第8話 協力を求める人間は、代わりに犠牲となる対象を求めている。
私は死なないよ?だってあなたがいるから。 -松島 理下-
「すべての人間が自分と同じように行動するべきと考える人は失敗します。
なぜなら、人間の決めた基準は、自分にだけ都合のいいものになるからです。
人間は平等を望むのではなく、自分だけが損をしないことを望みますから。」
「ふええー。終わらないよー!」
松島が物凄い量の書類を処理していた。優秀な松島は当然のごとく生徒会メンバーであり、ちっちゃい松島は当然のごとく雑用を押し付けられるのである。
賢い人間が生徒会に入る理由は一つ、生徒会で活動していたというステータスのためである。決して学校をよくしようと思ってなどいない。むしろ、生徒会の活動などしたくないのだ。
だからこうやって、下っ端に仕事が全部回ってくるのだろう。
「生徒会になんか入るからだろ。」
「だってぇ。生徒会にも首を突っ込んでおかないと、裏で何をされるかわからないもん。」
松島が生徒会に入った理由は、もちろん情報収集のためである。
おかげで松島は学校の事をほとんど把握している。
「私に不利な校則は作らせないぞっ!」
「じゃあ雑用が全部自分に来るところから何とかしろよ。」
「ダメ!雑用が来ないと情報が入ってこないじゃない!」
書類のデータ。仕事を持ってくる人間の性格のデータ。その他もろもろのデータが欲しいらしい。それにしても労力と報酬が釣り合ってない気がする。
「私を心配してくれるのなら、ちょっとくらい手伝ってくれない?」
「それが目的でこっちに来ただろ・・・。」
「お願い!ちょっとだけでいいから!」
松島が泣きついてきた。文字通り泣きそうな顔をしている。さすがに可哀想になってきた。かなりの量だが、二人でやればなんとかなる量である。
「少しだけだぞ?」
「ごめんねぇ。じゃ、あとよろしく!」
そういうと松島は書類を『すべて』俺に押し付け、灰寺の隣に座った。
もう泣いていない。してやったりという顔である。
「おい、お前はやらないのかよ?」
「望、ちゃんと牧乃の話聞いてた?」
そういえば何か話していた。すべての人が自分と同じだと思うなとか。
「私の話し方が悪かったのでしょうか。」
「そんなことないよ?牧野の話を理解できなかった神候補ちゃんが悪いんだよ!」
「やはり私が悪かったようですね。万人に理解できるように話さないと教祖失格です。」
灰寺が水をあげすぎて枯れたサボテンを見るような顔をした。
一方で松島はこちらを睨んでいる。よくも灰寺を悲しませたな!という感じである。
原因はお前だろ常識的に考えて・・・。
「とても一人ではできないことをみんなで行わなければならないとき、
考えるべきは、いかに努力をしないでみんなにやらせるか、ということです。
自分がお手本を見せれば、多くの仕事をやれば、みんながついてくると考えるのは間違いです。
やらないからやるしかない、そんな状況を作ることが大切なのです。
裏を返せば、協力を求める人は自分の負担を減らすことを考えているということです。
頼もうとしていることは、相手が一番自分でやりたくないことです。こちらに利益があることを話すのは、それ以上に不利益なことを押し付けるためです。
協力を求められたら、拒むこと。協力しなければ損をすることはありません。」
「いや、それは人間としてどうかと思うぞ。評判が悪くなる。」
「自分を利用しようとしている人に気に入られてどうするのですか。」
なるほど、松島はうまくやったようだ。となると、俺の取る行動は一つである。
「じゃあ灰寺。手伝ってくれ。」
ドヤ顔で書類を全部渡した。俺は灰寺の教えを忠実に守った。
俺は灰寺という人間をよく知っている。灰寺は人の頼みを断れない。
当然ながら松島は怒った。
「あー!酷い!サイテー!鬼!悪魔!自分がされて嫌だったことを他人にやるなんて!最低の屑女!あんたなんて地獄に落ちればいいわ!」
「なんだよ。これはお前が俺にしたことだろ?」
酷い言われようだが、もとはといえば松島が悪い。
「因果応報ということですね。これは理下が、そして貴方が私の教えに従った結果。
人間は自分にとって特になる情報を、無償で他人に話したりしません。
自分にとって有益な情報を気軽に他人に話すと、こういうことになるからです。」
「だ、大丈夫だよ?私がやるから。もともと私の仕事だし・・・。
でも、せっかくだから半分だけ手伝ってほしいなー?」
今度は書類を均等に分ける。灰寺はすべてを悟ったような顔に戻り、書類を受け取った。灰寺は損をすることがわかっていても損をするのである。そういう人間だ。
「というわけでこの書類は今から二人で片付けます。二人っきりです!
もうあなたには頼りません。さあ、帰ってください。」
松島は、どうやら、始めから灰寺と二人っきりになりたかっただけらしい。
「多くの人間は、管理者でなく指導者になります。
指導者は管理者と違って、自ら行動し、手本を見せる必要があります。
そのため、損をすることは避けられません。
しかし、人間をよく理解すれば、わずかながら利益を得ることもできるのです。
人間を理解しないまま指導者になれば、損をするだけの神に成り下がるでしょう。
人間でいたほうがまだマシです。」
松島は灰寺の事をよく知っている。つまり、灰寺にかかわる人間のこともよく知っているということだ。
どうすれば書類を受けとってくれるか。書類を渡せば、俺がどんな行動をするか。全部わかっていた。
結果的に松島の仕事量は半分に減り、邪魔な俺を灰寺から物理的に、精神的に遠ざけることに成功し、愛する灰寺と二人っきりで共同作業することになった。
・・・俺はというと、灰寺に仕事を押し付けた極悪人というレッテルを張られ、部屋から追い出されているのだった。
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