あとがき

 レンタル屋の天使をお読みいただき、ありがとうございます。いやあ、久しぶりに変な話を書き切った充実感にどっぷり浸っております。いひひ。


 一向にまともな話を書かないわたしですが、その中でも今回の話はかなり異質だったと思います。確かに設定はえげつないんですが、その割にはテーマはまともなんですよ。ですので、そのあたりのことを最後にちょろっと書き置いておこうかと。


◇ ◇ ◇


 このお話。気付かれた方もおられると思いますが、元ネタがあります。えとわの第791話で『無性』という話を書きました。それを下敷きに、背景や展開を整備してボリュームアップしたのが本話になります。えとわはショートストーリーですから、わたしは骨格以外すかすかにして読者に丸投げするんですが、その空隙をわたしが自力で肉付けするとこうなるよってことです。


 えとわのボリュームでは書き切れず、そっちを諦めて中、長編に移行させたものは結構あるんですが、ショートとロングで対比させたのは、これが初めてかもしれません。きっと、主人公であるルイの印象が、二種類の話の間ではまるっきり違うんじゃないかと思います。ちょっと変則なんですが、本話は一種の二次創作みたいなものかもしれません。


◇ ◇ ◇


 さて。本作のテーマなんですが、境界ボーダーの消失です。


 わたしたちは自分の周辺をいろんな形で区切って、属性を識別しています。それはわたしたちにとってはごく当たり前で、区切りが存在していることを微塵も疑いません。でもね、その区切り自体が実にいい加減なのもまた事実なんです。

 分かりやすい例を出しましょうか。たとえば、上下関係。役職での上下は境界としては厳然と存在しますよね。でも、気弱な上司に気の強い部下の組み合わせで、その境界がちゃんと機能するでしょうか? そこでは、あるはずの境界がもはや消え失せているかもしれません。


 事実として明らかに識別されるはずのボーダー、たとえば男女であり、親子であり、家の内外であり……。そういう、わたしたちが認識して当然というボーダーをぜえんぶひっくり返したのが、この話なんです。

 そして、ひっくり返されたものがどのように仕切り直されたのか、わたしはその結論を明示しないまま話を締めたつもりです。そうしないと、わざわざボーダーをぶっ壊す意味がありませんから。そこらへんは、みなさんで検証してみてください。


 この話は確かに奇妙なんですが、ボーダー消失自体は決して珍しいことではありません。じゃあ、ボーダーを失ったことによる不利益や混乱をどう収束させるか。そりゃあ、境界線を引き直すしかないんですよ。そして、線を自力で引くのか、誰かに線を引かれるのかによって、ボーダーの持つ意味と重さはまるで変わってきます。

 ルイが一般的なボーダーで識別出来ない存在である以上、全てのボーダーは新規に作成されることになります。それなら境界線は全部自分から引きに行っちゃおう。出来るだけ自由に楽しく線を引こう。それがルイのスタンスです。


 本話のスタート時点ではぱりっぱりに乾いていたルイの感情や感性に少しずつ色がついていく過程は、新たな線引きの試行錯誤です。

 本話ラストでの店長とルイのやり取りが、まさにボーダーを巡る駆け引きの実例ですね。冗談半分ながら天使という境界線でルイを囲んで収納しようとする店長と、レンタル品の範囲という別のボーダーを示してやんわりそれを拒否するルイ。そこにあるのはまだでたらめで乱雑な線ですが、いつかは新しいボーダーへと収斂していくでしょう。よりルイらしく生きられる形へと。


◇ ◇ ◇


 それと。このお話では『にわとり』と『天使』を重要なキーワードにしました。まず、鶏の方から。


 鶏は、鳥の中では異質ですね。羽があってもほとんど飛ぶことが出来ず、人間に飼育されることでしか生きられない存在。一般的にはそういうイメージを持たれることが多いかと。でも、鶏は放飼するとすぐに野生を剥き出しにします。気が荒く、野犬や狐にも果敢に立ち向かいます。無抵抗でやられるだけなんてこたあないんですよ。

 普通の鳥のように空を飛べなくても、生き抜く術はある。そう考えるルイの本性は、まさしく野生の鶏です。囲われて飼われるのはまっぴら。虎視眈々と脱出のチャンスを狙っていましたね。そういう強靭な自我とのほんとした外見のアンバランスが、ルイ独特の雰囲気を形作っていたんじゃないかと。


 そして、天使。


 性格や容姿に極端な棘がなく、上手に聞き役をこなし、感情が露出せず穏やかで、前向きなルイ。鶏小屋から出たあと、いろんな人に愛されるでしょう。そういう特性は、無性であることや数奇な生い立ちと相まって、何があっても俗世の汚れに染まらない天使のように見えるんです。

 でもルイは、天使扱いされることだけは絶対に我慢出来ません。母親が自分の中に囲い込むためにルイの自我を小さく抑え込もうとしたこと。それは……唯々諾々と神に仕えることしか出来ない使を作ろうとする邪悪な試みですから。身体的な特性が天使であっても、人間としての自我や尊厳は絶対に削らせないぞ! 親への悪感情をぎりぎりまで抑え込んでいるルイも、そこだけは頑として譲らないんです。


 自分をレンタルしようとした六人の客は、一人残らず天使としてのルイを借り出し……いいえ狩り出しにきたんです。それは母親がしているのと全く同じ仕打ちで、ルイにはどうしても許せません。ですから、切り札を次々オープンしていた時にルイが叫びたかったことは……。


「フリークスは私だけじゃない。あんたらも全員フリークスだよ!」


 ……なんです。


 しかし。結局、ルイはそれを口に出しませんでした。ルイが激しい罵倒の言葉を飲み込んだのは、自分を毀損きそんする要素をぎりぎりまで減らし、鶏小屋を出た後で普通の人間として生きやすくするためです。でもそれは同時にルイを、どんなハードな運命でも受け入れてこなせる超越した存在、つまり天使のように見せてしまうことになるんです。

 わたしが最後までルイから天使という看板を外さなかったのには、そういう背景があります。内外のイメージのずれは、これからもルイが矛盾として抱えていかなければならないってことですね。


 ともあれ。ルイはとても動かしやすいキャラでした。性格的にうんとひねくれていれば、思考や感情の動きに綾を作りやすい反面、どうしても不自然さやあざとさが鼻につくようになるんですが、ルイはストレートなんですよ。自分の特殊性や境遇も含めて現実をきちんと直視していながら、それでも運命を自力で切り拓き、常に目標を前に置いて歩こうとするタイプ。すごく描きやすいんです。ですので、機会があれば続編を書いてみたいなあと思っています。


 最後に改めてお礼を。こんなえぐい話に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


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レンタル屋の天使 水円 岳 @mizomer

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