ずっと貴方と一緒に生きていたい

七月 十二日-Alive in dead.

 翌朝、パトカーの音で目が覚めた。

 部屋を出て下に降りると昼子ひるこが朝ご飯を作って待っていた。目玉焼きと粗挽きソーセージ、レタスに白飯に焼き魚、と定番のメニューだ。三人分作っていたのでなんじゃいなと思って台所とは反対側の、テレビがある方を見ると、ソファに佐久奈さくなが座っていた。


「あ、おはようございます。惣介そうすけさん」

「おはよー惣介」


 あー、そう言えば昨日泊まっていったんだっけな……何も起きなくてよかった。


「ていうか、昼子さんよ」

「はい? どうしました?」

「悪いな、朝まで作らせちまって。弁当まで」


 そう、よく見ると俺達三人分の弁当まで作っていたのだ。これはもう主婦スキルにポイントを全振りしているに違いないと疑わざるを得ない手際だ。しかも、さっき顔を洗いに洗面所に向かうと、昨日俺が洗い忘れていた洗い物が洗濯機に放り込まれて既に洗われていた。感謝すると同時に申し訳ない気持ちで一杯だ。


「今までがしなさすぎだったんですよ。ボクに任せてくださいよ! 佐久奈さんとは違ってちゃんと働きますから」

「私はいるだけで惣介の癒しになれるから存在自体が働いていると言っても過言ではないし。そこまでしないと存在価値を誇示できないのもどうかなーと思ったりしなかったり」

「弁当は白飯だけですね」

「途中のコンビニで買っていこうかなー」


 なんだこいつ等!?

 おいおい、昨日も言ったが喧嘩はしないでくれ……と言おうと思ったが、これはこれで二人が楽しそうに見えたので放っておくか。前よりはマシだ。佐久奈もこうして元気になった事だし。


「それともぉ、お弁当の代わりに私を食べる?」


 佐久奈がそんな事を言いながら牛から抱き着いてくる。そこそこある胸が背中にあたって非常に不純異性交遊的な何かを感じる。しかも、佐久奈の服装は素肌にキャミソール一枚とホットパンツというアメリカ人かよ言いたくなる格好のせいで、胸の感触がよりリアルなのだ。

 ああ……これはマズいな。

 いや、俺は別に小さい子だけじゃなくて同年代の女の子も好きだぞ。


「ふりかけをお前にかけるぞ」

「ふりかけというよりも、白いドレッシング?」

「…………………………今日学校休むわ」

「冗談だよ! 冗談! まあ、これが冗談にならない関係になりたいなぁ……」


 よし、着替えてくるか!


「ちょっと佐久奈さん!! 早く着替えないと学校に遅刻しますよ! 惣介さんの後ろにはボクが乗るんですからね。貴方は徒歩だから早く出ないと間に合いませんよー」

「はぁ? 何言ってんの? 惣介の後ろは私の特等席なんだけどぉ? 年季が違うのよ年季が」


 俺の後ろとは、俺の自転車の後ろ側という事だ。自転車の荷物を載せる部分にどちらが乗って二人乗りで学校に行くかで昨日からずっと揉めていたのだ。


「佐久奈、自転車はいいが、ギィエル……ミーナ先生はどうなったんだよ。連絡ついたのか?」

「あぁ、そうだ。それもあるからやっぱり早くいかないとだね。一応、昨日電話はあったんだよ。でもなんか、ちょっと違うっていうか、違和感を感じてさ。こう、魔力的なものを。だから、惣介の後ろはお預けだね。覚えてろよちんちくりん……」

「おとといこれるものなら来てください……」


 はぁ……とため息を一つまみ。

 波瀾の日々はまだ始まったばかりだが、退屈はせずに済みそうだ。何せ、昼子に出会うまでは一人暮らしだったからな……


 そう言えば、俺の家族ってどこに行ったんだ?



「なんか、今日はパトカーが多いみたいですね」


 不安そうに俺の後ろで昼子が呟いた。


「ああ、そうみたいだな。なんか大きい事件でもあったんだろ。こんな辺境の場所で殺人事件なんてそうそう起きないけどな」


 魔術師の死亡は例外を除いて隠蔽されるはずだしな。

 例外……とは、魔術師を殺した奴が魔術師でなかった場合、の話だ。だがまあ、そんな事は滅多に起こらないだろう。


「何か、嫌な予感……がします。胸が重たいような……」

「……嫌な予感、か」


 ギィエルミーナが誰かを殺したのだとしても、アイツだとすれば自身の魔術で改竄できるはずだし、グルハウチェが一般人に手を出すような奴には思えない、だろう。少なくともルギエヴィートの話では。

 だとすれば五十年に一度あるかないかくらいの殺人事件だろうか。

 ここ、霧雨丘のいいところは平和なところくらいだしな。


「……! おい、学校の前に止まってるぞ」

「急ぎましょう」


 校門の前にパトカーが何台も止まり、封鎖されてしまっている。どうやら中へ入る事はできなさそうだが。急かすような焦燥感が中に何かがあると言って聞かない。それに、屋上に違和感を感じた。ギィエルミーナのような強い魔力を感じない。

 それに、先に行ったはずの佐久奈の姿も見えない。校門の前の生徒の数や、校門前から見える校内に人が一切いないところから察するに、生徒は全員締め出されているはずだ。その中でいないのだとすれば、帰ったか、中にいるか。帰ったのならすれ違っているだろうし、連絡もするだろう。


「昼子、裏から入るぞ」

「……はい」


 気配遮断の結界を張り、俺達は学校裏の壁を登って中へ入った。恐る恐る中を除くと、既に発動されている別の結界があった。見た事がある、これは佐久奈のものだ。屋上へ続く階段には、眠らされている警官の姿もあった。


 階段が異様に長く感じた。この先を知りたいが、知ってしまってはいけないような感覚。足が、体が重たく感じる。


 屋上に近づくにつれ、風の音が聞こえ始めた。どうやら屋上へのドアが開けっ放しになっているのだろう。


「……ッ、なんだ、この臭い」

「鉄……いや、血?」


 生暖かい風に乗って、鉄臭いにおいが階段の方まで漂ってきている。

 開け放たれたドアの先を見た。


「佐久奈……」


 胴体と頭が切り離された死体の傍で、佐久奈は泣いていた。

 充満した血の、死体の臭い。まるでこの屋上に屋根ができて、密閉されているかのように空気が重い。事実、これはギィエルミーナが張っていた結界だろう。隠していたはずの給水塔に見せかけた神殿が露出している。


「………………」


 正直、佐久奈とギィエルミーナがどういう関係だったのか、俺には知る由がない。だが、俺に佐久奈へ話す切っ掛けを作ったのはギィエルミーナである事は間違いない。鮭野先生や山口を殺したギィエルミーナは許されない。どんな正当な理由を作ろうとしても、その行為は許せる事ではないが……だが、ギィエルミーナが佐久奈の事であそこまで熱くなるという事は、佐久奈に対してそれだけの思いがあったという事だ。だとするならば、それだけ、佐久奈とギィエルミーナの関係は深かったのだ。

 恩師が、あまりにも惨い殺され方をした。

 大切な人が殺された。

 俺は、この気持ちを知っている。

 誰よりも、長い間知っているはずだ。


「惣介さん……佐久奈さんは……」

「今は、このままでいい。まだギィエルミーナは生きている。体はそこにあるからな。魂はなくても、血が通っていなくても、体があるのなら、暖かさはある」


 生と死の線引きなど人が決めた曖昧なものに過ぎない。人は生きながらにして死んでいくのだから。全てが死んだ時が人の終わりだ。だが体があるのなら、まだ死んではいないと言ってもいいだろう。生きているんだ。だから、忘れずに済むんだ。


「惣介、さん……?」

「ああ……」


 何故か、俺の目から涙が溢れた。

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