ネックレスガール

二石臼杵

落とし物

 深夜の住宅街を、女の子がてくてくと歩いている。

 亜麻色のセミショートで、見た目は中学生くらい。首には赤いスカーフを巻き、白いワンピースが夜に映える。そして背には、彼女の体より二回りも大きなリュックを背負っていた。

 そんな彼女を突然、乱暴なスポットライトが照らす。


「お前かこらあ! 俺をこんな風にしたのは!」

 やかましい排気音とともにそう叫んだのは、魔改造バイクに乗って、黒いライダースーツを着た男。バイクのヘッドライトで少女を威嚇している。

 光と大声を平然と受け流し、少女は口を開いた。

「……ノーヘルはルール違反よ」

「んなこたあどうでもいい! 俺をこうしたのはお前かって聞いてんだよ!」

 ぶおんと、ひときわ大きな声でバイクがうなった。

 それでも少女はまったく動じる様子はない。


「私じゃないってば。私はただ落とし物を届けて回る、心優しい美少女よ」

 彼女が答えるも、バイク乗りは聞く耳を持たない。

「うっせえ! お前だろ!」

 そもそも、その男には耳はおろか頭自体がなかった。首なしライダーというやつだ。ノーヘルどころの話ではない。

 首なしライダーは、どこから出しているのかわからない叫び声を上げている。彼は無駄にエンジンをふかし、フルスロットルで自称美少女を轢きにかかった。


 モンスターマシンが迫りくるさなか、少女はリュックを下ろして中身をあさる。

「首がないと、会話もままならないのかなあ。七兵衛さん、借りますね」

 つぶやきながら取り出したのは、ちょんまげとひげを生やした中年侍の首。

 少女はもう片方の手で自分の亜麻色の髪をつかみ、思いきり上に引っ張る。


 直後、きゅぽんと、ワインの栓を抜くときに似たまぬけな音とともに、女の子の頭が外れた。その頭をリュックの中に放り投げて、少女は武士の首を代わりに自分の体へ取りつける。

 できあがったのは、いかつい武士の頭にワンピース姿の女子中学生。その手には、いつの間にか日本刀が握られている。


「なんじゃそりゃああ!?」

 首なしライダーは驚くが、単車は急に止まれない。

 襲ってくるバイクの前輪を、侍娘の日本刀が迎え討つ。

 タイヤのゴムがリンゴの皮のように剥かれていき、黒い大蛇さながらにうねりながら地に落ちる。ゴムを失って剥きだしになったホイールと刃が衝突し、火花が舞い散った。

 いきおいよくすっころぶ首なしライダーに、武者少女は声をかける。

「どうか、ここらでひとつ、拙者の話を聞いてはくれぬか」

 その口から出たのは、トーンも口調も武士チックな渋い声。女の子の出す声音ではない。


「よくも俺のマシンを! きしょいんだよ、お前!」

 頭のないライダーは、拳にメリケンサックをはめて殴りかかってくる。

「拙者の愛刀が欠けておる。やむをえん。えかると殿、お借り申す」

 サムライヘッドの女子は、白く細い腕でリュックから新しい頭を出す。


 それは、銀色に輝く西洋甲冑の首だった。ふたたびきゅぽんと音がして、武士から騎士の頭に交換される。

「我が名はエッカルト・ベルクヴァイン! 覚悟せよ、賊め!」

 またもや頭に合わせて口調が変わる。鎧ヘッドの美少女(?)の持っていた日本刀も、幅の広い西洋剣になっていた。

「だからなんなんだお前はよぉ――!」

 そう言った首なしライダーのメリケンサックを、ワンピースを着た鎧系女子は一刀のもとに叩き割り、峰で彼の脇腹を打った。

 うずくまる首なしライダーに、彼女は自分の顔を最初の女の子のものにすげ替え、言う。


「最初に言ったでしょ。私は落とし物を届けに来たの。はい、あなたの首」

 少女がリュックの中から差し出したのは、黒いフルフェイスヘルメットに覆われた首だった。

「お、俺の首だ! なんでお前がこれを……?」

 それを受け取り、首なしから普通のライダーに戻った男は喜ぶと同時に、今までなかった首をかしげる。


「私の役目は、あなたたちのような首なしの落とした首を拾って返すこと。さっきの七兵衛さんの首もエッカルトさんの首も、その一つよ」

「そうか。なんでもいいや……。ありがと――よ――」

 その言葉を最後に、ライダーは光に包まれて消えていった。

 彼を見届けた少女は、再び歩き出す。


「ふう。やっと一人終わった。でも、最近になって妙に首なしが増えた気がするなあ。昔みたいに斬首刑なんかはもうないのにね」

 少女が歩みを進めていくうちに、夜は明けて陽が昇り、サラリーマンやOLの群れに出くわした。

 その集団の中にちらほら、首の皮一枚でつながっていて、頭をぐらぐらさせている人たちが見える。けれども、誰もそのことに気づいていない。


「ああ、この不況だから、誰の首が切られても不思議じゃないってことね。首なし候補がこんなに。まったく、これ以上首を失くされても困るのだけど」


 人は解雇されたまま死を迎えると、首なしとなってさまよう。それがこの世界の裏事情だ。

 七兵衛は、天下泰平の世になってお役御免になったらしい。

エッカルトも、雇い主である貴族の没落によって騎士団脱退の目にあったのだという。

 さっきのライダーも、コンビニのアルバイトなど、何かしらの仕事を辞めさせられたのだろう。

 失業者のいる限り、彼女のリュックに入っている生首もなくなることはない。

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