七月 十二日-追憶

 魔術師という存在は決して、世間に知られてはいけないものではない。だが、その起源が秘密結社だった事もあり、性というか性質というか、隠密になってしまうものなのだ。

 魔術師同士の諍いや、それによって生じた死亡も同じ。既存の法では裁かれない。魔術師は常に魔術師という治外法権なのだ。魔術師から一般人への障害については含まれないが、魔術師同士ではその死が世間に公表される事がなく、いなかった事になったり海外へ行った事になったりする。


 だが、ギィエルミーナ・セナの死に関しては、既に多くに知れ渡ってしまった事により完全な隠蔽ができなかった。本来であれば、殺した方が隠蔽をするのがセオリーのはずなのに、それがされていなかった事が原因だろう。


「………………………………」


 学校で殺人事件があったとなると、その日の授業がなくなるのは当たり前だ。俺達はできるだけの隠蔽は行って、生徒達に紛れて家に帰る途中だった。

 目の前を歩く佐久奈の背中が遠い。未だにあの少女が死んだ事を忘れられずに惨めにすがり続ける俺が、佐久奈にかける言葉はない。

 なんて、言っていられる訳がねぇ。


「佐久奈」

「ほっといて……」

「んな訳にいくか」

「ほっといてよ!! 惣介だってまだライヤちゃんが死んだ事忘れられないくせに!! あ……ごめん、言い過ぎた。ホントにごめん……」

「大丈夫だ」


 そう言い繕いながらも、言われた俺の心は押し潰されていた。

 分かっている。俺がまだ、あの少女をずっと引きずっている事くらい。だからこそ、昼子を守ると決めたんだ。あのような事はもうないように。だが同時に、やはりそれは、あの少女のトラウマを振り切れていないという事なのか……? きっと、そうだろう。


「……待て、ライヤって言ったよな!?」

「え……? う、うん。あ、そっか。惣介って記憶が曖昧だったんだ……」


 ライヤ……ライヤ。

 そう、か。そんな名前だった、ような気がする。まだ朧気で思い出せない。


「すいません!!」

「お、おうどうした昼子急に大声出して」

「どうしたの昼子ちゃん?」


 さっきまで気を使っていたのか黙っていた昼子だったが、突然顔色を変える。血の気が引いたような表情は、それだけ昼子の中で何かが切迫しているのだと確信させた。


「ライヤって……本当ですか? その子がライヤって名前なのは本当なんですか!?」

「うん……そ、そうだけど」

「そんな……まさか……」

「どういう事なんだ?」


 俺がそう訊くと、昼子は凍えるように両手で肩を抱えて震えていた。

 何かに酷く、怯えるように。


来夜ライヤは……ボクの妹です」


 時間が止まったかのように感じた。

 その驚愕は永遠のように、脳髄を駆け巡ったまま決して着地しようとしない。


 あの少女が……ライヤが昼子の妹?


 昼子の顔を見ていると、自然と失われた記憶の深淵から、ライヤの顔をフラッシュバックする。

 昼子を初めて見た時の懐かしい、どこかで感じた感覚は間違いではなかったのだ。

 まるで……昼子が、ライヤの生まれ変わりのように感じてしまう。

 それがライヤの死を認めたようで嫌だった。


「二人とも、この話は帰ってゆっくりしよう」


 佐久奈の声で俺と昼子は我に返った。

 その帰り道、それ以上の会話はなかった。



「まず情報を整理しよう」


 佐久奈が、俺の家の地下倉庫からホワイトボードを引っ張り出してきて、リビングで作戦会議が始まった。

 ホワイトボードには伐花昼子の文字と、それに線で繋がれたライヤの文字。その二人と繋がる冷存雪子、つまり堕天使アレイゾンの文字があった。ライヤの下に俺の名前が線で繋がれている。


「二人には辛い話だけど、これは必要な事だからちゃんと聞いてね。

 まず、惣介は丁度一年前、ライヤ……そう、本名で言う伐花来夜に出会った。来夜は”何者か”にしつこく狙われていて、惣介はそれから来夜を守ってたんだよね?」

「ああ、そうだ」

「どんな出会いだったか、今なら思い出せるよね?」


 無茶言うぜ全く……しかし、まあ、頭痛がこないのなら思い出す事に恐怖を感じる必要もないだろう。

 出会った日付までは思い出せないが、恐らく六月の終わり頃だったか……


「来夜に出会ったのは昼子と同じくこの家の前だった。息も絶え絶えで、俺はすぐさま救急車を呼ぼうとした。だが、来夜の体から異常なほどの量と濃度の魔力を感じたんだ。その後呼ぶ事にしたのが洗礼教会だ。だがあいつ等が特殊な体質の人間をまともに扱うかどうかも信じ難い。悪い噂も多いからな」

「だから、惣介が匿う事にした」

「ああ、幸い尭土井家は魔術師の銘家。必要なものは揃っていた」

「そして、そんな惣介達の前に”奴等”が現れた――」


 ――”奴等”。

 その正体はこの街の全てを監視する厭家ですらその全貌が一切掴めない謎の集団。

 悪趣味で、人間味の欠片もないクズの集まりだ。

 面白半分で来夜を痛めつけ……傷付け、最後には


「……恐らく、来夜を殺したのは”奴等”だろう」

「そう、ね。恐らく」


 佐久奈はホワイトボードの空いている場所に大きく”奴等”と赤色のペンで書いた。


「今回論ずるべきはこの”奴等”について。昼子ちゃん、何か心当たりはない?」


 ずっと俯いたままの昼子。

 暖かい部屋の中でも、まだほんの少しだけ震えていた。


「昼子……嫌なら言わなくていいんだ」

「……いいえ、大丈夫、です。言います。大丈夫です。あります、心当たりは」

「聴かせてくれるか?」


 昼子は一回だけ深呼吸した。

 胸に手を当てて心を落ち着かせるような仕草で、ゆっくりと息を吐き出す。


「ボクは知っています。その”奴等”が何者なのかを。それはボクの兄です」

「これはまた、意外なところが来たわね……”奴等”は集団だった。つまり、昼子ちゃんの兄が所属する魔術結社的な何かって事?」


 一瞬逡巡したように顔を伏せ、首を横に振った。


「厳密には違います。魔術師の由来は海外、その中でも色々ありますが、少なくともこの日本ではありません。ですが、私の兄……冷存の一家は、日本由来の魔術方式を受け継ぐ忍の祖先なんです」

「忍者……!? た、確かにそんな話は、パパから聴いた事があるけど……なるほど、道理で影も形も掴めない訳ね」


 忍者だけではない、日本由来の魔術方式は陰陽師も該当する。括りとしては『魔術』だが、術式の組み方とかが色々違うのだ。

 さしずめこの場合での魔術とは、忍術といったところか。


「待って、昼子ちゃんの兄の一家って事は、その兄が頭領って事?」

「はい。父は早くに亡くなって、若い兄が。名は冷存零士と言います」


 すぐさま佐久奈は、ホワイトボードに冷存零士と書き込んだ。


「いよいよ、繋がってきたわね……

 来夜と昼子ちゃんは姉妹の関係だった。来夜を殺した一味の頭は二人の兄である冷存零士。その三人の母親である伐花雪子アレイゾン。これについてはただの推論だけど、雪子さんが堕天使化したのも、この事件が関わっている可能性が高いわね」

「いいえ、確実に兄のせいです。いいや、ボクはアイツを血の繋がった関係だなんて思いたくない。あんなのは人間じゃありません。ましてや悪魔なんて生温いものじゃない……もっとおぞましくて……こわくて……ああああ――あああああああ!?」

「もういい……! 昼子は、俺の部屋で休んでろ……いいよな佐久奈?」

「うん。一度、休憩しようか」



「許せないよね。全ての元凶は冷存零士にあったって事でしょ」

「ああ……」


 昼子が嘘をついているのはあり得ない。

 あの怯えよう、昼子も、もしかすると何かされていたかもしれないと思うと、を思い出して、自分を殺さなければ世界の全員を殺してしまうほどに暴走してしまう気がして、気が気ではない。

 一人の人間を、自分達の玩具のように、ソレが人を殺す様を見て笑い、それを傷付け遊び、飽きれば捨てるころす

 惨めだ……俺がな。結局守れなかったのだから。

 そんな、俺が守れなかった少女の姉が、今こうして俺のところにいる。偶然だとは思えない。まるで神様が、本当にもう一度チャンスをくれたかのようだ。もし本当にそうだとすれば、神様は余計な事をしたと後悔すべきだろう。俺ではなく、もっと確実に彼女を助けられう者の元へ導いてやれば、あんな風に苦しむ事もなかったろう。

 何故不安定な俺の所へ連れてきたんだ。

 まだ来夜が死んだ事を受け入れられずにずっと引きずったままの俺の所なんかに。


「ねえ惣介。なんかネガティブな事を考えてるみたいだけど、だとしたらそれは違う。今の私が言える事ではないけど、言える人が私しかいないから私が言う。

 前だけを見て生きろ。今惣介が守ってるのは昼子ちゃんなんだから。後ろ見ていたら、前なんて見える訳がないよ。ちょっと、ありきたりな言葉かもしれないけど……」


 恥ずかしそうに、佐久奈はそう俺を励ました。


「ふっ……はは!」

「ちょっと、何で笑ってんの!!」


 そんな佐久奈の姿を見ていると、すぐ前の自分が馬鹿みたいに思えてくる。あんな風に考え込んで、終わった事をグチグチ言っていたところで何も変わらないよな。それが分かっているからやっていた事だが……わざわざ間違っていると言ってくれる人が、今の俺にはいるんだ。

 俺は一人じゃない。一人で守っている訳じゃない。


「ありがとな、佐久奈。おかげで元気が出た」

「なんか釈然としないけど……まあ、元気が出たならいいか。あ、そうだ。今思いついたけど」

「どうした?」


 ソファに座っていた佐久奈が突然立ち上がり、ホワイトボードに別の文字を書き込んだ。

 グルハウチェ・アレクサンドロフと。


「もし冷存零士が以前のように昼子ちゃんを狙っているのだとしたら、同じく昼子ちゃんを狙っていたグルハウチェが、冷存零士と繋がっている可能性も考えられない?」

「だがグルハウチェの目的は堕天使の力だろ? 今それは俺の中にあるしそれに、冷存とグルハウチェの目的が同一のものだとは考えにくい。前者はあくまで、人を痛めつける為だけにやっている。グルハウチェには何かちゃんとした目的があるはずだ。でなければ堕天使の『幻想を現実に帰る力』に縋ろうとは思わないだろう。それに、グルハウチェの手際は悪すぎる。とてもじゃないが忍者のお墨付きをもらえるとは思えない」

「そっかー……うーんでも、対象が違えども惣介と昼子ちゃんはすごく近くにいる訳だし、利害は一致するんじゃない? 別に協力してるって事にしたい訳じゃないけどさ」


 そう言われれば、佐久奈の意見も一理あるように思える。

 それに、来夜が最初に襲われたのは俺と出会ってすぐだ。もし昼子も同じように対象にするのだとすれば、もう来ていてもおかしくはない。だが現れたのはグルハウチェ。なんの物証にもならないが、タイミングという点でだけ考えると一致する。

 例えば、来夜にはなく、昼子にはあって、奴等はそれを必要としているとしたら……?

 いや、これはまだ妄想の段階だな。


「明日、グルハウチェに訊いてくるか……」

「えぇ!? 知り合いになってたの!?」

「いや……知り合いっていうかなんというか、昨日の敵は今日の友みたいな感じで、な?」

「よく分かんないけど」

「アレだよ、正しくはグルハウチェの持ってる喋る剣とは仲がいい。ルギエヴィートって言うんだけどな」

「アレって話せたの!? く、詳しく訊かせて……

「これは数日前に遡る――


 結局、そのまま夜中まで話は続いた。

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