みどり変わりゆく11月のこと-1


「ただいまより、第46回文化祭を開催いたします。」


校内に一斉に文化祭開催を告げる放送が鳴り響いた。準備するだけでも、もう十分疲れたな。そんなこと言ったら、朱里たちに笑われてしまいそうだけれど。


「翠ー!やっと文化祭だねー!本っ当に楽しみだよ!」

「そうね。」

「あ、翠、ちょっと反応にぶい!…もしかして、それ、着せたこと怒ってる?」

「…もういいわよ。さぁ、お客さん入ってくるわ。早く残りの準備済ませましょう。」

「わぁ、やっぱり怒ってる。いいでしょ?こんな時くらい…。ね!午後はこっちもあるんだよ!一緒に着ようね!」


全く懲りないわねぇ、朱里は。人の話なんて聞いちゃいないんだから。この服だって、私が着なくていいって条件でというはずだったのに、どうしてこんなことになっているのかしら。

2着目は着ないからね、と言おうとして朱里の方へ向くと、朱里はそこにはいなかった。まったく落ち着きのない子。文化祭を1番楽しんでいるのはきっと朱里だろうと思う。

また顔を合わせた時に言えばいいかな、なんて思って人の入り始めたクラスの喫茶店へ出ようとした時だった。


「翠。」


後ろから呼び止められて振り向いた。振り向かずとも声の主は分かっていた。この声は青真の声。中間的な声より少し低く柔らかく響く声がした。


「何、青真。もうそろそろお店に出なくちゃ。」


…返事がない。私は未だ嘗てない気まずい沈黙にどうしたらいいかわからなくなった。どうしたらいいのかしら。こんな時沈黙を破ってくれる朱里は今いないのに。これが朱里との間だったら(ありえないけれど)、紫苑との間だったら(よくなるわね)、白斗との間だったら(そもそも2人きりになりたくない)、こんなに悩みはしないのだけれど。どうしてかしら…。


ふと我に返って青真を見上げると、青真は1人百面相をしていた。赤くなった顔は困惑の色を見せ始め、その影に焦りをにじませているよう。


「どうしたの?」


私はもう一度尋ねる。でも返事は返ってこない。こんな青真は私も初めて見た。朱里や紫苑は見たことがあるのかしら…。そう思うと少し胸がちくりとした。

あまりにも長く動きを見せない青真に近づき、目の前に立ってポンと肩を叩き、名前を呼んでみた。


「ねぇ、青真。本当に、どうし…。」


「たの?」と言い切る前に、青真はビクッと体を震わせ、耳まで一気に真っ赤に染めた。


「な、なんでもない。ごめん。」


そう言い捨てて走り去った。私はその姿を呆然と眺めるだけだった。本当にどうしたのだろう。なんだかモヤモヤする。


「山科さーん。もうそろそろ表出れる?人、増えてきちゃった…ってあれ?葉山は?さっきまでいたよね。」


声をかけてきたクラスメイトの質問に軽く答えて、私は表へと出た。



その日1日、朱里が終始ハイテンションな様子でいるのを横目に私はモヤモヤを抱えながら過ごした。恥ずかしくて着ていたくない服を着て、不本意にニコニコして。慌ただしいのに朝の青真の姿がちらついて落ち着かない。私としたことがなんたる醜態を…。


いつの間にか青真は戻っていたけれど私に話しかけようとする素振りは見えなかった。私に係の仕事以外のことで話しかけてきたのは、私に2着目を着せようてきた朱里と、「へぇ。かわいいじゃん、翠。」なんてニヤニヤしながら言ってきた白斗と(相変わらずそういう所が嫌)、「やばっ、めっちゃかわいい。ねぇ、連絡先教えてよ。」と言っては紫苑に睨まれて縮こまっていた近くの男子校の生徒くらいだった。

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