第8話 獲ってくる
涼真はごそごそと上着を探る。
「妙な動きをするな」モヒカン頭の男が、拳銃を構えなおして警告してきた。
涼真は片手を上げ、害意がないことを示す。彼はもう一方の手で、上着の内ポケットから、小さな人力発電の懐中電灯を取り出した。スイッチをONにして、点灯させる。そして、モヒカン男の目の前に差し出した。
モヒカン男は少しだけ逡巡した後、銃口を涼真に向けたまま、ゆっくりと懐中電灯を受け取り、隣にいた巨体の男に渡した。
「こっちだ」涼真は慎重に体の向きを変える。「照らしてくれ」
その言葉に巨体の男が、涼真の足元に懐中電灯を向ける。その場一帯が鮮明になった。
涼真は歩き出す。
「行きましょう」と彼の後ろでショートヘアの女が言った。
「マジかよ」モヒカン男が声を漏らす。
「銃は構えたままで、警戒しておいて」
ショートヘアの女の言葉が、彼らの意思を決定したようだった。涼真は、この女がリーダーなのだと予想した。
そうして、涼真を先頭とした集団が、懐中電灯の光で照らされた通路を進み始めた。灰色の壁で囲まれたトンネル状の道を、涼真の歩幅に従って歩いていく。五人の足音だけが周囲に反響した。
涼真は先ほどまで、さっきの部屋を拠点にし、噛まれた傷をどうにかしようと、シェルター内で対抗薬を探していた。突然現れた四人の部外者の存在は予想外であり、ほんの少し驚愕した。敵意を剥き出しにして相対したが、結果として彼らのおかげでゾンビロイドにならずに済んだようだ。涼真なりに、恩は感じていた。
しばらく歩くと、T字路に突き当たる。涼真は左に曲がった。ちなみに右に向かう道は、下水道の近くに繋がっており、さらにその下水道は近くの河川に行き当たる。今回、そちらに用はない。必要なのは四人に与えるための物資と車だ。
涼真は後方を一瞥する。依然としてこちらに拳銃を構えるモヒカン男の、警戒心丸出しの顔が目に映った。不審な動きをしたら発砲されるな、と当たり前のことを考えながら、涼真は前方を見据えた。
「ここに居た人たちはどうなったんだろう?」
背後から、ふいに女の声が聞こえた。恐らく、狙撃銃を持った長髪の少女のものだろう。先ほど人質にした少女だ。
「シェルターに避難した人間の結末は基本的に二つだ」巨体の男の野太い声が答えた。「救助されるか、されずに死んでしまうか」
「じゃあ救助されたかもしれないってこと?」
「人骨や躯が見当たらないから、そう考えたいけどな」
涼真には、巨体の男が言わんとすることが大体わかった。
「違うの?」
「もう一つ可能性があってな、全員ゾンビロイドになった、というものだ」
「でも人間以外このシェルターには入れないんでしょ?」
「ああ、だがもしも、人間の中に敵勢力に協力する者がいたら? そいつがゾンビロイドの種を隠し持っていたら、シェルター内でパンデミックが起こってしまう」
「……そんなことあったんだ」
「何度も目にした光景さ。人類は一枚岩じゃなかったという話だ」
巨体の男の、何度も、という言葉の部分に涼真は引っかかるものを感じた。もしや、と思った。だが深くは考えないことにした。恐らくそうなんだろう、という予測に留めることにした。確かめるほどのことでもなかった。
やがて、涼真の前に鋼鉄の扉が現れた。この先だと彼は思った。躊躇わずに彼は、扉の取っ手に手をかけ、勢いよく後方に引っ張った。
扉は内側に徐々に動いていった。
「おいおい、すごい力だな」とモヒカン男が言った。
涼真は特に反応もせず、黙々と扉を開けていった。
そして開き切った時、目の前に広がった風景は、薄暗い地下駐車場の一角だった。出入り口に積まれた瓦礫の隙間から、地上の光が差し込んでいる。そのおかげで、懐中電灯なしでも周りを把握することができた。
五人のすぐ前方に、車が止まっている。それは俗にいう装甲車という類の物だった。
「ティーグルか」と巨体の男が呟いた。
そのティーグルの向こう側に、瓦礫に埋まったトレイラーが見えた。
「食料はあそこだ」
涼真はトレイラーを指差す。
「ボスたちは確認を」モヒカン男は拳銃を下さずに言った。俺はこの男の頭をいつでも吹っ飛ばせるようにしておくから、という言葉が続きそうだった。
モヒカン男以外の三人が、物資の確認に向かった。と思ったが、ショートヘアの女だけはティーグルの運転席に駆け寄っていった。
涼真は静かに動き出す。
おい、と背後から注意された。涼真は仕方なくその場に腰を落とす。
その時、車のエンジン音が聞こえた。
「動くわ!」と運転席に座っているショートヘアの女が声を張り上げる。
「こっちも、缶詰がいくつかあるぞ!」トレイラーの中から、巨体の男が報告した。
ショートヘアの女が車のエンジンを切った時、トレイラーの中から出てきた長髪の少女が、残念そうな表情をしてこちらに近づいてきた。
「きょーへい、お菓子が無かった……」
きょーへいと呼ばれたであろうモヒカン男が、呆れた顔で反応する。
「お前なあ、わがまま言うんじゃないよ。食べれるものがあるだけ贅沢なんだぜ」
長髪の少女は、さらにしゅんとした表情を浮かべる。
「あー……」と涼真は声を漏らしながら、上着のポケットを探る。そこから板チョコの入った紙包を取り出し、少女に向かって投げた。「粉々だぞ」と一応注釈を加える。
少女は包み紙を破り、中のチョコを露わにした。確かに亀裂が入っていた。
「出口の瓦礫をどうにかしたいんだけど」ショートヘアの女が言いながら、近寄ってきた。「爆弾か何かない?」
涼真は答える。「武器はそこにあるので全部だ。爆弾は見当たらなかったな」彼は近くの柱を指差す。そこに様々な銃が、五丁だけ立てかけてあった。
「そう。なら地道にどかしていくしかないわけね」
ショートヘアの女は下唇を噛んだ。
「急いでいるのか?」
「いいえ、そういうわけではないのだけれど。瓦礫を撤去している間に、もしも大量の敵の襲撃を受けたらと思うと、この人数で退けられる自信がないの」
「そうか……」涼真はショートヘアの女を見据えた。「なら獲ってきてやる」
「え、何を?」
「爆弾」
涼真は立ち上がった。「武器、持っていくぞ」
「ちょっと待って。もしかして……」ショートヘアの女は目を微かに見開く。「獲ってくる爆弾って、ゾンビロイドのことじゃないわよね……?」
殺戮機械と荒廃した世界の中で 究極の太郎 @ultimatetaro
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