第7話 機械化
男は柴村を押し倒し、右手の金属片を振りかざす。とっさに赤木が、男の右腕を掴んで攻撃を阻止する。
腕を掴まれた男は、赤木を横目で一瞥し、尚も右手を下そうする。
赤木は目を見開き、そうはさせまいと必死に制した。彼の両腕に青筋が立ち、顔が赤く染まっていった。
男の下にいる柴村は、その間に拳銃を構えようとする。
すかさず男の拳が、柴村の顔面を殴り飛ばした。柴村は一瞬怯む。その隙に男は飛び上がり、俊敏な動きで、自身の右手を掴む赤木の背後に回り、彼を後ろから拘束する。
柴村が起き上がりながら、男に銃口を向ける。男は赤木を盾にし、柴村の発砲を阻む。
男たちから少しだけ遠くにいる水原が、げほっげほっと、体を起こしながら苦しそうにせき込んだ。その瞬間、赤木が男の足の甲を思いっきり踏みつける。たまらず男の口から苦痛の声が漏れ、拘束の力が緩む。男は、赤木の体を蹴り飛ばし、柴村と衝突させた。
「動かないで」
すぐさま夕夏が男に銃口を向け、彼の動きを静止させる。が、次の瞬間、男は地面に転がったパイプ椅子をキックで飛ばし、夕夏の体に命中させる。そして彼女に向かって駆けだす。
すると、赤木の下敷きになっている柴村が、火事場の馬鹿力を発揮し、赤木の体を突き飛ばした。赤木の体は、夕夏に向かう男の体と盛大にぶつかった。二人は地面を転がる。
お前なあ、と文句を言いたげな赤木の視線が、柴村に向けられた。
男はすぐに立ち上がろうとする。柴村は拳銃の引き金に指をかけた。
「撃つな!」と夕夏の声が響く。
柴村の指は止まった。
その瞬間、男は地面にへたり込み、突然苦しみだした。「ぐうう」と呻き声を漏らす。彼は自身の首筋を右手で押さえていた。
夕夏ら四人の頭の中に、?マークが浮かぶ。しかし、すぐに理由は推察できた。
男の左腕から、銀色の金属の塊が皮膚を突き破って現れたのだ。鮮血が舞い、辺りに散布される。
「機械化だ! こいつゾンビロイドに噛まれたんだ!」柴村が大声を出した。
即座に夕夏は動き出し、男の傍に寄った。「猛、キルウイルスを。あと彼を押さえつけて」
「本気で言ってるのか。二本しかないんだぞ」赤木が驚愕する。
「早く!」
「おい、ボス!」柴村が不満そうに声をかける。
夕夏は彼を一瞥し、「亜紀についててやって」と言った。
ため息をついた赤木は、ジャケットの懐から、小物入れサイズのアタッシュケースを取り出し、夕夏に渡した。それから男を押さえ込む。
夕夏はケースを開け、中に収納されていた二本の注射器のうち、一本を手に取った。そして苦しみながら暴れる男の右腕に、注射針を突き刺す。
「まだ助けられる。まだ助けられる」夕夏は男の腕に液体を注入しながら、繰り返し呟いていた。
間もなく、男の左腕から飛び出していた金属が、風化し、朽ちていった。それとともに男の力も次第に弱くなっていく。そして彼は意識を失い、だらりと手足を投げ出して仰向けで横たわった。
3
――どうして?
どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?
「どうして、助けてくれなかったの?」
頭の中を反響する少女の声。屍と化した人間たちの姿。悪夢が断続的に続き、世界を黒く蝕んでいった。
はっ、と氷川涼真は気が付いた。まず目に飛び込んできた光景は、自分に向けて拳銃を構えたモヒカン頭の男。次に、こちらを見つめるショートヘアの女と、彼女の陰に隠れる怯えた表情の長髪の少女。その少女は狙撃銃を持っていた。最後に、腕を組み、眉間にしわを寄せる巨体の男がいた。
「気分はどう?」
ショートヘアの女が訊いてくる。
涼真はそこで合点がいった。
そうか、こいつらに助けられたのか。
涼真は二、三回せき込むと、口を開いた。
「……車と食料がある。ついて来い」
ふらふらしながら、涼真は立ち上がった。
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