが移動指揮車のタラップを上がると、4つ並んだ既に操作卓にスタンバイしていた副官のアリソンが、丁度良かったという顔つきでボイドの方を振り向いた。

「ウィズ、無線が入っています」

「無線? 誰からだ?」

「アグレッサーの……」

「カーク大佐か?」

「そうです」

 ボイドはアリソンが掛けているインカムを奪い取った。


「ご無沙汰しています、カーク大佐」

「久しぶりだな、ウィズ。噂では、そつなく編隊長の任務をこなしているそうじゃないか」

「あなたのお蔭です」

「お前の口からそんな殊勝な言葉を聞けるとは、長生きはするものだな。あの頃のお前は、狂犬が今にも噛みつきそうな、血走った眼で俺を見ていたよ」


「憎んでいたから、あなたの教えに喰らいついていけたんです。今思えば、多分あれはあなたの戦略だったのでしょう?」

「戦略なんて上等なものではないさ。テストパイロットの腕ってやつは、詰まる所、天性の勘で全てが決まるんだ。お前には珍しくその勘が、それも上物のやつが備わっていると直感したから、それを引き出せるようにしてやっただけだ」


「結局、あなたの手の上で踊らされていた訳ですね――。ところで今日はなぜ私と話をしようと? これから交戦しようとしている相手と話すなんて、あなたらしくない」

「今日だけは特別さ。俺のラストフライトなんでな。ブリーフィングでお前が模擬戦の相手だと聞いて、つい無線を開いたよ。俺ももう歳だな」

「ラストフライト……? まだまだやれるでしょう」

「俺の最近の戦績を知っているか? 90%を切ってしまった。もう潮時だ」

「あなた方が普段乗る機体は、ロシア空軍の迷彩色で塗られたF15Cでしょう。もう旧型機じゃないですか。そんな機体でわが空軍の最新鋭機と模擬戦をやっているのですから、むしろ負けるのが当然。勝率が80%台後半もあれば極め付きの超一流ですよ」


「超一流程度じゃ駄目なんだ。我慢できない。それにな、これからはお前がテストしているストライク・ペガサスのような無人機が主流になるのは間違いない。人が乗って操作する戦闘機なんて、もう間もなく過去の遺物になってしまうんだ。そんな情けない時代なんて、こちらから願い下げさ」

「確かに、パイロットにとっては、寂しい時代が来るのかもしれませんね」

「今日は俺の有終の美を飾らせてもらう。空軍の将来のためには、わざと負けてやった方が良いのだろうが、手加減はしない。それだけを言っておこうと思ってな」

「こちらも後には引けない立場です。あなたに引導を渡すのが、私の役割だということです。あなたを墜とした証の撃墜マークは、特別に金色で塗らせていただきますよ」

「減らず口が叩けるのも今のうちだ」

「あなたの方こそ……」

 カークはボイドの言葉には答えず、プツリという音と共に、無線は途絶えた。


「デーモン、時間は?」

 ボイドはアリソンに訊ねた。

「現在時刻はもうすぐ1・3・1・5。離陸の30分前です」

「よし」

 ボイドは自分の操作卓に付くと、アドバンスド・ストライク・アイと呼ばれる、ヘルメット式のHMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)を被り、メインスイッチを入れた。


 バイザー内にはフルカラーの3D映像で、格納庫内の画像が映し出された。ストライク・ペガサスの機体に24個取り付けられたカメラが捉えた映像を、コンピュータ処理したものだ。いつものように最初だけ視界に違和感を覚えたが、すぐにそれは消え去り、まるで肉眼でそれを見ているような現実感に変わった。首を左右に回すと、映像もそれに従って移り変わった。下部を見下すと、そこにはあるべきはずの自分の下半身は映らず、格納庫の床面が表示された。


 目が慣れたところで、ボイドは映像の上に、計器の情報と戦術情報を表示させた。無数のコマンドは、両目の視線をそこに合わせるだけで選択され、音声によってもコントロールすることができた。次にボイドはフットペダルに軽く足を乗せ、体の左右にあるジョイスティックを軽く掴んでその感触を確かめた。ストライク・ペガサスはHMDヘッドマウント・ディスプレイと2本のジョイスティック、2枚のフットペダルさえあれば操縦が可能な機体だった。


 バイザー内の時間表示が1・3・3・0に変わったところで、ボイドはエンジンのスターターコマンドを選択した。格納庫内のストライク・ペガサスの機体は、そのコマンドを受け取ると、瞬時にJFSを起動させてエンジンのアイドリングを始めた。ボイドには機体に設置されたマイクから、そのエンジン音を聞くことができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る