第4話 食料

 車は錆びた案内標識の下を抜けて、街中へと進んでいく。ビルやマンションなどの残骸が、道端になだれ込んでおり、その瓦礫の上をオフロードのタイヤで無理やり乗り越えていった。車体が何度も、大きく揺れ動いた。


 その振動で、柴村は目を覚ます。わざとらしく大欠伸をして、全員に問いかける様に声を出した。


 「で、どうする?」


 そんな柴村の言葉に、辺りを見回していた赤木が反応する。「見る限り、人はいないようだな。まあ、どこかに隠れているのかもしれないが。ゾンビロイドたちも今のところ確認できない。たぶんこのあたりに巣はないんだろう、と思いたい」赤木は夕夏に視線を送った。「とりあえず食料を補給するか? まだここから何日もかかるだろ?」


 目的地に着くのには、という意味だった。夕夏はこくりと頷いた。


 「そうね。今の量じゃ心許ないし、食べ物は多くて問題はないでしょう。問題はあるのかどうかだけど……」


 「あ、あそこ見て」


 水原が指差した方向を、ほかの三人が眺める。薄墨色の廃墟がひしめく中で、ひときわ大きな建造物が、ほぼ崩れずに現存していた。そこまで高さは無く、どちらかというと横幅が長くだだっ広い建物だった。かつては、何百坪もの敷地を保有していたようだ。


 「何かの工場?」と水原は首をかしげる。


 「いや、あれは昔のショッピングモールだな」柴村が答えた。「やったじゃん。食料以外にも、何でも揃ってそうだぞ」


 「あれば、の話だろ」


 赤木がそう言った時、ジープは左折した。ハンドルを切った夕夏は、期待の色を目に浮かべながら、前を見据えていた。「行ってみる価値はあるわ」


 彼女はアクセルを深く踏み、ジープを加速させていった。


 数分後、彼女ら四人を乗せた車は、廃れた商業施設の前に着いた。罅割れたコンクリートの壁、そこに刻み込まれた、微かに見えるショッピングモール名の文字、すべてが寂しく冷たい雰囲気を醸し出す。それは人類の栄華が終わったことを物語っていた。


 駐車場だったらしい場所に車を止め、夕夏ら四人はジープを降りた。


 四人はそれぞれ、ハンドガンを持つ。それに加えて水原だけが、狙撃銃を肩にかけて、所持していた。


 そして赤木は、ジープの荷台に置かれていた、小物入れ程度の大きさのアタッシュケースを手に取り、ジャケットの懐にしまった。


 「たぶん、いるだろうから」夕夏は拳銃を眺めながら言った。「気を抜かないように」


 おーけー、と柴村が答え、水原と赤木の二人は頷く。


 夕夏は、そんな彼らを見てから歩を進める。「第一優先は食料の確保。もし、奴らに出会ったら撃退しつつ、全力で逃げること。いいわね」


 彼女は、ほか三人の同意を背に受けながら、建物の入口に向かっていった。


 栄えていた当時はたいそう立派な出入り口だったはずのガラス扉は、完璧に四散しており、セキュリティも何もあったものじゃなかった。


 四人は建物内に入る。


 中の風景は外と大して変わらなかった。亀裂と崩壊と静寂が、ただそこにあるだけの情景。奇麗に清掃整理された場所などあるはずがなく、瓦礫とガラス片が所々に散乱していた。


 「さてと、食料は、っと」柴村が、床に落ちていたフロアの地図らしきものを眺める。「このまま真っすぐいったら、食料品売り場だって、ボス」


 「そう。ならこのまま進むわ」


 夕夏のあとを三人がついていく。一番後方にいるのは赤木だった。彼らは全員銃を構えて、周囲を警戒していた。


 間もなくひらけた場所に出る。レジのようなものやカートのようなものが、いくつも地面に横たわっていた。


 「どうやら、ここらしいな」


 赤木の言葉に、ほか三人が周りを見渡す。ずらりと並んだ棚と棚が、将棋倒しになっていた。他には空になったペットボトルが至る所に捨てられ、お菓子の袋や、調味料のビンなどが四散していた。当然、中身は何もなかった。


 一通り確認した後、赤木が一言。


 「無いな」


 「おい、諦めんな」


 すかさず柴村が突っ込む。「探せばあるかもしれないだろ。大体ここはショッピングモールなんだ。レストランとかカフェとかで食材を備蓄しているはずだ」


 「望み薄ね」夕夏が吐息交じりに言った。「戦時中にあらかた食べ尽くされてしまったんじゃないかしら。予想はしてたけど。でも、探すだけ探してみましょうか」


 「そうそう、探そうぜ。何事もポジティブに行かないとな。きっと見つかるさ」


 柴村はそう言うと、いち早く売り場に足を踏み入れていった。

 夕夏と赤木も彼に続く。


 床に放置されたレジから小銭がこぼれ出ている。水原はそれらに目もくれず、踏みつけた状態のまま、三人に倣った。


 その時、微かに犬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 四人は瞬時に振り返り、拳銃を構える。


 するともう一度、今度はよりハッキリと、犬の遠吠えのような声が響き渡った。しかも一回だけじゃない。何回も聞こえた。それは、敵が一体だけでないことを示していた。


 「探すことができれば、の話だろ」


 赤木が銃を構えたまま言った。

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