第21話 天使なんかじゃない!
私の説明や宣言にまだ納得していない風の植田さんに追い打ちをかける。冷静さを取り戻した植田さんに、理詰めで巻き返されるのは困る。それじゃあ私に勝ち目がない。ここで心情的に完全に突き放しておかないと。
「ねえ、植田さん。私がなぜ手術を受けることにしたか、分かります?」
「男として社会に出るための前段だと……」
「違いますよ。手術を受ける時に母と話をしました。母は、その時のことをはっきり覚えているはず」
かすかに母が頷いた。
「どっちにするの? そう聞かれたんですよ。
「初耳だ」
「そうですか? でもそれは、あくまでも名前をどうするかっていうだけに過ぎません。手術を受けようが受けまいが、私が無性であることは変わらない。それは、母にとって私が実子であることに変わりがないのと同じです」
「ああ」
「見かけを男に近づけることにしましたけど、理由は手術の負担がわずかで済むから。私にとって、手術で装着された『モノ』は、おしっこがしやすくなるくらいの意味しかありません。私の中身は、心身ともに何も変わらないんです。手術を受けたのは、私を変えるためじゃない。鶏小屋を壊すきっかけを作るためだった。それだけなんですよ」
私の自立を支援する。そう言いながら、植田さんはこれまで通りのカウンセリングしかしてくれなかった。自立のために性を決めるという強いアクションを私から起こさないと、結局理屈で丸め込まれる。手術なんかまるっきり無意味だけど、それしか現状打破の方法がなかったんだ。
「外見上の不具合を少しだけ補正すれば、母は迫害を受けるリスクをたてに私を囲い込むことが出来なくなる。もちろん植田さんも、私の自立をもっと強く後押しせざるを得なくなる。私は一気に動きやすくなるんです」
「僕たちはまんまとはめられたってことか」
「人聞きの悪い。薬を盛ってマインドコントロールを企んでいた人に言われたくないです」
植田さんが、ぐっと詰まる。
「手術の時に母に聞かれました。他に選択肢はないのかって。つまり見せかけを似せるだけじゃなく、臓器移植とホルモン療法でどちらかの性に固定しないのかということですよね?」
母さんが渋々頷いた。
「それは全力で拒否しました。私はどちらかの性になりたいわけじゃない。無性の私が、本当の私なんです。だから、母にはこう答えました。人間の他に選択肢があるなら、天使かゾウリムシ……ってね」
ふっ。部屋の中に一斉に失笑が漏れた。
「でも、訂正します。天使は間違いなく最悪のフリークスだ。あんな不気味な存在には絶対になりたくない」
「なんでや?」
「天使は神様の使いですよ。性がないんじゃなくて、性があってはいけない。選択肢なんかないんです。性だけじゃなく、意思にもね。自分の意思を持てず、神様の補助しかしてはいけない天使になったら、私は発狂します」
骨が折れてもいいと思うくらい固く拳を握り締め、私は全力で否定した。
「絶対に、絶対に天使なんか嫌だ!」
「安心せい。誰もルイを天使だなんて言わへんから」
店長が混ぜっ返して。今度は私一人が苦笑した。でもさ、店長。私は……ずっと天使だったんだよ。母と植田さんの前ではね。それはもう嫌だ。もう我慢出来ない。天使なんか、まっぴらだよ。
「まあ、ルイにいろいろフクザツな事情があるってことは、よう分かった。俺だけやのうて、今日来たお客はんも分かってくれたやろ。それでええやないか」
「そうですね」
「ほんなら、あとはルイと親御さんとでよう話しおうたらええ。店員の話は引っ込めへんよ。俺はほんまに困ってんねや。今ルイに出来ひん言われる方がしんどい」
「もちろん、食らいつきます!」
「はっはっは。頼むで。明日にでも下の村尾さん呼んで、引き継ぎの打ち合わせしよ」
「はい!」
「残ってくれたお客はんも、ルイが下の仕事に慣れるまでちょっとだけ待ってんか?これからは下でいつでも会えるから、アプローチしやすいやろ?」
トムとユウちゃんがほっとしたように何度か頷いた。さすが店長だなあ。柔らかく、上手にさばいた。
「ほなら、これまでにしよ。ルイ、呼び立てて済まんかったな」
「いいえー。ちゃんとみんなに説明出来てよかったです」
「ははは。せやな。なんでん、これからや」
「はい!」
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