祭壇の少女

「ほんなら話は終わったし、俺は行くで」


 まさかの事態に発展してるけど、兎に角戻ったらやることが山ほどある。

 いや、出来てもーたんや。


「そうか―――うちはもーちょっとここでリューちゃんと話していくよって―――現界あっちはあんたの好きなように動いてみ―――」


「……わかった。接続コネクトはしても良ーねんな?」


「それもあんたの判断でしたらえーわ―――。これからはあんた等の時代やからな―――」


 ばあちゃんから、完全に自由な行動の許可を得た。

 その代わり戻ったら、俺の判断で動かなアカンのや。

 ウッカリでは済まされへん事もある。

 冷静に、正確に、でも迅速に対応しなあかん。

 ―――それが一番難儀やねんけどな……。


「ほな、行ってくるわ!」


「ん―――行っといで―――」


「龍彦チン―――頑張ってきーや―――」


 事態の深刻さを感じさせへんばあちゃんとリューヒの声を後に、俺はフリュークスを出た。





 フリュークスの世界が暗転して暗闇の中に突入したと思ったら、俺は現界こっちで眠りから目ーさめた。

 多分寝てた……んやろう。

 けど、寝起きやっちゅーのに、体はすぐに動いた。


 まずはよもぎの容態を確認して……それが蓬との、今生の別れになるかも知れんけど。

 それから地脈に接続コネクトして、利伽りかの場所と安否を探る。

 ビャクはどーせ蓬の事も、利伽の事も手伝わんやろーから彼女と話すのは後回しや。


 俺はそれらの事を考えながら、いつも稽古で使ってる胴着に着替えて部屋を出た。

 廊下を歩く時に出来るだけ足音を忍ばせたんは、神流かんなに気づかれん為や。

 昨晩見廻りやった神流は今はグッスリ眠ってる筈やけど、勘の鋭い神流の事や。

 どんな些細な音で目をー覚ますかわかったもんやない。

 しかし神流にしても、利伽にしても、ばあちゃんにしても……。

 この山に携わる一族の女性っちゅーのは、なんでこんなに勘が鋭いんやろ……。


 無事? 神流の部屋を通り過ぎて、俺は社殿の裏の道場に着いた。


 道場の中央には簡易ながらも、強力な神気漂う祭壇が設けられてる。

 四方に奇竹いみだけ (笹竹)を立て、それを繋ぐように注連縄しめなわが張られてる。

 4本の注連縄には紙垂しでが飾られ、僅かにゆらゆらと揺れてた。

 ほんまやったらその中央には御神体をまつ神籬ひもろぎがあるはずやねんけど、今は護摩壇が据えられて、弱いながらも炎を吐き出してる。

 その護摩壇の前に、蓬は寝かされてた。

 着替えさせられたんか、薄い白装束を身に付けて寝かされてる蓬は、ほんまに死んでもーたみたいやった。


 俺は彼女の傍らにひざまずいて、そっと彼女の頬に手を当てた。

 俺と彼女の間に、何かがある訳やない。

 親しいとも言えん。

 接した時間も僅かやし、到底親密とは言えん。

 それに蓬は、勝人かつとを操ってる“人喫の化身”のしゅを受けた、闇に堕ちかけてる尸解仙しかいせんや。

 立場としては敵味方の筈やった。

 けど、何でか彼女を放っとかれんのや。


 僅かな時間、無言で彼女を見つめる俺の背後に、ゆっくりと何かの気配が近付いてくるんが解った。

 簡素とはいえ強力な祭壇が組まれてるこの道場に、よこしまな化身は近付けん。


「……ビャクか……」


 だから俺にはその気配が、すぐにビャクやと解った。

 

「ほーらニャ、タッちゃん。碌なことにならんかったニャろ?」


 今は人の姿をしてるビャクは、それでも猫のように足音を立てることなく近付いてくる。


「……お前、こいつがどう言う奴か、知っとってんな。それと、利伽に近づく勝人がもう、化身の操り人形になってたちゅーことも」


「ん? ああ……うん、知ってたよ? ……それが? どーしたニャ?」


 ビャクには全く悪びれた様子はない。

 それどころか、護摩壇に焚かれた揺らぐ炎の陰影で、その表情は怪しく微笑んでるよーや。

 まるで……猫みたいに……。


「……お前の事は、ばあちゃんとリューヒに聞いた。けどもし、今利伽も蓬もおらんよーなっても、今のお前とは結婚出来へんで?」


「なんでーニャ!」


 俺の言葉に、それまでどこか涼しい顔……いや、満足か安心か。

 兎も角不安の色が全く浮かべてなかったビャクの顔に、困惑の表情が浮かび上がった。


「お前の考え方とか価値観は、今の時代に合ってないんや。もっと言ーたら、そのやり方は俺は好かん」


「えー! ……折角……」


 言い放った俺に、ビャクは不平を鳴らした後、ブツブツと愚痴り出した。

 ビャクの言いたいことは解る。


 ―――折角、大した労力も使わんで、一晩に邪魔者を二人も排除出来たのに。


 そう言ったとこやろ。

 ビャクにしてみれば、これで自分の目的を達成しやすくなるんやろーけどな。

 ビャクの考えは、かなりしっかりと植え付けられてる。

 生まれた時から一昔前の教えを叩き込まれたんや。

 しかも淑女教育よりも、権謀術数の方か……。

 らしいっちゃー、らしいけどな。


 ―――ドクンッ!


 その時、蓬が寝かされてる場所から、何か得体の知れん気味の悪い音が聞こえたんや。


 俺とビャクは、同時にそちらを見た。

 さっきまで静寂を保ってた蓬の体から、仄暗い霊気が天井に向けて真っ直ぐ立ち上ってる。

 その霊気が禍々しい物を含んでるんは、すぐに解った。

 俺達が見てる先で、蓬は手も足も使わずに、スーッと立ち上がった。

 いや、その表現はちょっとちゃうか。

 それまでの一連の動きは、宙を浮いたまま行われとった。

 足を使って立ってる訳やない。

 今も宙に浮かんでる。


 蓬は目は開いてるけど、俺達なんかまるで見てないような瞳を湛えてた。

 虚ろで、焦点がまるで合ってない。

 これがばあちゃんの言ーてた、化身に対する反応か?

 人喫の化身が近付いてきたから、蓬が反応したんか?


「ビャク……?」


「うん……こニョ御山に、蓬の霊気を辿って近付いてくる化身が一体と……人間が二体。これは……タッちゃんの友達と……利伽様ニャ……チッ」


 ビャク……それは露骨やろ。

 ここまで来たら、俺も怒る処か呆れ返って苦笑いしか出んわ。

 と、目の前の蓬が、スッと右手を俺に向けた。

 同時に凄まじい衝撃が俺を襲って、俺は大きく後方へ吹き飛ばされた。


「ぐわぁ―――っ!」


 道場の壁に激突! ……せんかったんは、驚くべき速さで俺の後ろに回り込んだビャクが霊気のクッションを作り出し、俺を守ってくれたからやった。


「サンキュー、ビャク」


「これくらい、ニャんでもないですニャー」


 やっぱりビャクは、誉められ慣れてないな。

 

「ビャク、頼みがあるんやけど」


 ビャクにもたれ掛かってた自分の体を起こして、俺はビャクに切り出した。


「何ですかニャ? タッちゃんの頼みやったら、大抵の事は聞きますニャ」


「蓬を……お前に任せたいんや」

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