七月 十日-学校にて、明るい日常
「惣介……その子は一体誰なんだ?」
時刻は午前八時二十八分。
眼前に立つのは生徒指導の
さて、何故外面は清廉潔白風紀的に一切の汚点を持たない俺が校門の前で立ち往生しているのか、それは俺の隣にいる少女に起因するのは言うまでもない。
引っ込み思案の息子みたいに俺の背中に張り付いて隠れている昼子を押し出しながら紹介する。
「妹です。ストーカー被害に遭ってまして、家に一人でいては危険なので連れてきた所存です」
「あ……そうか」
おや、意外な反応だ。もっとこう頑なに認めようとしないのかと思っていたが。
「そういうことなら、別に入ってはいけないって訳じゃないんだが……特例だがな」
「いいんですか!?」
「ああ……お前のことだからな」
許可をもらったのはいいのだが何だか釈然としない反応の鮫島。そこでふと思い出したのが佐久奈と保険教諭とのやり取り。どうやら俺は七月六日以前には学校を長期間休んでおり、その時と『あの少女』回りに関する記憶がほぼなくなっているらしい。
鮫島の違和感のあるこの反応はそれに対する感情の表れだろうか。
それか、佐久奈が手回ししてくれていたりした可能性もある。
「まあ、とりあえず入れ。電話で話しておくからまずは職員室に行けよ」
「はい。ありがとうございます。ほら昼子もお礼言って」
「……ありがとうございます」
相変わらず俺の背中にくっついたままの昼子。正直歩きにくいが……
『え゛……本気で言ってるんですか? 嫌ですよ学校に行くなんて!』
『念の為の念の為を考えてだ。ここも安全っちゃ安全だが、お前の母さんの力も俺が持ってるようだし、俺と一緒にいるのが最も安全だと思うんだ』
『うむぅ……母さんのことを出されると断りにくいですけど。学校って、人が一杯いるじゃなでいすか。多いのは別にいいんですけどぉ、絶対に注目されるじゃないですか!』
まあ、できるだけ魔術で何とかすると言って最終的には同意してもらった訳だが。
ちなみに、『概念干渉』は人間が認識できるているものにしか発動しない。例えば命を削る魔術は厳密には寿命を短くしていくものなのだが、対象となる人間がいつか自分は死ぬのだと認識していなければ適応されないのだ。
だから、昼子の概念を薄くしようとしても誰も昼子を知らないはずなので、うまく存在感を消すことができない。無論、俺は『概念干渉』しか使えない素人ではなく、一応基礎的なものも使えたりするので、今は基礎の中の基礎である対象の存在を薄める暗殺用の魔術で代用している。とは言え、ただ薄めるだけなので普通に過ごしていれば普通に見えるし気が付かれるのだが。まあ、気休めのようなものだろう。
「別に襲われたりしないから大丈夫だよ」
「森の小動物じゃないんですから……」
そう言いながらも周りをキョロキョロ気にしながら歩く姿はミーアキャットに見えたり見えなかったり。
「一応『気配遮断』のお陰で一般人にしか見られてない感じだし、大丈夫大丈夫」
しかしこれはフラグであった。
高速で建てられた砂漠の真ん中に立つ旗はそれはもう易々ともぎ取られていった。
「「「「「かわいいー!!」」」」」
『どこから来たの?』とか、『何歳?』とか、巨大な大福みたいな妖精と木を生やしたり雨の中、猫のバスを待ったりする国民的映画で見たような光景が繰り広げられていた。
職員室を経た後、教室へ入るや否や全員が昼子に注目し、ミーナ先生が説明すると同時に女子生徒(男子生徒も大勢)昼子の下に集結した。
昼子は俺の隣に用意してもらった椅子に座っているので、必然的に俺の机の上にはもたれ掛る手が押し寄せて俺がもたれる場所がない。狭い。
「なんだよ惣介こんな可愛い妹がいるなら言ってくれればよかったのによー水臭いぜー」
「今度昼子ちゃん連れて一緒にカラオケ行こうぜ!」
「いや、海がいい海!」
「ちょっと男子、昼子ちゃん困ってるじゃない。ごめんね昼子ちゃん変態ばっかりで」
「でも昼子ちゃんと海は私も行きたい」
「いつ行く?」
「夏休み始まったらすぐ行こうぜ! もうクラス全員で行こう!」
「じゃあ惣介そういうことでよろしく頼むわ」
「お前ら黙って自分に席に戻れ腐れロリコン共ッ!!」
渾身の大声で叫んだが……
「「「「「お前にだけは絶対に言われたくない」」」」」
満場一致で俺が一番ロリコンだった。
「そういう問題じゃねぇよ!」
「はいはーい。終わったら皆席に戻ってー。昼子さんはとても気が弱くて恥ずかしがりやだから、皆あんまり質問攻めにしないように」
「「「「「はーい!!」」」」」
こいつ等はコント専門の劇団か何かか。それにしてもミーナ先生はこいつ等を上手く扱ってるな……クラスの雰囲気も以前とは全く違う。
あれ……? 以前って何だっけ。じゃあ前はどうだったんだ?
何か、忘れてはいけないことを忘れているような気がする。
「はーい先生。歓迎会やりましょう、昼子ちゃんの」
と、オサレな赤渕眼鏡をかけた委員長がそんなことを言い出した。これはあの映画にはなかった展開だ。
「いいわね~」
いいの!?
いやー俺としてはできればそんなに大事にしてほしくはないんだけどな。つーか『気配遮断』全く効いてねえじゃねえか。おかしいな、確かに発動したのだから全員がこんなに興味を持つのはあり得ないはずなんだが。
「惣介君はどう?」
「え? ああ……昼子はどうだ?」
状況の変化についていけずキョトンとしたまま鳩みたいに目を丸めて動かない昼子。ハッと我に返りこちらを向く。クラスの全員がぎらぎらした生暖かい目で昼子を見つめているのに気が付き赤面して俺に抱き着いた。
何故だ何故そうなる!!
クラスの奴らは『おおおおお……』『これが本物の貫禄か』『手懐けてるな』『家で変なことしてるんじゃ……』等と実に不名誉な発言が飛び交っている。今思ったが俺の印象はそんなんだったのか。
と、うるうる瞳の昼子が俺の制服の肩で涙とかを吹きながら首を縦に振っていた。
「……いいってことなのか?」
「泣いてるのは、うれしいからです……こんなの初めてで。だから、歓迎してくれるのなら、うれしいです」
「可愛い……」
「ああ、俺達ちゃんと昼子ちゃんのこと歓迎してるからな……」
「何か悲しい過去があったのね……」
「みんな! 歓迎会は今日の放課後! 部活は各自で何とかして!」
こうして、今日の放課後に、この教室で『昼子ちゃんを迎える会』が開かれることになったとさ。
@
「いや、ほんと、すいません」
「別に怒ってはないです。この展開は別にいいんです。ただ、尭土井さんのかけた魔術ガバガバじゃないですか!」
女の子がそんな言葉使っちゃいけません! と言いたいところだがそんな暇はない。俺自身もそのことについては疑問に思う。正直魔術師としてはかなりのショックだ。
「確かに発動はしたはずなんだ。鮫島先生はともかく、校庭にいた時は誰も昼子には気が付いていなかった。教室が狭いからと言って効果が薄れる訳でもない。今だって発動し続けている」
「確かに、魔力は感じますね。だとしたら尚更謎ですね。尭土井さんの怠慢じゃないとすれば一体……」
「それはそうと、昼子って魔術師だったんだな。てっきりお前の母さんの力を借りているだけかと」
「失礼ですね。こう見えても私はかの……いえ、ある名門魔術師一族の末っ子です。今は出奔している形になっていますが」
名門魔術師一家、か。『アレイゾン』の元の名前は冷存だが、そんな名前は聞いたことがないし、ということは冷存とは別の苗字か。
「待て昼子、蒸し返すのはアレだが、今お前が言いかけたのは何なんだ。言えないことなのか」
「これだけは!! これだけは絶対に言えません!! 誰であろうと絶対に……!!」
「お、おい……分かった。俺も、訊き方が悪かったな」
「あ、いえ! その、すいません。怒鳴ってしまって。でも、これだけは……言えないんです」
やはり、まだ心の壁は確かにあるのだ。
伐花昼子は伐花昼子だ。まだ俺にはその心の奥底まで踏み込めるだけの何かを持っていない。だが、それではいずれまた……あの時のように。
「っ……」
また頭痛か。ほんの少しだけだったが。
「話を、戻すか。原因は分からないが、イレギュラーであることは確かだ。外部から何者かの別の力が働いていると考えてもいいかもしれない」
「グルハウチェ、達ですか……?」
確かに、それを一番最初に考えるのが普通だが二度会って分かったが、わざわざそんな回りくどいことをする奴等とは考えにくい。そもそも昼子がこの学校で有名になったからと言ってそれをメリットに結び付けるのは難しい。どうせルギエヴィートの分裂能力で街中を見張れるのだから。
「それ以外の第三勢力、の可能性も考えられる」
「無いとは言い切れませんね……堕天使の力は、それだけ魅力的ですから。今は考えても無駄かもしれませんね。もしそうだとしてもそれがどのような者によるものかが分からなければ」
「そうだな。じゃあ、そろそろ戻るか」
昼子が俺の袖を掴むことがどんどん型についてきたようで、またもや何かのメッセージを伝える為に俯き気味に俺の袖を掴んだ。
「どうした、昼子」
「大丈夫です、覚悟はできました」
「戦いに行くわけじゃないんだから……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます