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 誰かが万理まりを犠牲にして世界を救おうと考えているんだったら、俺はその誰かを殺して、この世界を滅びるに任せておけただろう。だがそうじゃなかった。万理は誰に強いられたのでもなく、自らの意思で犠牲になろうとしている。自己犠牲。この上もなく崇高な行為。だから俺には止められない。

 それでも、俺の中のいちばん弱い部分が未練がましく口を開く。

「忘れたく、ないんだ……」

 万理は振り返って、あきらめと、無限のやさしさを顔に滲ませる。俺はこの光景をずっと目に焼き付けておきたかった。うすく翳った万理の笑顔。鮮やかな蒼に幾筋かの白を流した空。そして遥か天の彼方、残酷なまでに美しく輝く、巨大な星辰の砂時計。

 しかし俺はこの眺めを忘れてしまうだろう。この世界で五年前から積み重ねてきたすべての希望と絶望を。光と影を。悔恨と祈りを。そして愛を、万理を。みんな忘れてしまう。いまの俺が到底耐えられないと思うその喪失さえ、明日の俺は覚えていない。

「おまえだけが、俺に世界との接点をくれた。おまえがいれば、こんな世界でも俺は生きていけるって思った。なのに……」

 万理は消える。いなくなる。神さえ手の届かない、不可能性の彼岸へ去っていく。残された世界で、俺はどう生きればいい?

「えへへ、ありがと。でもだいじょうぶだよ。新しい世界はいまよりきっと、玄野くんにとって、やさしい世界になるから」

 それじゃあ意味がないんだ。

 万理がいない世界で、自分が失くしたものにも気付かないまま幸せに生きていけることがやさしさなら、俺はそんなものいらない。

 喚き出したくなる無数の言葉を、俺は結局口にしない。万理はもう覚悟を決めたのだ。いまさらそれを鈍らせるようなことを言うのは、要するに俺のエゴでしかない。

「きみが忘れたくないって言ってくれる、その思い出があたしの力になる。世界を書き換える力に。だから、ね。信じて」

 そして万理は、魔法少女は、告げる。

「それじゃあ、いくよ――」

 もう一度、光あれと。

「リライト!」

 万色の白が爆ぜた。

 世界の終わりに呑まれる寸前、俺は万理の唇が動くのを見た。その声は発音される端から消滅して、俺の耳へは届かない。

「                     」

 何だよ聞こえねえよ、とか思っているうちに何もわからなくなる。最後の瞬間、微笑む万理のまなじりから、光の滴が飛んだ気がした。

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