安売りならやっぱり弥生スーパーでしょ!

 新入生が入ってきて一週間も経つとなると、いかに北国の桜と言えども多くの木々でチラホラと緑の顔を覗かせている。


 叶学園と名前にもある様にこの学校のシンボルは桜の花となっている。そして、一本道にはその名に恥じない多くの桜並木が立ち並びんでいて、今俺はその中腹辺りを歩いている。不意に、何と無く後ろを振り向くと、太陽は今にも校舎にかかりそうなほど落ち込んでいた。桜の花びらは校舎の陰から漏れる薄い暗い紅色を取り込んでいる。


 すると、桜の木々は顔色を変えた。


 そのピンクは茜色に燃え、より一層に鮮やかさを増していた。


 俺はこの時間の桜がとても好きで、去年の春もこの数百メートルはある一本道は歩みを緩めていた。今でもそれは変わらない。


 すぅーー、、、、ふぅーー、、、


 立ち止まり、目をつぶり、深く息を吸い込んだ。期待通りに、春風にのった桜の甘い匂いが俺の鼻腔びこうくすぐるる。普段は1人くらい人がいるのだが、誰もいないこの貴重な時間だからこそ、その豊潤な空気を人目を気にせずに楽しむことができた。いつもなら遠慮してしまいそうなシチュエーションだが、今日一日を乗りきったささやかなご褒美としてありがたく受け取っておこう。


 ただボーっと桜を見つめているだけ。それだけのことがこれ程まで新鮮に感じてしまうのは、やはり今日一日がそれなりに濃い内容だったからだろう。しかし、静かで優しい空気というものはそんな大味な記憶も案外悪いものじゃないと思わせてくれる。


 そうえばあの夢に似てる気がする。それどころかこの光景をベースにあの夢を見ているような気さえしている。しかし、がそこから先への扉を固く閉ざしている。………とは言っても、それも気がするだけなのだが。


 だが、俺は考えるのはここまでと決めている。ハッキリとしないものに自分の思考を占領されるというのは、やはりいい気になれるものではない。


 そして、ゆっくりと目を開ける。


 先程まであった桜はその姿を失い、太陽はすっかり校舎に隠れてしまった。そうして、天秤にかけたように上がってきた白銀の光は、また違う印象を桜へと与えていた。


 空を見上げてみる、、、深い紅色に疎らな星屑が散りばめられていた。


 思考することをやめ、現実へと帰還する間には、決まってこの果てしない虚無感に襲われる。妙に際立つ風や木々の音は、胸の内に大きく開いた穴に反響し、脱力によってそれはより一層大きなものとなった。


 日も傾いてきたことだし、そろそろこの事象に俺なりの名前をつけて終わることとしよう。



 この感情をなんと言ったかな?



 ………あぁ、思い出した。この感情は、、、



 きっと、何かが終わったなのだろう。





 「アニキー!」


 ……………


 「ア〜ニキ♡」


 …………………


 「あ、アニキ?」


 ………………………


 「………………………」


 ……………………………おっ?


 「小鳥遊 優音 17歳 童貞!」


 「うるせぇー!それを言うな馬鹿者が!」


 動揺なんてしないぞ!だ、だって今時の高校生男子はみんな草食系って聞くし!経験ない人の方が多いって聞いたことがあるような気がしないでもないような気がする。


 「まぁ最近は経験者の方が少ないっていうし仕方ないって言えばそうですよね」


 「だったら余計なこと言わんでいいだろ。あと声がデカイ。お前はもっと節度ってもんを学べ」


 あ、節度を学んでも羞恥がないから自制が効かないのか。だったらもうお口チャックだなっ!ってやだこれなんか懐かしい。


 「仕方ないですね。では、今から捨てに行きましょうよ!俺の純ケツで♡」


 授業終わりでも部活終わりでもない人通りの少ない時間に帰っている偶然に感謝の念を送りたい。クラスメイトならまだしも他の人たちにこの会話を聞かれると後々に厄介なことになりそうだからな。そうして、身の安全とささやかな安心を手に入れた俺は、柚木の言葉を遮るフィルターを自分の中に構築した。


 「よーっす、優音!」


 「あー、ハルちゃん」


 「ああ、千尋と愛木か。2人とも今帰りか?」


 「まぁねー、バド部は今日休みだから図書室でベンキョーしてたんだぁ〜。偉いでしょ!」


 そりゃ愛木の専属教師は千尋にしか務まらないからな。バカすぎて(哀)


 「コノヤロー!今なんていったー!」


 愛木はそう言うとはずの場所へと駆け出し、そのままボコスカ1でやっていた。


 「千尋、お疲れさん」


 「ハルちゃんもかなり絞られたみたいだね。今度は何押し付けられたの?」


 「決まってるだろ、


 「ほほーう、巻き込まれ体質のハルちゃんに面倒ごとを押し付けるなんて、、、浦華先生は転勤してきて一週間しか経ってないけど、ハルちゃんの使いどころを心得ているね」

 

 「今の発言に直々に訂正を加えてやりたいとは思うが、さっきメールで2人分の夕食を頼まれてな。俺だけならカップラーメンでも開けて楽できるんだが、、、美咲と母さんはうるさくてな」


 手料理でなきゃダメ!とか作るの誰だと思ってんだよ。特に美咲は手伝いもしやがらねぇ。

 

 「じゃあ、美咲ちゃんは晩御飯を食べてから来るのかな?」


 「ああ、でもコンマ1秒でも俺の顔を見るのは嫌だろうしらスグにそっちに行くと思うよ。そんときは宜しくな」


 「うん、ハルちゃんも暫くの間一人暮らしを楽しみなよ」


 「おう、じゃーな。愛木も、また明日ー!」


 「ほいさー、また明日ー」


 地面に置いていた鞄を取り上げると、千尋と愛木と愛木にボコられてる通りすがりの高校生に小さく手を振り返した。その後、少しもたついてしまった遅れを取り戻すために、藍色に染まった空をスーパーに向けて駆け出した。




 ■ ■ ■ ■




 「ふぅー、ついつい買いすぎてしまったなぁ…」


 千尋たちと別れた後、まっすぐにスーパーへと赴き、小一時間ほどタイムセールの荒波に身を投じていた。その甲斐あって、今日の戦果も満足のいくものだった。


 「唐揚げとポテトサラダは今日の晩御飯、金平牛蒡は俺の弁当に詰めて…、、、あ、焼き鳥も買ってきてたっけ?それも弁当行きだな」


 って、もはや俺も立派な主夫だな。


 両手にはエコバックを、肩にはスクールバックとリックサック。中々の大荷物だが、いつも行くスーパーから家まではさほど遠くはない。道中一、二回は休みながらも10分程度で我が家に到着した。


 


 ■ ■ ■ ■




 ただいまの挨拶をすると、返ってきたのは長い沈黙、、、と思ったが風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。部活終わりの一風呂ひとふろということなのだろう。


 「まぁいいか、どうせいても居なくても同じようなもんだし」


 長男の愚痴、、、と言うか兄の悩みをツブツブとこぼしながらリビングのテーブルに食材を置いた。


 「さて、、、今日の晩御飯はカツ丼と……」


 エコバックから取り出していた食材を置く手が止まり、テーブルの上にあった古びた封書と置き手紙に目が移った。手に取ってみると、どうやら母さんが書き残して行ったものらしい。


 「えーっと、、、」


 『母さんはこれから行くけど二つ伝言があります。一つ目は、、、』


 〈ガチャ〉


 風呂場の戸が開く音がした。残念だが、俺に流し読みをするには少し長めの置き手紙を読む時間を我が妹が俺に与えてくれる希望的観測は存在しない。戸の音を聞くと反射的に、着用していたエプロンのポケットにその手紙と封書をしまい込み、急いで晩御飯の支度へと戻った。


 〈トントンントン、、、、、、ガチャ〉


 「おい、美咲。今晩御飯作ってるからちょっと手伝って、、、」


 「え、あのぉ、、、お邪魔してます」


 「………………………………………………………………………………………………ひぇ?」


 おいおいおいおいちょ待って待ってくださいお願いいたしますって誰に言ってんだかワカンねぇーよ。それはどうでもいいけど!見間違いか?あ、これあれだろ!頬っぺたつねったら「おわぁ!………あぁ、なんだ夢か、、、」ってなるお約束のアレだよな!?…………い、いてぇ。ん?え、違う?


 「あ、あのぉ、、、優音さん?」


 「いやぁ、、、えーっと、、、そのぉ、、、、、、、ここの家ってウチと間取りとか家具とかちょ、調理器具とかぁ!?い、一緒ンなんですねぇ……へぇー!ビックリしたぁ!?」


 「いいえ、多分ここは貴方の住んでいる家で間違いないと思いますよ。しかし、その驚き方をみると春さんからは何も聞いていないのですか?」

 

 「え、母さんから?」


 思考すること数秒後、エプロンのポケットに入れたあの置手紙を取り出し続きを読み上げた。


 『、、、一つ目は、今日から朝緑 謳歌さんという高校二年生の女子があなたとひとつ屋根の下で暮らすことになりました。でも、きっと優音のことだから「年頃の男女が一つ屋根の下って何考えてんだよ!?」と思うかもしれません。でも大丈夫、母さんは信じてるから。優音は女の子の目を見て話せないドグサレチキン野郎だって、信じてるから。まぁ美咲もいないし、互いの了解の上なら母さんは特に感知はしないので楽しんで貰ってもけっこ………』


 その一文を読む前に置き手紙はクズゴミへとランクアップし、俺の八つ当たりをその身一つで受けてもらった。


 「えっとね、まぁこの家に住む、という俺が何を言おうとも覆ることのない事項が知らぬ間にあったことはまぁ、まぁまぁ了解したよ。でも朝緑はいいのか?その、俺と一緒にくらすのは?」


 「はい!お世話になる身ですので私の出来ることがあればお手伝いしたいと思います」


 ソユコトジャナインダケドネェーーー!でもツッコミは入れないでおこう。


 「俺と朝緑の2人きりってのは知ってるのか?」


 「はい、知っています。今日の朝に一度ご挨拶に伺いましたので。その時に優音さんの顔と名前も教えていただきました」


 ん?あ、思えばあの時に自己紹介していないのに俺のこと下の名前で呼んでたな。その時は彼女のフレンドリーさに当てられてたから気づかなかった。


 「だったら放課後にでも教えてくれればよかったのに」


 「優音さんはカバンを持ったあたりから急いでいましたし、家に着いてからでも問題はないかなと思いまして」


 そうだった、あまりの気まずさに逃げるようにして帰ってきたんだった。


 すると彼女はリビングにあったバックから菓子折りを取り出しご丁寧にも、


 「そういう事なので、今日から何卒よろしくお願いいたします」


 「えっ、い、いえいえこちらこそ御丁寧にどうも」


 学校での印象と変わらず礼儀正しくいい子のようだ。


 「それと、名前の方は気安くって呼び捨てにして欲しいです。これから一緒に暮らすのでお互い無用な気遣いは疲れるだけかと思いますので」


 「分かっよ謳歌。俺も〝さん〟は付けなくていいぞ。優音って呼んでくれていい」


 「そうですか、ではそう呼ばせてもらいます」


 互いに気恥ずかしさはあったものの打ち解けていくのにはそう時間はかからなかった。


 

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