第3話 四人



 2



 見渡す限りの更地と、灰色の風景の中を、一台のジープが駆け抜けていく。ガタガタと振動する車体には、四人の人間が乗っていた。


 後部の荷台に座っている水原亜紀みずはらあきは、アルミで出来た手のひらサイズの箱を傾け、中にあるはずの飴を取り出そうとした。しかし、目当ての物が出てくることはなかった。


 水原はくりっとした大きな瞳で、箱の口を覗き込む。飴は無く、中身は既に空っぽのようだった。がっかりした表情をみせた彼女は、飽きた玩具を放るように、ぞんざいに、その箱を道に投げ捨てた。彼女の絹のように綺麗な長髪が揺れた。


 「おい」と水原の右隣にいる紫村京平しむらきょうへいが低い声を出す。「ポイ捨てすんなよ」


 水原は彼のソフトモヒカンを見ながら、乾いたピンク色の唇を尖らせた。そして、おもむろに吹き戻しを取り出すと、咥えて軽く吹いた。ピロロロという音と共に、丸まった紙筒が限界まで伸びる。


 「喧嘩売ってんの?」


 柴村は至って無表情で、冷ややかな目線を水原に向けた。


 水原は、近くに立てかけてあった狙撃銃を抱え込むと、ジト目で柴村を見つめ、また息をはいた。

 ピロロロ……


 「なんなんだよ?」


 柴村は短いため息をつく。


 すると彼は、ポケットから丸いコインのようなものを取り出し、それを親指で上に飛ばした。


 「……それ何?」水原が吹き戻しを咥えたまま訊いた。


 柴村は落ちてきたコインを掴んで、水原に見せる。「さあ、何でしょう」


 「貸せ」水原は吹き戻しを口から外した。


 「当ててみな」


 「……コイン」


 「見たまんまの答えだな。何のコインだ?」


 「えっと、お金?」


 「おっ、具体的には? 何円硬貨?」


 「ご……」


 「ご?」


 「五十円玉?」


 「ぶっぶー、外れ。正解は五百円でしたー」


 柴村は『500』と刻まれた硬貨の裏面を、水原のほうに向けた。「ちなみに五十円硬貨はこれな」彼は五十円玉をどこからか取り出す。「ほら、真ん中に穴があいてるだろ。一目瞭然」


「ずるい……」水原は呟くと、五百円玉を指差した。「その面を見せないなんて不公平だ。やり直しを要求する」


 「いや、こっち見せたら五百円玉って丸わかりじゃん。クイズ成立しねーよ」


 「成立不成立じゃなくて、公平じゃないと言っている。情報はすべて開示されるべき」


 「なんて横暴な」


 柴村は意地悪げな笑みを浮かべた。「駄目だね。何といおうとクイズは不正解だから、これはあげませーん」


 水原は一瞬イラッとして、手にある吹き戻しを差し出した。


 「じゃあ、物々交換。これあげるから、それ頂戴」


 「そんなに欲しいのかよ」


 柴村は、水原の顔を少し見つめてから、五百円硬貨を彼女のほうに飛ばした。「そんなことしなくても、ほら、やるよ」


 水原はそれを受け取ると、両手で握りしめて、照れた笑みを浮かべた。


 「お前、硬貨とか好きだったっけ?」


 少しの間のあと、水原はこくりと頷いた。「うん、好き……」


 「ふーん、そっか。初耳」


 柴村が仲間の意外な一面を知った時、運転席にいる小緑夕夏こみどりゆうかが口を開いた。


 「街が見えるわ」


 その言葉に助手席の赤木猛あかぎたけしが身を乗り出して、前方を確認する。


 「本当だな。建物が崩れずに残ってる。珍しい」


 「人がいるかもしれないわね」


 「期待薄だけどな」並みの成人男性よりも一回り太い両腕を組みながら、赤木は言った。「もし居たら燃料や食料を分けてもらおう」


 「……居ないほうがいいわね。交渉が面倒くさいわ。物資の要求なんて、どうせ拗れるだろうし」


 「同じこと考えてた」


 「どちらにしろ、このまま行くわよ」


 「了解」


 「おー、ビルがいくつも建ったままだ」柴村が、夕夏の背後から進行方向を眺めた。「久しぶりに見たぞ、あんなん。亜紀も見てみろよ」


 柴村に誘われて、水原もその情景を瞳に映す。


 「巣になってないといいけど」


 彼女がぽつりとこぼした一言が、車内の空気を重くさせる。


 「まあ……いるだろうな、確実に」赤木が歯切れの悪い言葉を返す。


 「なんか一気にテンション下がったわ」柴村は目を閉じて、肩を落とした。


 夕夏の指先がトントンと、握ったハンドルを叩く。


 それから静寂が、しばらくの間、流れていった。


 車は街へ進んでいき、橋を渡る。大きな河川を越えた。


 車内の四人は各々、別の事をし始めていた。前を見据えて運転する者、いびきをかいて寝る者、銃を抱えてぼうっとする者。その中で赤木は、小さな写真入れを眺めていた。中にある写真には、切れ長の目にセミロングの若い女性と、女性に抱かれる赤ん坊が映っていた。二人とも幸せそうな笑顔を浮かべている。赤木は、彼女らの顔を指でなぞりながら、微笑をたたえた。

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