第10話 貴方は、運命に従っていますか?
私は運命に従います。平凡な人間は、運命に従うほうがうまくいくのです。 -灰寺 牧乃-
「貴方は運命の存在を信じていますか?信じているとして従いますか?」
運命。ベートーベン作曲ではなく、デステニーのほうの運命。
灰寺はまた俺を試すような質問をしてきた。さて、どう返すべきだろうか。
「ないと思う。人間は指名をもって生まれて来たわけではないから、
それぞれの生き方が初めから決まっているということはないはずだ。
決まっていたとしても、素直に受け入れるつもりはないぞ。」
「そうですね。運命というものは存在していません。人間にとって都合の悪い結果、
その総称が運命というだけの話。結果論なのです。」
「運命の赤い糸は悪いことじゃないよっ!」
珍しくいつも大人しい松島がしっかり反論する。ヤンデレ的に許せない発言だったのだろう。
「私と牧乃は運命の赤い糸でつながっているんだから!」
「何故糸なのでしょうか?」
「えっ?」
「何故、糸のような切れやすいものでつながっていると考えるのでしょうか?」
言われてみればその通りである。運命の赤い糸という言葉が使われ始めたときに
人と人とを結ぶものが糸しかなかった。というわけではないはずである。
少なくともロープくらいはあったはずだ。家畜を糸でつなぐなんて逃げてくれと言っているようなものである。
「私と理下の関係はその程度ですか?」
「そ、そんなことは・・・・。」
珍しく松島が言葉に詰まっている。今は灰寺のほうがヤンデレに見えるぞ。
今にもナイフを突きつけてきそうだ!
「運命は、人間にとって保険の言葉なのです。何か都合の悪いことが起こった時の言い訳の言葉です。何かにつけて運命は悪者にされがちです。負ける運命。死ぬ運命。
そんな運命に勝利する。物語ではよくありますね。
運命を受け入れる物語もありますが、そういうときの運命は良いものではありません。」
「私、そんなつもりじゃ・・・」
「理下、本気で私をつなぎとめておきたいなら糸に頼ってはいけません。
いつものように、自分の腕で捕まえておきなさい。」
「・・・・そだね。」
いつも通り松島は灰寺にくっついた。違うのは灰寺がポンポンと理下の頭を撫でていることである。青くなっていた松島の顔も、しばらくすると落ち着いてきた。
「小舟を杭につなぐとき、流されてしまわないか不安になりませんか?
綱を丈夫にしても、綱を鎖に変えても、小舟がなくなる心配はしなければなりません。
他人に任せるということは不安を作ることです。
愛も同じこと。鎖でつないでも、部屋に閉じ込めても、不安はなくなりません。
近くにいることこそ安心であり、幸せを感じることができるのです。」
ヤンデレにも限界があるのだ。そもそも灰寺の言う通りヤンデレをずっと手元に置いておけば、不幸な事故は起こらないのかもしれない。ヤンデレにとって、愛する人から突き放されるのは致命的だ。
普通ならもっと頑張って愛するとか、バッサリ切り捨てるとか、いろいろ方法はあるだろうが、常時100%愛を注いでいるヤンデレは、愛してダメなら打つ手がないのだ。
これは『頑張れ』に通じるものがある。頑張っている人間に頑張れと言ってはいけない。なかなか難しい話である。他人がどれだけ頑張っているかわからないのに、どう気をつけろというのか。
こういうことをする人は、心のない人間ではない。今までの人生で努力すれば何でもできた人間である。しかも、努力というにはほど遠い、ちょっとした頑張りである。当人が頑張ったと思っているだけである。
だから気軽に『頑張れ』と笑顔で言えるのである。彼らの行動には、必ず勝利や成功が約束されているからそうなる。おそらく、『頑張っている人間に頑張れと言ってはいけない』ということを言いだした人間も気が付いていないだろう。人生で本当に努力して、失敗した人ならわかるかもしれない。灰寺も極力努力しないようにしている。『失敗するのは努力が足りない。』と、短絡的に考える成功した人間にはわからない世界があるのだ。
「ついでに言うと、人間は他人に努力を求めることはあっても、他人の努力を認めることはないよ?自分が頑張って出来ないことが他人ができるなんてこと、あってはならないからね!
人間は他人が努力して失敗することで安心を得たいだけ。頑張って成功させるなんてとんでもない!だから、頑張る頑張らないは自己満足だよ!」
自己満足と言いつつ自己嫌悪に陥る人間がほとんどな気もするが・・・。
「とはいえ、人間は自分勝手な生き物ですから、運命という言葉を使いながらも、
自分の行きたい道を進もうとするものです。」
「敷かれたレールの上を進めない人間なんてたくさんいるからな。」
「その点は評価します。人間によって用意されたレールは、用意した人間にとって都合のいいように配置されています。まあ、普通の人間ではなく神が用意したといってもいいですが・・・。
とにかく、だいたいの人間は、そのレールの上に乗せておけば困ることがないようにしたのです。優秀であろうと、劣っていようと、困ることがないように。裏を返せば才能が埋もれてしまうということです。」
運動が得意でも、勉強ができなければいい成績が取れないように、全てにおいて平均的な能力を求められる。それが義務教育というものだ。
もちろん、義務教育が終われば自由に人生を選択することができる。しかし、大人を目前に始めていては、もう手遅れ、ということもあるのだ。
「もっとも、それぞれの人間を見て、個別にレールを引くのは現実的ではありません。本気でレールを引くのであれば、運動が得意だから将来はスポーツ選手にしよう。というレベルではなく、スポーツの中の、球技の中の、と、突き詰めていかないと意味がありません。
何の意味も持たず生まれてきた人間一人一人の能力を見極め、適材適所で役割を与えるということは不可能なのです。」
これは仕方がないことである。運動神経がよくて、サッカーが上手だ。ということまではわかる。しかし、サッカーが得意だが、実はセパタクローのほうが適性がある。ということまではわからない。
生まれたばかりの人間を見てその後の人生まですべてわかるような人間がいたら、それこそ管理者になるべきである。
「埋もれるはずだった才能を生かすため、自らレールを降り、成功したのであれば、運命に勝ったと言ってもいいでしょう。自分には普通の人生などあっていなかった。これは運命だったと。胸を張って言えるでしょう。」
「まあ、成功したら保険も糞もないよな。」
「ですが、レールから降りて成功した人間なんて一握りです。
もしかすると、成功なんて一瞬で、残りの人生は敗北しかないかもしれません。」
持ち上げて落とす。今回は人間の行いに対して肯定的だと思ったらこれである。
「大抵の人間は他人の成功した話を聞くと、真似をしてレールを降りようとします。そして失敗します。
レールを引いた人間は、レールから降りたらどうなるかということも考えています。ところが、レールから降りる人間は、特に何も考えずにレールから降りるのです。レールから降りれば成功するのだと、特に身構えずにレールから降りるのです。そして失敗します。
当然ながら人間は、レールから降りた人間を、レールの上に戻すなんてこと考えていませんでした。
レールから降りた人間は、レールの上にいる人間より多くの情報が得られるでしょう。そんな人間が再びレールの上に戻ってきたら、レールの上にいる人間は太刀打ちできません。
自分より優れた競争相手を増やすほど人間は愚かではないのです。」
「0.1%の確率が滅多に起きないなんて、誰だってわかってるよ。でもぉ、
『100回くらい試せば、もしかすると自分なら当たるかもしれないかなー。』
って。
100回どころか1000回、10000回と挑戦しちゃう人っているよね?」
頭の痛い話である。出た!出やすい!という情報があると、自分も当たりそうな気がしてくる。結果、当たったことは一度もない。海老で鯛を釣るとはこのことだ。
「運命とは、普通の人間にとって薄っぺらで儚い存在なのです。
ところで、ヤンデレとメンヘラの違いはわかりますか?」
また話が飛んだ。メンヘラはかまってちゃんのイメージがある。とにかくかまってほしい。そのためなら何でもする。そのあたりはヤンデレと一緒である。違うとすれば愛の深さだろうか。
ヤンデレは愛を前面に押し出してくる。松島は、やっぱりヤンデレだろうな。
「はいはーい!愛する人に対する愛の深さが違いまーす!」
俺が言おうとしていたのに・・・。
「そうですね。ヤンデレは相手への愛を中心にしているのに対し、メンヘラは自分への愛を中心にしています。
ヤンデレが滅び、メンヘラが生き残ったのはこの違いです。」
「愛の方向が違うだけでそんなに変わるのか?」
「この方向の違いは、右と左なんてレベルではありません。任意と特定のレベルの差があります。」
ずいぶん大きく出たものだ。そもそも、結婚は好きな人に告白して成立する。
誰にでも愛の告白をして、八方美人なふるまいをしていれば、その気がないのではないかと避けられるはずである。獣と鳥の両方にいい顔をして、両方から避けられることになった蝙蝠の話もそうだ。
となると、絶滅するのは誰からも疎まれるメンヘラのほうである。
「なんでかまってくれるなら誰でもいいような奴が生き残るんだよ。」
「誰でもいいからです。そういえば先ほど小舟を杭につなぐ話をしましたね。
綱の強度を変えず、小舟を流されないように、人間が安心するためにはどうすればいいと思いますか?」
綱の強度を変えないなら、陸に揚げてしまうか、いっそ沈めてしまったほうがいい。
少々大変だが家まで持って帰ればさらにいい。
「ただし、小舟は海に浮かべた状態とします!だよね?」
松島が再び妨害してきた。こいつは俺に恨みでもあるのか?
まあ、灰寺の傍によくいるから敵視されても仕方がないが。
「じゃあ、海を埋め立ててしまうしかないな。」
「貴方は一つのものを大切にするタイプですね。」
灰寺は、そういう考えもあるのか、と感心しながらも、打ち上げ花火を見終わった後のような顔をしている。
「もっと単純な話です。小舟の数を増やせばいいのです。」
「話についてきてるー?ヤンデレとメンヘラの違いの話だよぉー?」
やっぱり松島は俺の評価を下げようと頑張っている。さっき灰寺への愛を全否定されて青くなっていたとは思えない。
「小舟の数を増やせば、台風が来ても一つくらい残っているでしょう。
同じようにたくさんの人間に声をかければ、一人くらい残ってくれるでしょう。
メンヘラは自分を愛してくれれば誰でもいいのです。相手の愛が覚めたら、次の相手を探せばいい。」
「それは人間としてどうなんだ・・・。」
「生存戦略と人間性は別物です。そもそも一夫多妻制が昔は普通でした。
どうしても嫁が欲しい人間が、何とか結婚相手を確保しようと、嫁は一人につき一人というルールを作ったのです。その証拠に、離婚のペナルティは女のほうが大きくなっていました。今となってもそうです。
すべては男の欲望のため。人間が生存競争に負けるようなルールができたのです。」
「男はえっちなことができれば誰でもいいんだよー?牧乃は違うけど。」
そういえば戦国時代や戦争中は産めよ増やせよの時代だった。特に男を生むことが重要視されていた。たくさん子供を作ることができれば、それだけでステータスとなった時代が今となっては、産む機械という言葉どころか浮気、不倫すらタブーである。
「メンヘラは愛してもらえれば誰でもいいので相手はいくらでもいますし、子供だってたくさん作れます。
それに、たくさん子供が産めるということは、体が丈夫ということです。素晴らしい遺伝子です。五体満足で健康な子供が生まれれば、それは今も昔も喜ばしいことです。
一方でヤンデレは相手が固定されます。嫌われたらそれで終わりです。
そもそも二人の間に割り込む子供なんて必要ないのです。自分へ向けられる愛が減ってしまいますからね。」
「うん。子供なんていらない。牧野がいれば、それでいい。」
安心しろ。女同士で子供は産めないぞ。学校で習っただろう・・・。
「まあ、そういうわけですから、愛の希薄な二人の間を結ぶのは赤い糸で十分なのです。お互い傷つけあったら簡単に切って別の人に結ぶことができる、血塗られた赤い糸がお似合いです。」
「私と牧野は、そんな関係じゃないから、怒ってくれたんだね?うれしいなあ♪」
「なるほどな。で、お前はどっちなんだ?」
松島が灰寺とイチャつきだしたことが面白くないので、絶対に困る質問をした。
「お前はヤンデレとメンヘラどっちなんだ?」
「私は理下という神を管理する管理者ですよ。」
「ほんとに!?やったー!私神様だよぉ?ひれふせー!」
そんな選択肢は用意してないのだが・・・。
「いいか松島。灰寺にとって、神は道具ってことだぞ?いいように使われているだけだ。」
「でも、牧乃は人間嫌いだよね?それに、牧乃は道具を大切にするんだよ?知ってるよね?」
そういえば、松島は人間を大切にしない代わりに、道具を大切にしているんだった。
俺の作戦ミスだ。むしろ、ほぼ完璧人間の松島に喧嘩を売ったことが間違いだった。
松島の足りないところは、いつも灰寺が補っているのだ。
「望ちゃん。これは運命だと思って諦めよっか?
それとも、運命に逆らってみる?」
松島は指で鋏を作り、ちょきちょきと切る動作をして挑発してきた。
俺と灰寺を結ぶ赤い糸なんか断ち切ってやるぞぉ~、と言わんばかりである。
運命なんてない。こうなることは初めから決まっていたのだから・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます