第6話 襲撃

 夕夏はその扉に触れる。堅くひんやりとした感触が、手のひらに広がった。力を込めて押してみるが、びくともしない。


 「引いてみるんじゃないか」


 夕夏の後ろから、赤木が手を伸ばす。彼は、扉に付けられた太い取っ手を掴み、思いっきり引っ張った。「うぐぐ」という必死に力む声が、歯を食いしばる彼の口から漏れた。


 その結果、扉はほんの僅かに、彼のいるほうに動いた。


 「地下駐車場か地下街ってところだな、ここは。真っ暗で何も見えないけど」柴村がふいにそんな事を言った。「どっちにせよ、こういう空間があって助かったぜ。じゃないと今頃生き埋めになってたところだ」


 「でも早く地上に戻る道を見つけないと」水原が口を開く。


 「確かに。ここで敵の襲撃を受けたら、絶体絶命、一巻の終わりだ。そこの扉の先が上に繋がってたらいいけどな。できれば面倒くさいのがいない場所に」


 「喋ってないで手伝ってくれないか」赤木がぼそっと呟く。


 赤木の言葉に、柴村と水原は扉の取っ手を掴んだ。夕夏も二人に倣う。


 「いくぞ、せーのっ」


 赤木の掛け声で、四人は一斉に取っ手を引っ張る。扉はひどく重いものだったが、少しずつ開いていった。


 二、三度の小休止を挟みながら、彼らは精いっぱいの力を籠める。七割方開いたところで、扉は急に軽くなった。四人はそのまま、残り三割を開き切る。


 開いた扉の先は暗闇が続いていた。特に予想外のことでもなかったので、四人は何もリアクションを取らずに、中に侵入していった。


 「弾を装填しておいて」と夕夏が言う。拳銃をリロードする音が反響した。


 「トンネルみたいだな」と赤木が予測する。彼は柴村と一緒に扉を閉めようとしていた。


 夕夏と水原もそれを手伝う。間もなく扉は完全に閉まる。すると、ガチャリという機械音が突然鳴った。


 何だ、と柴村が不思議がる。


 「たぶんオートロックだな」赤木が答えた。「閉じたから自動的に鍵がかかったんだろう」


 「なるほど。って、いやそれおかしくないか? じゃあなんで俺たちは外側から開けることができたんだ?」


 「人機じんき識別機能といってな。簡単に言うと、人間の手でしか操作できないっていうセキュリティの基盤になっている機能だ。都市部に作られたシェルターの扉なんかは、大体これを搭載した物が多い」


 「ふうん、なら俺みたいな田舎もんには分からなくて当然ってことか。そういうことらしいぞ。理解できたか、亜紀」


 「全然」と水原は即答した。


 しばらく歩くと、四人はオレンジ色の光に照らされた明るい場所を発見する。コンクリートで出来た壁が露わになっていた。遠方だったが、はっきりと視認することができる。そこはL字型の通路で、左に曲がることしかできない進路だった。つまり光源は、左折した先にあるということだ。


 四人はようやく見えた明かりに安心しながらも、警戒の空気を一層強める。


 「ゾンビロイドはまじ勘弁」


 柴村の言葉が、ほか三人の気持ちを代弁していた。


 やがて彼らは光を浴びながら、道を左に曲がった。


 数メートル先、右手側にある横穴から光が漏れ出している。その先には恐らく道ではなく、部屋のような空間が広がっているのだろう。


 そんな予測を立てながら慎重に足を送り出す四人は、横穴に近寄った。


 夕夏がほかの三人に目配せをし、ゆっくりと穴の先を覗いた。そこには灰色の壁に囲まれた空間が広がっていた。白い長机が不規則に並べてあり、パイプ椅子が地面に散乱していた。それ以外には何もない場所だった。


 夕夏は入念にその空間を見渡すと、「大丈夫」と声を出した。「何もいない」


 そして、そこに足を踏み入れる。あとの三人も彼女に続いた。


 水原以外の三人は、周囲を見ながら部屋を歩き回る。


 「やっぱり地下シェルターみたいだな、ここは」


 天井を眺めながら、柴村が言葉を発した。


 その時だった。


 突如として夕夏は、穴の外側で微かに動く影を視界に捉える。「亜紀、そこを離れてっ!」と水原に声を放つ。


 穴の近くにいた水原は目を丸くする。と同時に水原の背後に何かが現れ、彼女を襲った。


 きゃっ、と短い声を彼女は上げる。襲撃者は、水原の体を両腕で拘束し、彼女の首に鋭利な金属片を突き立てた。


 三人は拳銃を襲撃者に向ける。


 「動くな」襲撃者は低い声で言った。


 ぼさぼさの頭髪に、泥と垢に塗れた顔。汚れた布を身に纏っているような服装。まるで野生の獣を思わせる容姿だった。


 どうやら人間の男のようだ、と四人は推測した。


 水原の白く柔らかな肌に、金属片の先端がめり込む。彼女は怯えた表情で痛みに耐えた。少量の赤い血が、首筋を伝っていった。


 「おいやめろっ!」柴村が声を荒げる。


 「きょーへい……」水原は柴村の下の名を、不安そうに口にした。


 「銃を下せ」男は金属片をさらに押し込みながら、柴村を睨みつける。


 「ざっけんな!」


 「待って!」夕夏は柴村を制すと、銃口を下に向けた。「銃を下しなさい、京平、猛」


 赤木は彼女の言葉に従う。柴村は拳銃を構えたまま、答えを渋るような表情を浮かべた。


 「京平、おろしなさい」再度、夕夏は言う。


 水原の首に刺し込まれた金属片の先が、僅かに動く。傷口が広がる痛みに、水原は顔を歪ませた。


 そんな彼女を見て、柴村は悔しそうに銃を下した。


 「聞いて、私たちは敵じゃないわ」すかさず夕夏が男に声をかける。「物資を補給するために、立ち寄っただけなの。食料を手に入れたらすぐにこの街を出ていくわ。あなたに危害は加えない。必ず約束する。だからお願い、その子を離して」


 彼女は男に対して、敵意が欠片もないことを訴えかけた。


 男は夕夏を鋭い眼差しで睨み続ける。それから、赤木と柴村に視線を移す。そしてまた夕夏を見据える。


 膠着状態がしばらくの間、続いた。


 次第に男は、右手に持つ金属片を、水原の首から離していく。敵意が無いことをくみ取ってくれたようだ。


 夕夏は、ほっとする。


 しかし次の瞬間、いきなり男の左手が水原の首を握り締めた。男はなぜか驚いた表情を見せる。


 「おいっ!」柴村が男と水原に向かって突っ込んだ。夕夏と赤木も向かう。


 男と水原は地面に倒れ、その上に柴村が乗る。彼は、水原の首から男の左手をはがそうとする。「くそ、離せっ、離しやがれ!」


 驚いたことに、男もまた自身の右手で左手をはがそうとしていた。


 水原の顔が見る見るうちに青ざめていく。信じられないほどの力が、男の左手に込められていた。


 焦った柴村は舌打ちしてから、拳銃を男の左腕に向けた。すると突然、男の左手は水原の首を離れ、今度は柴村に襲いかかった。瞬間、赤木の巨体が男に直撃する。男は地面に叩きつけられた。


 その隙に夕夏は、水原の体を移動させ、男から遠ざける。


 「タケさん、そいつを拘束しろ」柴村は立ち上がりながら、赤木に指示した。


 「どうするつもりだ」赤木は言いながら、うつ伏せになった男の背に乗っかった。


 「殺す」


 柴村がそう吐き捨て、拳銃を構えた時だった。まるで戦闘のスイッチが入ったかのように、男は素早い肘うちをかました。それは赤木の左腹に直撃する。


 「ぐおっ」と声を漏らして、鈍い音とともに赤木は倒れ込む。


 男は立ち上がり、柴村に突っ込む。男の威圧感は他に類を見ないほど強力だった。


 「くそっ」


 気圧された柴村は、男に拳銃のスライド部分を掴まれる。そこでようやく発砲した。しかし弾丸は、男の頬をかすめただけだった。

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