ビンビンに立(勃)ったのはフラグです。

 「あ゛ー紹介するぞ朝緑あさみどり謳歌おうかだ。仲良くしろ、命令だ」


 「朝緑 謳歌です。ハーフですが父が和名好きでなので、苗字は母のものです。何かとご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞ宜しくお願いします。」


 窓側の席だった俺は見た、クラスの怒号で窓ガラスが震えるのを!これぞだな!ってその立ち位置だと俺、十中八九モブだな。


 まぁクラスメイトというのはクラスの民に認識されて初めて意味をなされるものですし、関係ないですし、クラスの風景画にも影でしか書かれないようなモブですし。


 「ってことで、これでホームルーム終わ…」


 「待ってください、浦華先生。先生も含め、みなさんにお聞きしたいことがあります」


 「ん?自己紹介かなんかか?」


 いいえ、とひとこと言ってくるりと黒板に向き直ると白チョークを手に取り何やら人名らしき字を書き始めている。湧きに湧いていたクラスも、一転して書き出す字一文字一文字を唱え始めている。


 『さくら


 『


 『あん


 『?』


 「この、桜葉さくらばさんという人物に心当たりはありませんか?」


 その表情には焦りが見受けられた。何故だかわからないがそれなりに重大な理由があるのだろう。


 「すみませーん、下の名前はどうやって読むんですか?」


 「ごめんなさい、桜葉さくらばと読んでいるのも私の勝手でしかありません。下の名前は漢字が苦手なのでどうにも読めなくて…」


 んー、杏樹って名前を一般的に考えれば〝あんじゅ〟と呼ぶのが普通だよな。ってことは女か?


 「ねぇ、ハルちゃんは心当たりないの?」


 「千尋こそ人の名前覚えるのは大の得意だろ、記憶にないのか?」


 「うーん、記憶にないかな。少なくとも私があった人の中にはいないと思うよ」


 へぇー、千尋が知らないってことは、この辺りに仮定〝桜葉〟さんという人はいないということになるな。ホント、年相応の付き合い方ってものを知らないもんな。普通に近所でマダムたちと世間話してるもんな。もはや、この辺の主婦たちの首領ドンなんて呼ばれてるもんな。あー、おそろし。


 案の定、ガラスを震わせていた歓声は、俺たちと同じような粒々とした話し合いに変わっていた。


 「おい、お前知ってるか?」


 「いいや、知らないさ」


 「他のクラスにはいないのか?」


 「そもそもその人って高校生なんですか?」


 「いいえ、母の知り合いのようなので年はそれなりの方だと思います」


 「だったら先生の数多に排出してきた生徒たちの中にはいないんですか?」


 「悪いが、私にも思い当たるところはない。あと今生意気言ったのは小鳥遊だな。コロ……いや、用があるからあとで職員室にこい」


 あーあ、この人もう要件言っちゃってるよ。もちろんいかないけど。


 「みなさん、知らないようですね。すみません、お時間を取らせてしまいました」


 「ああ、全くだ。これ以上時間を取るつもりはないからサッサと席につけ」


 と言われると、浦華先生に一つ会釈をして空いている俺の後ろの席に着席した。この時点でフラグ立った気はするけど、気づかないふり、気づかないふり………


 「あと朝緑の世話役だが……前の席の小鳥遊、お前がやれ」


 「え、ちょ……」


 いや待て待て小鳥遊 優音。断るにしても転校生を傷つけず、かつ俺の貴重な休み時間を侵されることのないように最善の一手を打たなければならない。最善でなくてならない理由は幾つかあるが、一番の問題は俺の前列にはびこるクラスメイトたちの両目を釣り上げた表情に現れている。特に男子たちの視線には殺気が込められているような気がしてならない。いや、逆にこの状況を利用すれば………よし、


 「せんせー、朝緑の世話役の件なんですが…大変残念ですが他の目を輝かせてこちらを見ている方々にお任せたし方が良いかと思います」


 補足すると目を(動向を)見開いて、(ギロリと)輝かせている方々のことを指している。


 「あ?ダメだ。朝緑にはお前を職員室に来させるための監視役としての仕事を任せてある。従ってお前の世話役の任はついでのようなものだ。文句は受け付けん、重要な事柄を履き違えるな!」


 この人、俺への処罰>転校生の世話 の不等号が成り立っちゃうあたり、先生としての倫理ってものを持ち合わせていないようだ。おかげで明日上がるお日様を拝めるのか心配になってきたよ。


 「おっと、一時限目が始まってしまうからな。私はもう行く。小鳥遊をよろしくな、朝緑」


 力任せに教室のドアを開け、出て行く先生を引き止める術など俺は持ち合わせているはずも無く、泣く泣く要求を受け入れることとなった。それに今回、一番の被害者となったのは謎の美少女転校生 朝緑 謳歌のほうである。あからさまに嫌がって彼女の気に触るようなことをしようものなら、俺は明日の日の出どころか、今日の夕日すら見ることはないのかもしれない。


 「あー、なんだ?その…なんか…わ、悪いな」


 なんかすいません、男子の皆さん。


 「いいえ、こちらこそお手数をおかけします。


 え、いきなりファーストネームってちょっと気さくすぎやしませんかね。


 「ああ、よろしく」


 「はい!宜しくお願いします」


 でもまぁ、悪い子では無いようだ。




 ■ ■ ■ ■




 その後の日常は、今日提出のプリントの出席番号の欄に〝3〟と書いて提出して教科係の大川に呼び止められ「おいおい、出席番号3番は俺だぞ?」と割とマジな顔で言われて赤っ恥をかいた。昼休みには、しばらくの間食べられないであろう母の愛息(自称)弁当の中身の金平牛蒡きんぴらごぼうが肉に巻かれていたのはいいのだが、その横に銀紙で包まれた別口の金平牛蒡が詰め込まれていて「趣向を凝らしてみたんだよ。ふふふ、テレるなぁ」と言いたげにドヤ顔する母親の顔が浮かび「愛妻ってより、根菜じゃんか」などとセルフツッコミをお見舞いしたくらいである。その他、俺のそれ日常に何ら特別な変化はなく、時間は順調に消化されていった。


 そして、放課後、、、、

 

 「よしお前ら、逃げずに来たな。先生は優秀な生徒を持ってたった今、感激に噎び泣きしてしまうところだったよ」


 「それは仕方ないですよ。先生だってホラ、もう歳でいえいえなんでもありませんからその殺気はやめましょうね」

 

 「まぁ何にせよ朝緑よ、学校の方はどうだ?」


 「その発言がもうババくさ……め、面倒見のいいお姉さんって感じでとてもお美しいですね。はい」


 もう目を見なくてもわかっちゃったよ。オーラすごいもんこの人。


 「はい、クラスの方々はとても優しくて転校生の私にも気さくに接してくれる方々ばかりです。これからの高校生活が楽しみです!」


 まぁ、なんとおあつらえ向きの回答なんだろうか。そして、なぜ、嫌味に聞こえないのが不思議でならないよ。


 「それは良かった。二年三組担任として嬉しく思うよ」


 手元にあったコーヒーをひとくち煽ると、ふぅーと一つ息を吐いてリラックスした体勢をとった。


 「ところで朝緑よ。部活動はもう決めたか?」


 「いいえ、部活動には入らないつもりでした。私には探さなければいけない人がいますから」


 その人物とは朝に言っていた桜葉という人のことなのだろう。そして今気づいたことなのだが、朝緑がその人のことを話すときの表情からは、鬼気迫るものが感じとれる。


 「では丁度いいな。朝緑、優音こいつと一緒に新聞部へと入部してくれないか?」


 「俺への意思確認をサラッと省くあたり悪意しか感じられませんね。モテませんよ?」


 「お前の意思など知ったことか、この一週間に溜まったあらゆる無礼の賜物だと思え」


 「でも浦華先生。なんで私も新聞部への入部を勧められているのでしょうか?」


 「ふむよくぞ聞いてくれた。知っての通り、我が校の新聞部は創立当初からの古い歴史を誇っていてな。それなりの資料と情報を蓄積しているのだよ」


 「そこに、〝桜葉〟という人物の手がかりがあるかも知れない、ということですか?」


 「その通りだ。希望的観測ではあるが何もないよりはマシだと思ってな。どうだ、興味はないか?」


 


 「いいえ、その話、是非引き受けさせてください。実の所これと言った情報もありませんので助かります」


 「そうか、ありがとう。さっきも言ったが小鳥遊には資料整理役兼荷物運び役兼お茶入れ役として新聞部に加わってもらう。いいな?」


 新聞部の日陰作業だけが連ねられた役職は実に俺らしくていいな。しかし、浦華先生この人は俺のことを事務員さんか何かと勘違いしてると確信したよ。日陰部署移動とか、高校は人生の縮図だったんだなと今更気づいた俺に助け舟などくるはずもなく。


 「どうせもう揺るぐことのない人事なんでしょ?だったら社畜は社畜らしく使い潰されるまで馬車馬のように働いてやりますよ」


 「ふむいい返事だ。新聞部の活動内容などは追って連絡を入れる。二人とも明日までにこの登録用紙を記入してきてくれ」


 「わかりました」


 「しゃーないですね」


 「では、今日は帰りたまへ。部活動は明日から開始する」


 浦華先生は明らかに何かお企んでいるような顔をしていて、とても新聞部入部だけでことが尻すぼみになる様子ではなかった。それでも俺がようげな口を挟まなかったのは、横目で見た、彼女が希望に頬を赤く染めた顔を曇らせるのはちょっとだけ惜しい気がしたからだ。


 そこから何を話すわけでもなく教室に戻り、お互いに短い挨拶だけを交わして帰路へと着いた。

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