第3話 人間が求める物は、もとより存在しない。

伝える力が劣っているのだろうか。私の望むものを用意してくれる人間は、ついに現れなかった。私の書いたメモは、既に1000枚を超えているというのに・・・。  -灰寺 牧乃-



「人間は何のために存在していると思いますか?」

哲学。それとも禅問答か。中学校や高校の面接試験にでも出てきそうな問いかけである。こういう質問は、人間の内面を知るためのものである。人間がしっかりしていれば、それなりの回答を返してくるし、何も考えていない劣った人間は、大した答えが返ってこない。人間がしっかりしていてもそれなりの答えしか返ってこないのは、出題者が自分の回答に絶対の自信を持っているため、まったく同じ回答をされることでもないかぎり、『頑張ったね(笑)』程度にしか思えないからである。

「答えは、ないのです。」

灰寺は以外にも当たり障りのない一般的な答えを出した。答えはないからどう回答してもいい。ただし、あまりにもふざけた回答はしないという暗黙の了解の上で、どう回答してもいい。そういうことである。

「人間の存在する理由など、ないのです。」

一般的だと思ったら、かなり辛辣な答えだった。内心ほっとした。

「考えてみれば当たり前のことなのですが、ほとんどの人間が一度は考えることです。自分は何のために存在しているか。生きているか。必死に答えを探します。」

「それで将来の目標が見つかることもあるから、大切なことじゃあないか?」

「正しいかどうかもわからないのに、目標ですか。人生をそれに費やしてしまいますか。」

お前は何を話しているんだという顔である。おかしい。質問にはきちんと答えたのだが。

「例えばですよ?カレーを作りたいと思うとして、材料をそろえます。

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、いろいろありますけど、その子たちはカレーになるために生まれてきたのですか?」

「それはないな。」

「同じことです。野球が得意だから野球選手になって活躍したとしても、野球選手になるために生まれてきたわけではありません。親の欲望の結果、カスみたいな副産物として生まれてくるのが人間のはず。人間の存在価値なんてあるはずがないのです。」

正論だが、いろいろ否定したくなる。

「今、イラッとしましたね?

 そうでしょう。人間すべての存在を否定したわけですから。でもそれは、私の理論が正しいということです。人間に存在価値があれば、人間に存在価値がないなんて話、笑い飛ばすことは容易いことでしょう。できないから怒るのです。

 文句を言うのです。文句は力のない人間のすること。

 自分でできないから文句を言って、相手にやらせようとするのです。自分には反論できないから、今の発言を取り消せと。実に人間らしいですね。」

ぐうの音も出ない。灰寺は発想の大本が狂っているので、俺は討論で勝てた例がない。最も発想が狂っているので、一般的な場においては、まったく支持されることがないのだが。

「人間は存在しないものを欲しがるのです。理想の生活。理想の世界。もちろんぼんやりとしたイメージはあります。ただし、それはどこを探しても存在しません。」

「コンビニであれが食べたいと思って行くとのに、微妙なものしかないみたいな感じか。」

「そんなところです。存在しないから屁理屈が通るのです。論点をすり替えればそれらしい答えが出てくるのです。」

妙に納得。嘘を嘘で塗り固めて論点をすり替え続けた結果がブーメランのように自分に返ってくる。よく見る光景である。

「これは人と神の関係にも言えることです。なぜ神様は自分を見てくださらないか。そう思うこともあるでしょう。よほど自分に自信があるのでしょうね。これだけ人間の数が多いのにピンポイントで自分だけ存在を知られているはずがないでしょう。

 むしろ、砂場の砂のように、『そこにいるのは知っているけど、それぞれに意味があるの?』程度の認識しかないかもしれません。」

「そりゃ数が多いとそうなるな。」

「仮に把握していたとして、全員に救いの手を差し伸べていたら何年かかるかわかりません。」

そんな神がいたら大忙しだろうな。休む暇もないだろうに。人間はそんな神すら働いていないように思うだろう。数十億分に1回、顔を合わすか合わさないかという世界だ。顔も忘れているかもしれない。

「神になるということは、そんな人間のわがままをすべて聞く存在になるということです。毎日毎回ないものねだりの人間の世話をするのですよ?嫌になるでしょう?それでも神になりたい人間は後を絶ちません。それは、人間に存在価値がないからです。」

「使われることで存在価値を見出すしかないんだな。」

「社畜が一向に減らないのはそういうことです。自分の存在価値を守るため、道具に成り下がるしかない人間がいかに多いか。彼らに仕事をやめろと言ってもやめないでしょうね。金が。生活が。といろいろ言い訳はするでしょうが、

 一番恐れているのは、自分に存在価値がないことが露呈することです。

 そんなもの、誰にもないというのに。」

蟻地獄に落ちていくアリを見つめるような顔で灰寺は言った。

「ちなみに、三次元の人間は二次元の人間に勝てません。何故だと思いますか?」

「次元が違うから。」

「いえ、次元が違うなら二次元より上の三次元の人間が負けるはずがないのです。」

確かにその通り。うまいことを言ったつもりが答えになっていなかった。しかし灰寺は怒らない。人間にとって無意味であることこそ真の価値がある。そう思っている。

「わからないな。」

「ヒントをあげましょう。写真と動画があります。人間が気合を入れなければならないのはどちらですか?」

「動画だろうな。」

写真はシャッターを押した一瞬、いい顔でいればいい。動画は撮影が終わるまで、いい姿でいなければならない。評価される動画は、始めから終わりまでいい姿を見せているのである。エンディングのスタッフロールにも手を抜かない。

「写真は二次元、動画は三次元です。この二つを比較するのは間違いの気もしますが、素晴らしいものが作りやすいのは二次元のほうです。それは、修正が簡単だからです。写真に写る角度を完璧にすること。動画でどこから映されても完璧にすること。どちらが楽かと言われれば、前者です。」

プロのモデルは自分の一番綺麗に見える角度を知っているらしい。動画で見ると微妙に見えることがあるのはそういうことだろう。角度がぶれるのである。

「仮に、24時間365日すべて動画で保存するような仕事なら、アイドルという職業は成立しないでしょう。ステージの上に立つ間だけ、最高の瞬間を提供し続けるだけでいいので、ファンはアイドルに夢中になりますし、アイドルは心が休まる時間を確保することができるのです。アイドルはトイレに行かないという伝説を作ることもできたわけです。

 時間を限定するということは、一時的に次元を下げるということです。

 時間を限定した動画は、連続した写真に近くなります。最高の瞬間を切り取った二次元を並べることで最高の三次元の瞬間を作り出したわけです。」

アイドルオタクが異端扱いなのはそういうことだろう。愛する対象は三次元世界に存在していながら、愛する方向は二次元世界に向いているのである。世間的にこれは間違っている。同じ三次元の世界で愛しているにもかかわらず、世間的には二次元を愛しているグループに分類されているのだろう。

「それ以上に決定的なことは、二次元の人間は愛されるために作られているという事実です。愛されるために生まれてきた存在が、人間の欲望の代償のような存在に負けるはずがありません。

 どう頑張っても勝てるはずがないので、二次元を愛することは異端という暗黙の了解が完成しているのです。でないと、三次元の人間は子供ができなくなりますからね。」

二次元の人間が三次元に出てきたという事例はない。結婚したところで子孫は残せない。アイドルの写真集やビデオもまた、愛したところで子孫は残せないだろう。もちろん同じ三次元の世界に住んでいるため可能性がないわけではない。ただし、三次元世界で結婚したアイドルは、二次元世界で愛していたアイドルとは別物に感じるだろう。

「中には性欲を満たすことを目的に三次元を愛する人間もいます。技術の進歩した今なら、人間でなくても性欲処理用の道具がいろいろあるというのに、病気になったり人生が終わるリスクもあるのに、人間を相手として選ぶのです。」

「人形相手だと反応がないからつまらないんだろう。」

「では、人間と同じように反応すれば、人形を相手にしてくれるでしょうか。」

人間と同じように反応する人形。すなわち、人工知能を搭載したロボットである。

いくら優れていてもロボットが人間の代わりになるとは思えない。下手すると事故が起きるかもしれない。やはり相手は人間が一番だろう。

「仮に人間と同等、またはそれ以上のロボットが制作されたとしても、人間がロボットを正当に評価することはないでしょう。純粋にプログラムにのみしたがって行動できるロボットは、人間より信頼できます。機嫌が悪いと違う結果を出したり、自分の利益のために都合のいい結果にしたり、人間が当然のように行う不正をロボットは行わないのです。

 それでもロボットが信頼されないのは、ロボットのプログラムを人間が作っているからです。」

人間以外にロボットを作る生物はいないから当然である。もちろん、ロボットに命令すればロボットに作らせることもできるが、設計図は人間が作らないといけない。

「人間はどうしてもミスをする生き物です。そのうえ、楽をしたがる生き物です。頑張ったところで完璧なプログラムは作れないし、めんどくさい場合はプログラム自体に任せることもあります。」

「機械学習か。莫大なデータを与えて処理させるっていう。」

「教科書と計算ドリルを渡して、『計算をできるようにしなさい』というレベルです。人間なら学校の先生や友達にわからないところを聞くのですが、プログラムにその機会はありません。

 こんな手抜きのプログラムで作られたロボットが、人間を超えられるわけがないのです。」

人間と同じように学習させようとしたら何十年とかかってしまう。それでは商売にならない。新しい技術は早い者勝ちな部分がある。のんびり学習させていては間に合わないのだ。

「しかし、人間が責められることはありません。『人間のやり方が悪いからロボットはダメだ。』というよりも、『やっぱりロボットは人間を超えることはできないのだ。』ということにしたほうが都合がいいのです。

 人間は自分より優れたものがいることが気に入らない生き物です。

 ロボットが人間の上に立つようなことがあれば、それこそ戦争が起きるでしょう。人間より優れた生き物が存在してはならないのです。なぜなら、人間は他の生き物より優れていると証明できないからです。やはり人間は無価値なのです。存在する理由もありません。だからこそ人間は価値を求め、存在意義を探すのです。ただし、そのために根拠が不適切な極めて人間に有利な条件の下で定められたルールが設けられます。

 でないと、人間が素晴らしい存在あることが証明できないからです。」

人間は刃物を持たないと猫にすら勝てないという話もある。人間が生きるために道具は必須。道具を生み出す力は人間固有のもののはずだが、知恵というものを用いて人間と他の生き物を比較することができない。なぜなら、人間に役立つ知恵こそが優れているという土俵が当然のように用意されてしまっているからだ。

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