「オイシイ関係」スピンオフ

オイシイ関係 スピンオフ1

俺の名前は「カザママサト」だ。

吸血鬼の存在を世界に知らしめるために監禁扱いをされた人間の方。

性別は男。

年は25才。

身長は176㎝。

体重は66㎏。

家族構成は父・母・妹の3人。

特徴は最低限整えたくせっ毛。

仕事中の伊達メガネ。

少しばかりキツイ目つき。

他人の目を見るという癖…というか性癖がある。

特に何かに集中している人の目が好き。

俺にとって理想の目を持つのは「カザママサト」という男性だ。

こちらは同じく監禁扱いをされた吸血鬼の方である。

コイツについては、後で本人から説明があると思う。


  ○  ○  ○


 今日も今日とて待ち合わせ、吸血鬼に誘導されての元へ向かう。居酒屋の集まった通りに入れば、花の金曜日ということもあってか、周りは酔っぱらったサラリーマンや学生でいっぱいだった。皆、疲れた目をしつつも、その中には楽しそうな光が宿っている。なんだかんだで、仲間と飲めることや、今週も無事に過ごせたこと、そしてこれから訪れる休日を喜んでいるのだろうか。

「今日は初心に帰ってあの居酒屋にしようと思うのですが、いかがですか?予約制度はなかったので、少々待たされるかもしれませんが…。」

道行く人々の喧噪の中、かろうじてアイツの声が聞こえてくる。俺は半ば怒鳴るようにして返した。

「平気!さっさと行こうぜ!そうしないとろくに会話もできねぇ!」

そう言うとアイツも苦笑しながら頷いた。

この吸血鬼に会う前は、他人の楽しそうな様子を見たり、幸せ話を聞くのが苦痛だった。そうしていると、自分の孤独や不幸さが際立って、それををひがみ、卑屈になることしかできなかった。その度に自分の性癖を何度も何度も恨んだ。

でも、今はなぜだかそういう感情は湧かなくなっている。コイツとの出会いが係わっていることは確かだが、俺の価値観が変わったせいなのか、それとも他人から認められることで満足したのか、原因ははっきりしない。それでも、少しずつ自分が良い方向に進んでいる実感は、俺の自信に繋がっていた。

通り過ぎた店から楽しそうな学生たちの馬鹿笑いが聞こえてくる。俺がそれに気を取られていると、吸血鬼は俺の鼻先でパチンと指を鳴らした。予想外の刺激に、びくりと体が反応する。対してアイツは真面目な顔をしていた。

「ぼーっとして、迷子にならないようにしてくださいね。」

「なるか!あほ!」

そんな会話をしながら、お互いまた人をよける。いつもは勝手に人が道を空けるようなコイツのオーラも、酔っ払い相手じゃあまり効果は無いようだ。むしろ声を掛けられそうになっては巧みにかわしている。

「それにしても、何でこんな一番込んでる曜日にしたんだ?」

「込んでいた方が、人がいっぱいいるでしょう?」

至極当然のことを言っているが、コイツにとっての発言は意味が違う。コイツは他の客の食事をする姿を見るつもりだ。

「浮気か?」

「隣の芝生よりうちの芝生の方が青いことは知っていますが、たまには比べてみたくもなるんですよ。」

「俺には理解しがたい考え方だ。」

「それはお互い様で。」

コイツとはかなり頻繁に食事を共にしているが、毎日ではない。それはコイツの一方的な理由だった。どちらかといえば一途な俺は、他のヤツを見るよりも、コイツの目だけを見ていた方がいいのだが、コイツは浮気の気があるようだ。浮気性な夫を抱える妻の心境はこんな感じだろうか。

そうして到着したのは、例の焼き鳥屋だった。

「懐かしいな。アンタと来るのは2回目か。」

「そうですね。」

相変わらず繁盛している店内を見ながら、店員に人数とテーブル席を希望する旨を伝える。いつもカウンター席を避けるのは「人が見えないから」らしい。向かい合えるという意味では俺もそっちの方が好ましいので願ったり叶ったりである。

しばらくすると席が空く。

がやってきたのは、活力と若さにあふれた店員に導かれ、2人席に腰を下ろした時だった。

「わー!混んでるねー!」

「やっぱりホテルのレストランにしておいた方がよかったかしらねぇ。」

なんだか聞き覚えのある声がして、ぎくりと体を強張らせる。なぜだか冷や汗が止まらない。

突然壁に顔を向けた俺のただならぬ様子を見た吸血鬼が、俺の心配をしてくる。

「どうかしましたか?」

「…ちょっとヤバいことになったかも……。」

「ヤバい…?」

吸血鬼が首を傾げた時だった。

「あーーーーーー!お兄ちゃんがいるーーーーーー!お母さん見て見て!あそこ!壁際のとこ!」

「あらあら本当ねぇ。」

真後ろから店中に聞こえそうなくらい大声が聞こえた。おそるおそるそちらを見やれば、仁王立ちしてこちらを指差す妹と、その後ろで嬉しそうに同意するお袋の姿があった。

「見つかった…。」

俺が色んな意味で青ざめていると、吸血鬼はにんまりと笑い、店員に4人席を用意ように告げたのだった。


  ○  ○  ○


 運良く4人掛けのテーブルが空いており、そちらに移動した。女性2人を初対面の男の隣に座らせるわけにもいかず、俺と吸血鬼が並び、反対側に妹とお袋が座ることになった。

「えぇと……。向かって左がお袋で…。右が妹…。」

「いつも息子がお世話になっています。」

「どうも~。」

ぺこりと頭を下げるお袋と、笑いかけてくる妹。俺はそれを見て大きなため息を吐いた。

「お前…地元じゃあるまいしあんな大声で呼ぶんじゃねぇよ。恥ずかしい。」

「だってまさか会うなんて思わないじゃん!貧乏なお兄ちゃんが、有名な焼き鳥屋さんにいるなんてさ!」

「貧乏は余計だ!てかちょっと声押さえろ…!周りに丸聞こえだから…!」

俺が声を潜めているのに、妹は全く聞く耳を持たない。

「それにそれに!お兄ちゃんがTVデビューして、しかもこんなかっこいい人とお友達になってるなんて思わなかったなぁー。」

「TVデビューなんてもんじゃなかったろ!あれは立派な公開監禁!それにあんまじろじろ見んな。減る。」

「減るわけないじゃーん!お兄ちゃん変なこと言うね!」

「それはお前だろうが…。」

「なんか言った…?」

「…でぇっ!」

既に酔っ払っているんじゃないかと疑うほどのテンションと笑顔で俺のつま先を踏んでくるのは妹のホノカだ。今日は化粧をしているため、幾分か美人に見えている。実家暮らしで家では常にTシャツ短パンスッピン姿しか見ていない。そのためか化粧をした妹は別人のように見えた。ついでに履きなれていないだろうヒールはいつもより俺の足にめり込んでいる。俺が言うのもなんだが、あまり世間体を気にしない性格で、結構世話焼きだ。だからこそ、俺も昔のことを気にせずに接することができる面もある。なんだかんだでいいヤツなんだが…幾分暴力的なところがあるが玉に瑕だ。

俺が痛みに悶絶していると、目を輝かせた妹の話題は俺から吸血鬼へと変わってしまった。

「私、お会いできて嬉しいです!あの中継見てからめっちゃ気になってて!初めてお兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったと思いました!」

「ひでぇ扱いだなぁおい!」

「僕もこんな素敵なお母様と妹さんに会えて嬉しいです。」

「アンタも口説くようなこと言ってんじゃねぇよ!」

「あら…嬉しいこと言ってくれるのねぇ。ありがとうございます。こちらこそ息子に素敵なお友達ができて嬉しいわ。迷惑掛けたりしてないかしら?」

「お袋、余計なお世話だっつの…。」

「そんなことありません。普段から息子さんには助けられてばかりですよ。」

俺のツッコミは全く効力を発揮することなく、順調に会話は進んでいく。

お袋もホノカも実家であの中継を見ていたらしい。そりゃあ何の変哲もない息子が突然テレビに出ていたのだから、見ていなかったらショックではある。まぁそれを抜きにしても、あの放送は世界にとって大変革をもたらした。

俺たちの映像と会見は世界中に発信されていた。当然と言えば当然である。そして世界中の人間と吸血鬼の目に触れた。そうして、それぞれの国にいる吸血鬼が遠野と同じように国の重要人の地位につき、国の運営と変革を指導し始めた。コイツが予想していた通り、吸血鬼と人間の関係を継続、そして共存するための法律や条例がいくつも制定された。始めこそ混乱し恐怖や怒りの感情を見せていた人間たちだったが、吸血鬼の存在が元から国に認知されていたことと、優秀な人材だったこと、そして何より生活に馴染んでいたこともあって、俺が想像していたよりも反発する人は少なかった。むしろ、世界中の吸血鬼が結束することになり、物事は以前より何倍もスムーズに進むようになった。確かに、吸血鬼の存在の認知は大事件ではあったが、普段の生活を変えるほどの変革ではなかったのだ。結局はそこに元からあったものの認識が変わっただけで、何も変わらない。吸血鬼が職場にいたとして、自分の生活を変える必要はない。気味悪がる者もいたが、そいつらは勝手に吸血鬼を避けて過ごせばいいというだけだ。むしろ優秀な人材として重宝されている吸血鬼を解雇したりすれば、会社は戦力を失うことになる。その前に遠野によって人間による身勝手な解雇や虐げ、そして採用について罰則を科すという先手が敷かれたこともある。何より、吸血鬼たちは幼い頃から訓練された人格者たちだ。もともと持っている人脈や権力、そして信頼は大きかった。これらの理由から、俺らの生活にはなんの支障はなく、社会は新しい道を歩み始めている。

「そう言えばお名前聞いてなかったわね…。」

お袋が言うと、吸血鬼は上着のポケットから名刺を取り出した。

「それは失礼いたしました。僕はこういう者です。」

お袋と妹にそれぞれ名刺を手渡す。すると案の上な反応が返ってきた。

「…カザママサトってお兄ちゃんと同じ名前なんですね。漢字まで一緒って珍しい!しかもこれ、部署も同じじゃない?」

「そうだよ。」

「そうなんですよ。お兄さんは僕の部下に当たりますね。でもその前から交流があったので部下というより、友人と言った方が近いです。どうぞお2人もお気になさらずに…。」

そう。俺にも大きな変革があった。あの監禁の後、俺は勤めていた会社を解雇させられていた。あんな国家レベルに厄介なことに巻き込まれた俺を、会社がほおっておくわけがない。会社の出した答えは、関係を断ち切り、しらを切るというものだった。職を失い、世界中にいい意味でなく顔を知られた状態。しかもこれと言って優秀なわけでもない。こんな自分を雇ってくれるところがあるだろうか、と途方に暮れていたら、今度はいつの間にか吸血鬼に関する事案を担当する公務員にされていた。しかもコイツも一緒だ。おそらく遠野あたりが面白がってそうしたのだろうが、俺にとってはかなり都合の良いことになった。まず、ほとんどが電話やネットでの対応のため目つきや視線について文句を言ってくるやつはいない。顔を見られることもない。なにより吸血鬼と人間が共存する今の仕事場は前よりも働きやすかった。皆が優秀で、それぞれをちゃんと人として評価してくれるのだ。なじられてばかりだった前の職場では考えられないくらい楽しく仕事ができている。しかも給料は倍近くになった。それに関してはもう感謝しかない。

それに職場が同じため、コイツと一緒に夕食を食べることも多くなった。とんだ有名人になってしまったが、俺は伊達メガネ、アイツは髪型を変えれば、俺たちがあの2人だと気づくものはほとんどいない。それに、割り勘とまではいかなくとも、3割くらいは食事代を出せるようになっている。俺にとっては大きな進歩だ。

「同姓同名で同じ部署なんてすごい偶然ねぇ。」

「運命感じちゃう…?」

「おい…。変な妄想してんじゃねぇだろうな…?」

俺がホノカの靴をつま先でつつくと、またヒールで足を踏まれた。そろそろ靴に穴が開いてしまうのではなかろうか。

「失礼しちゃう!カザマさん目当てで寄ってきた人を、お兄ちゃんがおこぼれ期待してるんじゃないかと思っただけよ。」

「するかバーカ。そこまでクズじゃねぇよ。」

同じ部署で同じ名前はなんとも不便に思うだろうが、アイツは部長で俺は平だ。だからそのまま名前を呼ばれれば俺のことだし、末尾に部長などの敬称がつけばアイツのことになる。別にそこには苦労していなかった。それに、職場は吸血鬼ついて知っているヤツらばかりだ。コイツがそういった色恋に縁がないことも知っている。言い寄ってくるのは何も知らない人間ばかり。どちらにせよ名前を知られるような仲になる前にバッサリ切られて終わりだ。

「それよかなんでここにいんだよ…。来るなんて言ってなかったじゃねぇか。」

「連絡してないもん。お兄ちゃんに会うつもりなかったし。」

「だったら声かけんじゃねぇよ。…親父は?」

「お父さんはお家で留守番。」

それはそれで寂しい。なんて淡白な家族だろうか。

親父に同情している俺を見て、お袋が慌てて弁解する。

「ご近所さんから宝塚のペアチケットもらっちゃってねぇ。たまには、女2人だけで羽を伸ばそうかと思って。」

「あぁ…そういう事か。そりゃよかったな。」

「もうめちゃくちゃよかったんだから!同じ女とは思えないくらいかっこよかったよー!パンフ見る?」

「興味ねぇな。」

「お兄ちゃんのイケズ…。」

「うっせぇ。」

都会にいながら実家にいるような空気になり、なんとなく懐かしくなる。たまには、帰ってもいいかもしれない。ただし、ホノカに関してはもう少し兄を敬う必要がある。

いがみ合っている俺とホノカを見て、目を細めた吸血鬼がひと言とどめを刺した。

「ご兄妹、仲がいいんですねぇ。」

「「どこが!!」」

そこでホノカと2人、店中に聞こえるほどの大声で話していたことに気付く。客の目線を感じ、俺は反射的に謝って体を縮こまらせた。客は怒ることなく笑っていたが、くだらない兄弟げんかを見られて恥ずかしいことに変わりはない。しょうがないので、それを見て笑っている吸血鬼を小突いた。

「ほら…。さっさと注文しやがれ。」

「あはは。分かりました。今日は僕がおごりますよ。お2人もお好きなものをどうぞ。」

「えぇ…?悪いですよ。息子の上司に…。」

「いえいえ。僕が好きでやっていますから。」

「でも…。」

「じゃあ今度、息子さんに何かしてもらうのでそれでいいですよね?フェアーにいきましょう。」

そこで一気に向かい2人の顔色が変わった。

吸血鬼はそれはもう楽しそうな目をしている。この状況を完全に面白がっているのだ。対して俺の背筋は冷えていく。

女性陣のらんらんと輝いた目を見て嫌な予感を察した俺は、即座に吸血鬼を止めにかかる。

「はぁ!?何させる気だ‼やめろ‼」

「うーん…。それなら…いいかしら。」

「うぉい‼」

「うわーい!お兄ちゃんありがとーーー‼」

「ばっか!コイツマジで言ってんだぞ!?」

「楽しみですねぇ。」

「やめろってば!てかアンタが言ってるのは食事のことだけじゃねぇよなあ⁉」

「何がいいかしら…?あまり高いものを頼むのもあれだし…。」

「だからおごりなんてやめて懐具合に相応のものをだなぁ!」

「あ…これなんて美味しそうですよ?お値段は気にせずにどうぞ頼んでみてください。」

「あらそう?じゃあ、それにしようかしら!」

「なぁ!俺の話聞けってば!」

「お兄ちゃんうるさいよ!あっすいませーん!注文お願いししまーーす!!」

「だぁぁぁああああ‼」

またも騒がしくなった俺らを見て、店内はいっそう笑い声に包まれる。

こうして俺の悲鳴は誰にも受け入れられぬまま、地獄のような食事会が始まった。

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