オイシイ関係3-3
僕と友人は目隠しをされ、車いすに乗せられた。施設の道筋を知られないためだと思われる。目隠しを外され、床に設けられた扉から梯子を伝って下の部屋に入る。そこは、遠野に説明された通りの部屋だった。真っ白で窓のない部屋は、蛍光灯の光で目がちかちかする。部屋の隅にはそれぞれカメラが設置されていて、全方位が監視の範囲内にあるということを示していた。
そこでようやく手足の拘束が解かれ、僕だけにカフェイン注射がされる。寝てしまったら意味がないということなのだろう。対して友人は、寝てしまえば吸血鬼の格好の餌食となる。こういう見え透いたやり方はいかがなものかとは思うが、今の僕にはなんの力もない。ただただ従うしかないのだ。
「それでは…ご武運を…。」
白衣を着た研究員はそう言って天井の扉を閉めた。それと同時に、どこからかスピーカーを通した声が聞こえてくる。それは紛れもなく、先ほどまで対峙していた人物だった。
『あーあー。マイクテストマイクテスト。聞こえるかい?』
「聞こえます。」
『あっ、返事してくれた。さっきは怒らせちゃったから、無視されたらどうしようかと思ったよ。』
遠野はさも愉快そうに笑う。一方僕は不愉快な思いでいっぱいだった。隣を見ると、それは僕の友人も同じようだった。
『さっき言いそびれたけど、この部屋の会話は録音・放送されてるからね。あんまりプライベートなことを言ったりやったりしないでくれよ?』
「俺らの人権はねぇのかよ…。」
友人のボヤキに、遠野はあくまで明るく答える。
『残念ながらないよ。全部公開しないと意味ないからね。隠し事はなしだ。一応人間と吸血鬼両方の責任者の元でやってるけど、そんなこと気にしてたらショック療法にならないから。』
人間としての権利と書いて『人権』という言葉を簡単に否定されたことに、友人が舌打ちをすると『最近の若者はこわいねぇ…』というどうでもいい感想が述べられた。
「当然の反応だと思いますが。」
僕がフォローを入れても遠野はお構いなしだ。
『まぁ何もしなくていいから、2人で仲良く過ごしてくれ。たった1日だ。くれぐれも、冷静に対処せよ…ってね。』
そうして音声は止んだ。
最後の一言は例のメールをなぞっているせいで、僕にとっては妙に拘束力を与えた。
僕は改めて友人に向き合った。
「怖い思いをさせてしまって申し訳ないです。君だけでも逃がしてあげられたらよかったのですが…。」
「謝んなって。あの状況じゃ何もできなかっただろ?」
「やろうと思えばできました。でもそうしなかったのは、僕が君と一緒にいたかったからです。友人とはこんなに心強いものなんですね。知りませんでした。」
彼が逃げられるというなら、今の僕は殺しだってできる。栄養不足で上手く回っていない僕の頭は、そのくらい善悪のつけ方が曖昧になっている。それでも実行せず彼にすがってしまうのは、さっきまでの孤独感のせいだ。血液を摂取しない状態がどうなるか分からない。その恐怖は僕を酷く苦しめる。
「僕の勝手で申し訳ないです。この実験は馬鹿げています。どう考えても私怨で動いている節がありますし、あまりに強引な方法です。ショック療法とは言いましたが、これが成功するかどうかは確実なものではない。もと綿密な計画と話し合いがされてもいいはずなのに、すでに事が動いてしまっている。いつもの僕ならどうにかして責任逃れをしていますよ。」
いつもの僕ならやってない。
やりたくもない。
「でもこの実験が成功すれば、吸血鬼の立場は大きく変わります。僕らの隠し事の1つが消えるんです。それを望んでいる吸血鬼は多い。もしも、世界に受け入れられるなら。少なくとも、自分を隠さず、ある種の自由を手に入れられるならば。吸血鬼だけじゃない、人間も、世界もみんな大きく変わることができる。僕は君が一緒なら大丈夫だと思ったんです。僕が君に吸血するわけがない。だからいつも通りにしていてください。こんな部屋でいつも通りなんておかしいかもしれませんが。」
「…おう。分かった。」
彼は否定することなくただただ、頷いてくれた。
残念ながら、彼に放った言葉は完全に虚勢だった。はっきり言って、吸血しない自信はない。こんな状況になったにも関わらず、朦朧としている頭は、この渇きから解放される術ばかりを考えている。そのうち一瞬でも理性が切れれば、彼をターゲットにしてしまうかもしれない。そんな恐怖に支配されそうになる。欲に溺れてしまいそうになる。欲望は、生き物が生きるために存在する。それを理性でコントロールするのが人という種類の生き物だ。
しかし、それはあくまで満たされた空間での出来事。
こうして渇望して気づく。
普段、どれだけ恵まれた環境にいたのか。
飢えとはなんと苦しいものか。
「大丈夫だよ。アンタなら。」
僕を見ることなく、ぶっきらぼうに言われた言葉は、不思議と心に染みていく。確証なんてないのに、そう言われると本当に大丈夫に思えてくるのが不思議だった。
部屋を見回してみると両サイドにベッドが1台ずつ。その下にはそれぞれ500mlの飲料水が2本と、栄養補助食品のバーが1つ置いてあった。
「食料はこれだけか。」
「少なすぎますね。」
僕は血液だけでなく、飲食物自体が不足している。そのせいでさっきから体がいうことを聞かず、気を抜いたら僕だけ天地がひっくり返ってしまいそうだ。
「これくらい平気だろ?1日だけだしさ。」
「そうですか…。でも、お腹が空いているなら僕の分も食べていいですよ。こんなことになったのは僕のせいですし。」
「いつもより青い顔したヤツが何言ってんだよ…っと。」
彼に肩を小突かれると、体が傾いた。慌てて体を支えられる。
「フラフラだな。ちょっとやせた?」
「ちょっとどころじゃないと思いますよ。点滴はされていたようですが、3日間飲まず食わずですから。」
「…そうか。お疲れさん。」
彼に支えられながら、ゆっくりとベットに腰かける。どうやらまだ心細いらしく、彼もすぐ横に座った。僕としては彼の食事を見ていた方が気がまぎれるのだが、体が弱っているのも事実。少しぐらい胃に何か入れた方がいいかもしれない。
僕はそこで、彼の腕に包帯が巻かれていたことを思い出した。
「そう言えば、君はどんな扱いを受けていたんですか?」
「あぁ…。何か起きたら病院みてぇなベッドに寝かされてた。やけに真っ白い部屋でさぁ…。なんかすげぇ気持ち悪かった。そんで、そこでひたすら時間潰して、すげぇ量の食事させられて、血液検査するとか言って採血された。この包帯は、あん時の擦り傷と止血の包帯だとさ。大袈裟だよなぁ。」
「採血って…どれくらいですか?」
嫌な予感がした。少し大きな声を出したので、彼が驚いた顔をする。
「えと…。1日に1回。こんぐらいの小瓶2つと半分くらいだった。」
そう言って彼は手で大きさを示した。
(ひと瓶だいたい200mlってところか…。)
小瓶ひとつで吸血鬼が1日に摂取する血液量と同じだ。もしかしたら、過剰に食事をとらせたのは貧血を防ぐため。そして上質な血を作るためだろう。つくづく気に食わない。
そして、ひとつの可能性が浮かんでいた。
「遠野は君に向かって『ごちそうさま』と言っていましたね。」
「そうだな。」
「ということは、あの血は君のだったかもしれませんね。」
彼の顔面が一気に蒼白になった。
「マジか。…あんまし考えたくねぇわ。気持ち悪ぅ…。」
「僕もです。僕だって飲んだことないのに。」
「気にするのそこかよ。」
吐くジェスチャーをする友人と力なく笑い合う。久しぶりにおとずれた和やかな時間に、お互い少しだけ緊張が緩んだ。それから、友人が冗談交じりに言った。
「俺が血ィやるとしたら、アンタにやるよ。どうせ飲まれるなら知ってるヤツがいい。」
「それ、吸血鬼の中じゃとんだ殺し文句ですよ。」
「ははは…確かに。洒落んなんねぇな。」
僕は鼻から息を吸いこんだ。鼻につく匂いの出どころは彼の腕だ。彼の腕の包帯につく、彼の血の匂い。あまり近づかれると、吸血衝動が起きてしまうかもしれない。それでもはねのけられないのは、どうしてもそばにいると安心してしまうから。
僕は心を落ち着けるために、今度は口から大きく息を吸い込んだ。
「君は、懐が深い人間ですね。」
「そんなこと言われたことねぇけど…。」
「それは親しい人間がいなかったからでしょう。」
「…うっせぇ。」
彼はうめくように反論する。でもまんざらでもなさそうだ。
「吸血鬼にこんなことされて、それでもまだそんなことが言えるなんて、すごいです。僕をもっと非難してもいいでしょうに。」
「それはそうだけど…。あんたら吸血鬼だってここで生きてくために必死なんだろうから、しょうがないと思う。むしろ、協力できて嬉しい。一緒に頑張ろうな。」
はにかまれると、僕もにやけそうになる。なんだか胸の辺りが温かくなった気がした。
「僕も、すごく嬉しいです。」
「…恥ずかしいヤツ。これ、中継されてんだぞ。ちったぁ自重しろ。」
「それは君もですけどね。」
案の上、顔を背けた彼の耳は真っ赤になっていた。そのまま隣で胡坐をかきながら、また話しかけてくる。
「それにしてもなんで人間は、今まで何にも文句言わずに吸血鬼を受け入れてきたのに、今回バラそうと思ったんだろうな。今まで上手くいってたのに。」
「堪忍袋の緒が切れたってやつですよ。ずっと張りつめていた緊張の糸がプツンと切れてしまったんです。」
彼が意外そうな顔をした。
「お前にしては詩的な表現だ。」
「ふふっ。もう頭がよく働かないからですかね。」
自重気味に鳴らした鼻は、またも彼の血の匂いをとらえてしまう。そうして考えてしまうのは、この喉の渇きをどうしたら癒すことができるかという事だ。一番簡単なのは、目の前の友人の喉にかぶりつくこと。でも絶対にやってはいけないこと。
「もしも、クラスの中に、吸血鬼が紛れています。といわれたら、生徒はどうすると思いますか?」
「また、たとえ話か?」
「はい。」
彼は答えを出せないようだった。
「で、どうなるんだ?」
「人間はそれをあぶりだそうとします。そして見つけ次第、自分と違うという理由だけで虐げます。今回はそれの拡大版です。少なからず、吸血鬼について知っている人間はいる。吸血鬼に血液を提供している団体なんかがいい例です。その人たちの中に僕たちを良く思っていない人がいて、話が大きくなって、ちょっと過激に動いてしまったというだけでしょう。」
「極端な話だな。」
「集団なんてそんなものですよ。実際に考えていることは違っていたとしても、やることは極端になってしまいます。結局は、行動、実行する力を持っている人物は少数ですから、みんなそれについていくしかないのです。真実がどうであれ、それが何かの陰謀だったとしても、何も知らない人々は、指導者の言いなりにならざるを得ない。学校の集団的ないじめなんかがそうです。逆らえば、次のターゲット…つまり“異物”は自分になりますからね。」
「…なんかやだな。それ。」
「みんながみんなそう思っていてくれるといいんですけどね。そういうわけにもいきません。いじめだって、弱肉強食の延長みたいなものですから。自覚せずにやっている人が多いんですよ。」
それきり、また黙ってしまった友人は、自分の過去のことを考えているようだった。
その後は、思い思いに世間話をしたり、しりとりをしたりして、時間を潰した。その中で、だんだんと頭が空になっていく感覚を覚えながら、僕は水以外を口にできずにいた。
どちらともなくそれぞれの布団に入り、天井を見上げる。そこにあるのは白い天井と多すぎる蛍光灯、僕らを監視するカメラ、そして僕らの入ってきた出入り口だ。部屋はお互いの呼吸音が聞こえるほど、静寂に満たされている。目をつむれば、己の心音が聞こえる。彼がひときわ大きく息を吸ったから、彼が話し出すのが分かった。
「この実験が終わって、もし、成功したら、どんなことが起こるんだろうな…。簡単には終わらないような気もするけど…。」
ぽつりと疑問が落とされる。僕は寝た体勢のまま、彼の方へ向いた。彼の視線はまだ天井にあり、目は合わない。
「吸血鬼を本格的に認めるために政府と世界が動き始めるでしょう。吸血鬼側の思惑に嵌ったという屈辱に耐えながらね。人間は国際的な吸血鬼の生態についての説明や、今までの隠ぺいについての会談から始めるでしょうが、そんなことをしていては僕たちが生きているうちに法整備や世界的な吸血鬼の認知が始まるかも怪しい。きっと吸血鬼が中心になって強制的に認めさせるための取り決めをするはずです。あるいは、もう準備が終わった上でこんなことになっているのかもしれませんが。」
吸血鬼は用意周到な性格だ。確実な案件でなければ動くことはない。半ばどころか大分大雑把に感じるこの実験とやらも、大ゴケしないために予防線は張ってあるはずだ。
「ほんとに徹底してるよな。お前ら。」
「そうひとくくりにされるのも癪ですね。僕と君がこんなことになってるのは、主に吸血鬼側のせいなので。」
「あぁ…。すまん。」
僕はとうとう貧乏ゆすりをするようになっていた。精神が安定していないことは嫌でも分かる。それを見た友人が、僕を心配している事も。
だんだんとイライラがつのり、言葉が棘を帯びていく。悪いのは彼ではないのに、この部屋では傷つける対象が彼しかいない。だからこそ極力彼に話かけないようになっていた。そんな僕の険悪なムードを察してか、彼も会話を早めに切り上げるようにしてくれていた。
「そろそろ寝るか。昨日は今日の準備とか言って寝かせてもらえなかったんだ。」
そう言って友人が布団をかぶった時、僕は久しぶりに彼に話しかけた。
「お願いがあります。」
「なんだ?」
彼が布団の中で寝返りをうった。余裕のない僕と目が合うと、表情は一気に真剣なものに変わる。
「食べてくれませんか?」
僕は自分の分の栄養補助食品を投げた。彼の布団の上で、軽く包装紙の落ちる音がする。それを確認した友人は、明らかに機嫌が悪くなった。そのまままた寝返って、僕から視線をそらしてしまう。
「それ、アンタの分だろ?」
「食べてください。」
「ふざけんな。そんなにボロボロなのに、アンタが食べないでどーすんだよ。」
「お願いします。」
「だーかーらー。嫌だっつってんだろ。」
友人は僕の懇願を拒否し続ける。
でも、僕には受け入れてもらわなければならない理由があった。
「吸血鬼の食事についてはお話した通りです。基本的には自然の形を食べる。こういった加工食品は好みません。普段は極力息を止めて咀嚼するんです。そうすると味がしないから。でも、こうして体調が芳しくないと、それも辛い。だからこんなもの食べたくない。」
「………で?」
僕の目を見ている友人の目は鋭い。まるで、僕の心を見透かしているようだ。
そんなのはわがままだ。それこそ生きるために、アンタはそれを食べなければならない。
そう言われている気がした。
それでも…。
「これから君が寝てしまって、1人になるのが怖いんです。僕は薬で強制的に眠れない状況にある。そして、この異常な精神状態は君でも分かるでしょう。不安なんですよ。」
僕の話を聞く彼は辛そうな顔をしていた。
「なんつー顔してんだよ…。」
「僕、どんな顔してますか?」
「酷い顔だ。」
「でしょうね。」
さっきまでは遠野の食事で欲は満たされていた気でいた。しかし、こうもやることがないと、考えることは血のことだけ。そこからどうにかして気をそらそうとすると、今度はこの性癖のことばかり考えている。結局の全ての原因は僕にあるのだ。
僕はこの部屋に入ってから延々と自己嫌悪をし続けていた。精神への負担は大きかった。
なぜなら、最終的に自分で自分の存在意義を否定することになるから。
僕のことを見つめる友人は、どうすればいいのか分からないようだった。
「今、君が起きているうちに、僕の欲を満たしておいてください。遠野も言っていたでしょう?欲がひとつ抑制されると、反比例するように他の欲が増幅される。それが怖いんです。これ以上追い詰められたら、どうなるか分からない。」
どうなるか。
その内容は彼を殺してしまうかもしれない、という事だ。
それだけはしたくない。してはいけない。でもしてしまうかもしれない。
「もし、君がそれを食べてくれたら。僕の欲のひとつを満たしてくれたら。そうしたら、頑張れる気がするんです…。だから、お願いします…。」
「………はぁ。」
何度も頼み込む僕を見て、とうとう彼は折れた。わざとらしく大きなため息をついてから、自分のベッドから降りて、僕の元へ来てくれる。そして、持っていた包装を破り、僕を見つめた。加工品ならではの薬品の匂いが漂う。
「しょうがねぇから協力してやるよ。」
「ありがとうございます。」
「ゆっくり食べた方がいいか?」
「お好きなように。君の思うがままに。」
僕がゆっくりと起き上がり、ベッドから降りると、2人して床に座った。
彼の目線が、手元の栄養補助食品のバーに落とされる。
一般的に売られているビスケットのようなものだ。味はメープルと書いてあったため、外見はクリーム色の太い棒である。ビスケットよりは柔く、スポンジよりは硬い。袋から取り出されると、薬品じみた甘い匂いに吐き気がした。バーは彼の口に含まれると、音もなく噛み切られてしまう。もそもそと歯の動く音。口元についたカスがそれに合わせて上下する。水気が足りないせいか、飲み込むのに苦労していたが、何回かに分けて体に収められる。それが4回繰り返されて、バーはなくなった。手と口元についたカスは、もともと入っていた袋の中に入れられ、固く結ばれる。それが終わると、彼はまだ一度も飲んでいなかった水で咥内を潤した。いつもより重そうな喉の音がして、水も彼の中に収まる。
彼の短い食事はそれで終了した。
「ごちそうさん。」
「ごちそうさまです。」
お互いに挨拶をする。
いつも通りに、彼は僕の目を見て、僕は彼の口元を見ていた。
「あと少しだ。頑張ろうな。」
そう言って、拳を突き出される。
僕は笑ってしまった。
「漫画の見すぎじゃないですか?」
「いいんだよ。こういう時は、雰囲気に飲まれとけ。」
指摘されて頬を赤くしながらも、彼は手を引っ込めようとしない。
「恥ずかしい人ですね。」
「アンタにだけは言われたくない。」
僕は力の入らない手で拳を作り、彼に寄せた。
触る程度に彼の拳に僕の拳を合わせる。
「これ、全世界の人が見てるらしいですけど、いいんですか?」
「見せつけとけ。男の友情の証ってやつだ!」
友人はそう言ってから拳をもう一度押し付け、ニカッと笑った。
そしてそのまま前のめりに倒れ込んだ。
「どうしたんです…⁉」
慌てて僕が支えると、友人はへらっと笑っていた。
「なんか…急に眠気が…。」
緊張が切れたにしては急すぎる。彼が飲んだペットボトルを嗅いでみると、薬品の匂いがした。
(睡眠薬…。)
彼が無防備な姿を見せるよう、わざと睡眠薬入りの水を用意したのだろう。そして、僕にはカフェイン注射…もとい興奮剤が投与されている。始めから、意図的に吸血したくなるように仕組まれていたのだ。
不安そうにする友人を布団に寝かせながら、僕はよろけないようにゆっくり立ち上がった。
「きっと疲れているんですよ。僕は君の布団で寝るので、そのまま寝てください。大丈夫。何かあったら起こします。」
そう言うと、友人は少し頷き、そのまま眠ってしまった。
僕は、監視カメラのひとつを睨み付けてから、空になった彼の布団に座り、先ほどの彼の食事する姿を思い出すことに集中した。
○ ○ ○
彼が眠ってしまってから何時間経っただろうか。
予想通り衝動がきた。
朝の、いつも血を摂取する時間。
一番、渇く時間。
僕の体内時計が、最も激しく自己主張する時間。
僕は少しでも友人から距離を取るために、布団を手に巻き付けて部屋の隅で座っていた。そうでもしていないと、自制がきかないような気がしていた。
静かな部屋の中で、僕の荒い息の音だけが響く。
『苦しいかい?』
今まで沈黙していたスピーカーから最悪のタイミングで声が聞こえる。
遠野の声だ。
「全く……。」
『そんな顔してよく言うねぇ。』
スピーカーの向こうでクスクス笑う声が聞こえる。遠野が言うように、僕はきっと余裕のない顔をしている事だろう。何か言い返してやりたいところだが、僕の思考はそれどころじゃない。
今すぐ血が欲しい。
脳が体の危機を察知し、ひたすらそればかりを考えさせる。
真っ赤な血が欲しい。
とびきり新鮮なものがいい。
体に流れる血液は赤黒く、酸素に触れれば鮮やかに染まる。錆くさくて、生ぐさくて、ドロドロしていて、見た目は最悪なのに、それなのに欲しくなるあの液体。とろけるような舌触りと、塩気を含んだあの味。唾液と混じると甘くさえ感じる味。僕らを吸血鬼と虐げる一番の原因。そして、目の前の友人にも、僕にも流れているもの。あの薄い皮を引きはがして、切り裂いて、吸い付けばどんなに心地が良いだろう。
そしてどんなに後悔することだろう。自分に吸血を許した瞬間、僕はたった1人の友人を失うことになるのだ。
それだけは絶対にしたくない。してはいけない。
それが本能に支配されつつある僕にとって唯一の枷だった。
『私も何日か血を絶ったら君みたいになるのかな。血走った眼で、獲物を見つめて、息も荒く、今にも飛び掛かりそうになりながら…ひたすら飢えの苦しみに耐える。こう見ると、人も所詮は動物なんだねぇ。』
遠野は笑いをこらえきれない様子で、だんだんと声が震えていった。
『大変だねぇ…。』
「ゲスが…。」
『おっと。吸血鬼の品格が失われるような発言はよしたまえ。』
「あなたの発言からは品格なんてものは感じませんよ。」
『まだ悪態がつけるなんて、本当に君は強いんだねぇ。感心しちゃうなぁ。』
こんな状態で褒められたって嬉しくはない。この状況を作り上げた遠野を含めた吸血鬼と、人間たちがひたすら憎い。そんなドロドロした感情が、延々と渦巻いている。
僕が息を整えるために集中していると、遠野がおかしなことを言いだした。
『さて、残り時間もあと少し。そこで最後の試練だよ。』
「……試練?」
カメラをねめつけると『おぉ!怖い怖い!』と嬉しそうな声がした。
『この試練を越えられたら、さすがの人間も僕ら吸血鬼を認めてくれるさ。吸血鬼という訓練された獣は、飢えながらも待てができるのか、ちゃんとしつけられているかが試されることだからね。他の動物にはなしえない。人間という形を持った、理性をコントロールできる動物だけができることだ。』
「貴様…何をする気だ?」
『あれ?敬語もできなくなっちゃったの?』
『……クソが…。』
もったいぶる遠野にイライラする。
渇ききった体はもう動かすこともままならない。まるで体が心と離れてしまっているようだった。ただ、無様な僕の様子をスピーカーの向こうの遠野がニヤニヤ笑っていることは分かった。
『さぁ、そんな苦しんでいる君に素敵なプレゼントだ。』
その瞬間、僕らが入ってきた天井の扉が開いた。そして何かが投げ入れられる。
バケツだった。
始めは底が下になっていたがそれが徐々に傾いて、床に落ちる頃にはひっくり返る。僕にはそれがスローモーションのように見えていた。傾いたバケツの口から何か液体が零れる。そのままバケツが床にたたきつけられて、ひしゃげて部屋の端へと吹っ飛んでいく。
そうしてバケツの中身は部屋中にぶちまけられた。
何が入っていたのかはすぐに分かった。目を背けたところで無駄だった。持っていた布団で鼻を押さえてももう遅い。部屋にはむせかえるような血の匂いが漂っている。ごく自然に、僕の視線は目の前の惨状を把握した。
白かったはずの床や壁は、真っ赤なペンキをぶちまけられたようになっていた。四方八方に飛び散るしぶきが何とも生々しい。
おいしそうな匂い。
求めていた匂い。
さっきまで我慢していた匂い。
かいだことのある匂い。
あぁ、なんていい匂いなんだろう…!
僕はあふれてきた唾液を飲み込んだ。
『その血はね。何日もかけて君の友人からとった血さ。大事な人の血は、さぞ美味しいだろうね。君は飲んだことないんだろう?いい匂いだねぇ。今すぐ飲みたいだろう。たまらないだろう。全部、飲んでいいんだよ。これは君のものだ。』
遠野の声がまるで悪魔のささやきのように聞こえる。いや、僕にとっては悪魔の誘惑そのものだった。
『そういえば…動物の本能ってやつは子孫を残すためや守るために、好んだ相手と繋がりたいとか一緒にいたいとか思うらしいね。私には理解しがたい考えだが、君がその血を飲んだら、大事な友人君と繋がる…とも言えるんじゃないかな?それはとても心地いいだろうねぇ。本能に従うのはいいことだ。必要なことだもの。私も味わってみたいものだよ。後で感想でも聞かせておくれよ。』
それを聞いている間に意図せず体が動き出し、僕は四つん這いになってよだれを垂らしていた。床に広がり続ける赤い染みに向かって震える手を伸ばす。
これを飲めば楽になれる。
そしたらどんなに気持ちがいいだろう。
なんで今まで我慢してたんだろう。
目の前にあるじゃないか。
全部僕のものだ。
彼も僕のものだ。
僕が吸血鬼でいるためのものだ。
全部。全部。全部。
全てが欲しい。
思考は断片的に、それでいて欲望を浮き彫りにしていく。
そして欲望のまま、今にも手が赤く染まろうという時だった。
「バカ野郎!何やってんだ!」
怒号が聞こえ、僕の体は壁に叩きつけられた。そのままずるずると床に押し倒され、視界には床より幾分白い天井が映る。
言うまでもなく、僕を拘束したのは彼だった。
バケツの音で起きたらしい彼は、僕の腕をつかみ、馬乗りになって僕を抑え込んでくる。
僕はというと、訳が分からなくなって暴れた。喉からは獣の呻き声とも悲鳴ともとれない声が出ている。そしてまだ動かすことのできる足で友人の背を蹴った。
「離せ離せ離せ!今すぐ離してくれ!」
ドスドスと鈍く肉のぶつかる音がするが、彼は一向に僕の上からのこうとしない。友人は痛みに顔を歪めながらも叫んだ。
「嫌だね!アンタ今まで何のためにここまで頑張ってきたんだよ!正気に戻れ!」
その言葉で僕はとうとう激高してしまった。
「正気?僕は正気だ。異常なのはこんな計画を立てた吸血鬼どもと吸血鬼を受け入れようとしない人間…そうでなければそれらを作った神だ!こんな性癖を持ってしまったからって、何故僕がこんな目にあうんだ!何故好きなことをしてはいけない!何故僕が受け入られない世界のために僕が犠牲にならねばならない!理解できない!」
あぁ血の匂いがする。僕の友人の血の匂い。部屋と彼自身から匂う、美味しそうな匂い。どんなに罵られたってかまわない。社会的地位など糞くらえだ。早くこの渇きから解放されたい。僕は狂ったように自分の鬱憤を吐き出した。
「血だ。血だよ。そこにあるものを飲めば僕は正常に戻る。もう我慢ならない。もう十分に分かっただろう。僕は狂った吸血鬼。それでいいじゃないか。人を殺した事なんてない。それどころか人間の血を飲んだこともない。いつも飲んでいるのは質の悪い家畜の血だ。それもちゃんと手順を踏んで手に入れたものだ。何ひとつ咎められるようなことはしていない。飲むのは人間のエゴで殺されていった動物たちの血だ。それを狂ったと形容したいならそうすればいい。でも僕だけがこうして罰を受けるのか?そんなのはおかしい。僕は何も悪くないじゃないか。なんでそっとしておいてくれなかったんだ!僕は…僕はただ穏やかに暮らしたかっただけだったのに。1人になっても、生きて来たのに!友人を見つけたらそれが許されないだと?なんで…なんで……。」
《なんで僕ばかりがこんな目にあうのか》
その疑問は声にならなかった。
今まで我慢してきたものが全て喉に集められてしまったかと思うほど、苦しくて苦しくて仕方がなかった。
どんなに力を入れたところで彼の腕は解けない。普段ならともかく、何日も食事を絶った僕の体力などたかが知れていた。僕は暴れるのを諦め、それでも、すすり泣くようなか細い声で続けた。
「離してくれ…。さっさとこんなこと終わらせよう。君たちが大好きな多数決ででも決めればいい。この国に吸血鬼は必要かどうか。それを決めるためのこの計画なんだろう?あぁ、違うか。人間は、僕らが人間ではないってことが我慢できないんだったっけ。じゃあもう分かっただろう?吸血鬼は危険な存在だ。それがもう分かってしまったじゃないか。もう…もうそれでいいじゃないか。」
諦めてしまえ。共存なんてはなから無理な話だったんだ。たとえ世界が問題なく回っていたとしても、精神論として否定されちゃあどうしようもない。こんな計画で、頑固な人間たちが素直にいう事を受け入れるとは思えない。
何がショック療法だ。
僕をいたぶりたいだけじゃないか。
もういい。
こんな思いをするくらいなら、さっさと排除してもらった方が楽だ。
(排除されてしまうなら、もういっそのこと…。)
自分の中の枷が落ちた気がした。
自然と友人の首元に目がいく。
(美味しそう…。)
そうして友人の喉元に噛みつこうと、首を伸ばした時だった。
「よくない!」
友人が叫んだ。あまりの声の大きさに空気がビリビリ震える。
「てめぇふざけんじゃねぇぞ!なにやけになってやがる!勝手に世界をこーいうものだあーゆうものだって決めつけんじゃねぇ!このガキ!」
「君の方が年下じゃないですか!」
「そういうことを言ってるんじゃねぇだろ!バカ!」
反論すると頬を平手で叩かれる。それだけで頭がクラクラして、床にぐったりと倒れこんだ。
「俺みたいなヤツがいることを忘れてんじゃねぇよ!」
怒りで真っ赤になった彼がベッドの真上あるカメラに向かって激をとばす。
「コレを見てるヤツら全員耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!吸血鬼は確かに危険なところもあるかもしんねぇ!人間の血も飲むって言われて、怖い気持ちもよく分かる。でもな。コイツは俺のことを受け入れてくれた。それに、ちゃんと吸血鬼だって自分から言ってくれた。そういう勇気あるやつだ。こそこそ逃げ回って、暗黙の了解みたいに吸血鬼を受け入れたり隠してたりしてた俺らに、こいつらはちゃんと社会的奉仕って形で協力してきたんだ。それを知らずに恩恵だけ受けて、のうのうと生きてきたそんな人間にコイツラを虐げる資格なんてねぇんだよ!」
ほとんど息継ぎもなしに感情のままに吐露される言葉。人が苦手だった彼が、世界中の人々に向かって気持ちを伝えている。
それはすごいことだった。
「コイツらだって好きで吸血鬼になったわけじゃねぇし。俺らだって好きで人間やってるわけじゃねぇ。それでもなぁ。こうしてそれぞれ生まれたからには、ちゃんと生きていかねぇといけないんだよ。現に吸血鬼は人間と共存できるように学校まで作って、自分達をコントロールしてきたんだぜ?必要とされてるとか、されてないとかそう言うのは関係ねぇよ。誰かに必要とされるその日まで、そいつと会うためだけにみんな生きてんだよ!それをお互い拒否ってんじゃねぇ!腹ぁ割って話しやがれ!大人だろうが!ガキみてぇにダダこねてんじゃねぇ!ちったぁ歩み寄ってやったらどうだ!やろうともしないで文句たらたらしてるよりは何倍もましだ!コイツのこと見て何も思わなかったのかよ!コイツラだって同じ人間だ!俺らで認めてやらないでどうすんだ!バカ野郎!」
そこまで吠えて、彼はまた僕へと視線を戻した。
「俺はアンタの目が好きだよ。アンタと食事をするのも、一緒に過ごすこと自体が好きだ。でも、今のアンタの目は見てられねぇ。そんな根性なしのクズみたいな目は嫌いだ。ちゃんと芯が通ってて、自信満々のアンタの目が好きなんだ。自分から嫌われるようなことしてんじゃねぇ!お前だってとんだバカだ!それが直んねぇなら友人なんてやめてやる!アンタはそれでもいいのかよ!」
興奮のせいで潤んでいる彼の目は、僕のことをにらんでいる。
このときばかりは彼がとても残酷に見えた。
背中から穴へ落ちていくような寒気がした。
「嫌です…。僕は…君を失くしたくない。そんなこと言わないでください。」
子どものようにいやいやをする僕を、友人はまだ叱咤する。
「それなら何すればいいかなんて分かってんだろ?ちゃんと言葉にしろ!」
「あきらめません。が…頑張ります。頑張りますから…。」
これは僕の本心からの言葉だった。
僕は彼の足にしがみついた。縋りついたと言った方が正しいかもしれない。とにかく許してもらえるなら何でもよかった。
「僕を…吸血鬼の僕を、見捨てないでください。」
そう言った時、けたたましいブザー音と共に遠野の声が聞こえた。
『はい終了―――ッ!』
ぶちっとマイクの音声が切れると、天井に備え付けられた出入り口が開いて白衣の男たちが出てくる。すぐさま友人は引き離され、僕の口に血の入ったビーカーが当てられる。僕は抵抗することなく、それを享受した。喉をとろとろとしたものが流れ落ちていくと、ささくれていた心が落ち着いていった。浅くしか吸えなくなっていた息も、深くなる。
『以上で実験は終了しました。1時間後に実験に関する分析の資料を公開いたします。2時間後には会見を開きますので、報道機関の皆さまは指定の場所にご移動ください。なお、その際には事前に配布いたしましたテキストもお持ちください。今回の中継された動画は、国のホームページからいつでも見られるようになっておりますので、ご覧になりたい方はお持ちの端末にて確認してください。なお、明日には吸血鬼に関する情報のみを載せた特設ページもご用意いたします。以降は情報局に連絡する前に、そちらにも目を通していただきますようよろしくお願いいたします。情報局の電話番号は……。』
そうしていくつかの義務的な放送が終わる頃には、僕は興奮状態から本来の姿に戻っていた。鎮静剤も打たれたらしく、ぐったりとした僕はまたも担架に縛り付けられ、部屋の外へ運び出される。その後ろには誰にも付き添われることなく、友人が続いた。
「やぁやぁ!昨日ぶりだね。お疲れ様。」
部屋を出ると、手を叩いて僕らを迎える遠野の姿があった。無数のモニターに囲まれて、首にはマイクとヘッドホンをぶら下げている。どうやら、僕らのいた部屋の真上で放送がされていたらしい。僕は遠野に応対するのも億劫で、無気力にその様子を見ていた。
「いやぁ、君達ならやってくれると思っていたよ!とても興味深い資料が取れた。これで、吸血鬼と人間の和解の第一歩が踏み出されたわけだ。歴史的な瞬間だね。実に素晴らしい。面白いものも録れた。」
そう言ってイスに座った遠野は、モニターを操作して、僕らの中継の様子を再生した。音声はないものの、友人がカメラに向かって叫んでいるところだった。友人がそれを見ながら失笑している。
「まさか温厚なはずの友人君がこんな大胆な行動に出るとはね。情熱的だねぇ。青春だねぇ。どういう心境の変化かな?」
「あの時は…無我夢中で……。」
友人はそこまで言ってから、言葉を切り、「いや…」と否定した。
「素直に思っていたことを言っただけです。俺は吸血鬼と人間がちゃんと共存してきたことをコイツから聞いて知ってたし、それで社会が回ってることを知ってた。でも、昔はそれを真っ向から否定するヤツばっかで、吸血鬼が力を持ってなくて、対抗することも自分達を証明することもできなかったから、こんなことにになっちまった。でも、それは違う。今はもう共存してるっていう事実があって、その上で交渉に出てる。だから、話せば分かってもらえると思ったんだ。」
建前ではなく本音で話そうとする友人は、この何時間かでとても成長したような気がした。彼は頭脳は僕らより数段格下であるのに、僕らの行きつかないような答えにたどり着いてしまう。壁なんてものを飛び越えて、何でも受け入れてしまう。
僕の告白を受け止めてくれた時みたいに。
友人の言葉聞いて、遠野は意外そうな顔をした。
「とんだ理想論だね。」
「理想は叶えるためにあるんだろ?」
「……友人君は本当にそう思うのかい…?」
遠野の声が一段低くなった。何かをうかがうような、緊張感があった。でも、友人は物怖じすることなく答えたのだ。
「思うよ。今んとこの俺の理想はアンタらと同じだよ。吸血鬼が…というよりコイツが、気持ちよく生きていけるような社会が作れるもんなら作りたい。だって、俺はコイツに会ったからここにいるし、コイツに会ったからこの計画に協力できた。それを後悔していないどころか誇りに思ってる。きっと、俺らの他にも、そういうヤツらがいるはずだから。」
「そうかい…。」
友人に答える遠野はやはり、絶望したような目をしていた。
だが、友人の次の一言で様子が変わった。
「人間も吸血鬼も関係ない。みんな、幸せにならなくちゃいけない。きっかけなんて簡単でいいだろ?そのための希望としての理想論だ。」
そう言い放つ友人には全く迷いがない。僕には後光さえ差して見えた。
幼い頃から、人間は僕らを蔑み、差別しているという教育をされてきた僕らは、人間を利用する物としてばかり思ってきた。そうでもしないと立ち向かう気力がわかないからだ。それなのに、彼は一緒に《幸せ》になろうと言ったのだ。
吸血鬼たちが、求めているだろう言葉を、誰にそそのかされることもなく、自ら口にしたのだ。
僕は目を見ることに関して、友人程長けているわけではないが、遠野の目に、確かに希望の光が宿ったのを見た。
そんな遠野がニヤッと笑った。
「それじゃあひと仕事してくるよ。私の会見、ちゃんと見てね。」
遠野はそう言うと、スーツを翻して部屋を出て行った。
その足取りは、杖を使っていないのではないかと思うほど軽やかだった。
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