第6話 F22 ラプター

「相手はカタログスペックでは死角なし。実際に乗っていたパイロットの評判も上々というわけか。さて――、どう攻めるかだな」

 ボイドは深刻そうに言いながらも、なぜか口角が上がっていた。

「口ぶりとは違って、なんだか楽しそうに見えますよ、ウィズ」

 アリソンが言った。

「楽しいさ。強い相手とのドッグファイトは、パイロット冥利みょうりだ。ストライク・ペガサスは、ラプターとは全く違うコンセプトの機体だ。運動性能は劣っているが、格闘性能は数段勝っていると俺は思っている。――もちろん、扱い方次第だがな」

「私も概ね同じ意見ですね。どういう作戦でやりますか?」

「決まっているだろう。ラプターが不得意なマニューバで戦うんだ。それには何よりも、高いGを常に掛け続けるような空中機動で、戦術を組み立てる事だ。特にマイナスGターンを有効に使うべきだろう」


 ドッグファイトでは、相手の攻撃からの回避時や、相手の後を取るための勝負どころで、高速な旋回行動を取らなければならない。その際に体に掛かる荷重は9Gを越えることもある。パイロットは強いGが掛かっている間は、首を振る事もできず、シートに押付けられたまま、息を止めて、歯を食いしばってそれに耐えるしかない。

 長時間それを続けると、血液が下半身に引っ張られるために、脳の血流が不足し、視界から色調が失われるグレイアウトが起きる。それでもまだGを掛け続けると、完全に視野を喪失するブラックアウトに至り、やがてG-LOCと呼ばれる失神状態となる。


 またGはプラスよりもマイナスの方が、パイロットにより悪影響をもたらす。ジェットコースターの落下時に感じる、ふわりと地に足が付かない感覚がマイナスGだ。マイナス3G程度でも脳に血流が集まり、眼球内の毛細血管が膨張して、視野が真っ赤になる。この状態はレッドアウトと呼ばれ、最悪の場合は脳内に出血を伴う。通常、戦闘機ではその障害を回避するために、マイナス3Gで操舵にGリミッターが掛かる。


「具体的な戦略はあるのですか?」

「まず、速度ではラプターの方が圧倒的に有利なので、背後を取られる事は避けられない。そうであれば、こちらはそれを逆手に取って闘うしかない」

「どうやって?」

「初めの内は、こちらかの攻撃は仕掛けない。ラプターがこちらの背後に付くまで待って、後は回避に徹する。目視範囲に入れば機載の小型レーダーが効きはじめるが、ステルス機に対しては反応が不安定なので、バルカン砲もサイドワインダーも、こちらが小刻みに反転を繰り返せばロックオンできないだろう」


「逃げてばかりでは勝てませんよ」

「真剣勝負のドッグファイトは、パイロットの身体上の限界から、せいぜい2分が限度だ。ビショップが言ったように、新しいプレッシャースーツは優秀かもしれないが、それもプラスGに限っての事で、マイナスGには効果が無い」

「2分間逃げ回って、それから反撃するという事ですね」

「そうだ。アグレッサーの連中は腕利きでプライドも高い。特にカーク大佐はそうだ。手抜きをしない分、こちらの思惑に乗ってくれば、効果は絶大だ」

「面白そうだ、その作戦でいきましょう」

 アリソンの言葉に、ベイカーとバークリーも頷いた。


     ※


 12時を過ぎたエドワーズ空軍基地は、朝の寒さが嘘のように消え去り、40度を越えた気温に、直射日光で焼けた滑走路の輻射熱が相まって。エプロン付近の温度は一気に50度近くまで上がっていた。

 しばらく前から聞こえ始めたパラパラというエンジン音は次第に耳をつんざく轟音となり、ボイドが見つめる白いコンクリートの地面には、染みのような影が段々広がっていった。やがてその直上に、ライトグレーに塗られたV22オスプレイが着陸した。


 ペイロードの後部扉が下向きに開くと、騒音対策のためにイヤーマフを耳に掛けた、ダークスーツの男達がスロープを降りてきた。総勢12名。3名は壮年というよりも老人に近い年齢で、他は自分と同年代かむしろ若いくらいだ。まず間違いなく、年かさの3名が上院議員で、残りは秘書とセキュリティーサービス達だろうとボイドは理解した。


 ボイドの隣で直立していた基地の副司令クリス・ブライトン中佐が、最も年かさと思われる男に歩みよって握手を交わすと、一行を横付けされたマイクロバスに誘導した。ボイドは一行の一番後からバスに乗り込んで、扉を閉めた。


 マイクロバスはタキシングウェイを走り、東西に延びる滑走路の真中を横切って南の第22滑走路に向かった。かつてそこはスペースシャトルが着陸した場所だ。

滑走路わきのバンカーは大きく左右に開け放たれており、マイクロバスはその中に直接侵入してすぐに停止した。ボイドはドアを開き、来客たちを先導して車外に降ろした。


「ようこそ皆さん、エドワーズ空軍基地・AFFTCへ。私はこの基地の司令管を務めますカーライルです」

 ハンガー内で待ち構えていた、ホレス・カーライル少将が声を発した。

「久しぶりだな、カーライル少将」

 先程ブライトンが握手を交わした老人が、口を開いた。

 ブライトンはボイドに近寄ると、「彼が軍事委員会の委員長、ダリル・ボーン議員。兄が2代前の空軍参謀総長で、潜在的に空軍支持派の家系だ」と耳打ちした。


 ボーン委員長は随行した議員を一人ずつカーライルに紹介した。クリス・ボーズマン、ジョン・リッシュ、クリス・ブライトンの3名だ。ボイドは、議員団はボーン委員長を含めて3名だと値踏みしていたが、来訪者の中で一番若いブライトンが、実はマサチューセッツ州選出の若手のホープとの事だった。

 数ある委員会の中でも、最も重要な軍事委員会に属し、しかも委員長率いる4名だけの視察団に食い込んだことからして、ブライトンの政治力の程は自ずと知ることが出来たが、ボイドにとってそれは、ステーキの付け合せのクレソン程度の意味合いでしかなかった。


 カーライルは来訪者に、ハンガーに並べられた折り畳み式のスチール椅子に座るよう促した。

 椅子に座った議員団の正面には、4機のストライク・ペガサスがあった。カーライル少将はボーン議員に一瞬目配せをし、良く通る声で話し始めた。


「皆さんの目の前にあるのが、現在当基地でテスト中のX47Fストライク・ペガサスです。我々空軍は、この機体が今後の戦術に革命をもたらすものと、大きな期待を寄せているのですが、残念ながら議会の反応は冷たく、我々の切なる希望は今や風前の灯です。

 今日お招きした皆さんは、軍事委員会の中でもとりわけ強い力をお持ちであり、しかも空軍の良き理解者でもある。今日はストライク・ペガサスのつぶさに見ていただき、ぜひその感想を今後の軍事委員会の意見調整に反映していただきたく思っています」

 カーライルの発言に、ボーン委員長を始めとした議員団黙って頷いた。


「君の希望は良く分かっているよ、カーライル少将。しかし我々も限られた予算を預かる以上は、闇雲に空軍を贔屓ひいきする訳にはいかない。まずは皆を納得させるだけの材料を見させてもらおう。その上でなら、我々は君たちへの協力は惜しまない」

「もちろん、分かっています」

 カーライルは、ボイドに視線を送って手招きすると、「彼がストライク・ペガサスのテストチームを率いているスペンサー・ボイド中佐です」と皆に紹介した。

「それでは中佐、皆さんに機体の説明を……」

 カーライルの不意の一声に、ボイドはやや動顛しながらも、笑顔を作った。


「ストライク・ペガサスは見ての通りの無尾翼機で、上から見ると、丁度トランプのダイヤの左右に、後退翼が突き出している形状となります。海軍に配備予定のX47Dをベースに全長を約2m延長して、F100系のエンジンをF135-600Bエンジンに換装してありますので、短距離離陸と垂直離着陸が可能なSTOVL機となっています。


 機体の延長は、対地攻撃能力の強化にも寄与しており、JDAM爆弾を機内兵器庫に4発搭載を可能としました。X47Dの2発と比較して、飛躍的な攻撃力の向上を実現した機体です。最高速度こそマッハ1.2で、それほど速くはありませんが、それを補って余りある、極めて優れた格闘性能とステルス性を有しています」


「“極めて優れた”という下りは腑に落ちないな。見たところこの機は薄く、コンパクトに出来ている。ステルス性は君の言う通りかもしれないが、格闘性能は最新鋭機と較べ、明らかに物足りないように感じるが――」

「戦闘機の性能は総合力です。最高速度や推力だけで論じられるべきものではありません。言葉だけでなく、これから見ていただく模擬戦で証明して見せましょう」


「大した自信だな。我々の委員会が推せば、空軍にストライク・ペガサスの予算が下りるのはほぼ確実だ。しかしそれが万が一、見込み違いの投資であったとなれば、愛すべき空軍がダメージを受けるのと同時に、我々の政治生命まで危うくなる。君が口先だけのビッグマウスでない事を祈っているよ」


 ボーン委員長の言葉に、議員団は皆ニヤリと笑みを浮かべた。

 ボイドは内心、空軍のダメージなどよりも、自身の保身の方が大事なのだろうと反発心を覚えたが、それをぐっと胸に飲み込んで、「失望はさせませんよ」と微笑んだ。

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