七月 九日-午前中2

『ほんでなーそこでなーご主人がつまづいてこけよってんやんか。アホやなーいうて笑ったたったらじゃあお前を杖代わりにするとか言ってホンマに杖にしよったねん腹立つわー神代から生き残るオーパーツなんやと思っとんねん言う話やねんけど……聞いてる? 途中からスマホ見ながら片手間で聞いてない? アカンでそんなん人様がお話ししてる時にそんな風にさー失礼やでー』

「いや……どうせ剣だから良いかなーと思ってさ……」

『ガワが人間じゃないから言うても中身はちゃんと意識があるから人間として扱って。できたら市民権もらいに行くで』


 黄金の喋る剣。ルギエヴィートと話しはじめて数十分。

 確かにこう続けて一方的に話し込まれると疲れてくるというかなんというか。俺もそうだがグルハウチェもどこか陰気な雰囲気が感じられたところからすると、どうやら俺達は人付き合いが苦手らしい。ますます親近感が沸いてくる。


『どないしたん?』

「さっきから話を聴いてると、どうもアイツ……グルハウチェが殺伐とした魔術師には見えないよなーって思って」

『あー……それなぁ』


 無論顔色なんて分かるはずもないが、その声色からすこし言いにくいことなのだということは予測できる。


『ま、人は見かけによらんってことで』


 どうやら話してはくれないようだが。流石にそんなところまで話すほど馬鹿ではないということか。


『それよりさぁ、まるごとソーセージのソーセージって小さくなったと思わへん?』

「またその話かよ……ないない。多少ムラがあるかお前のご主人様が小さめのヤツを選んでるだけだろ。作ってる人達に謝れ、ったく……」

『なんやコイツ……なんかあったんか。まあええわ……話止まってもたなぁ』


 そろそろネタ切れのようだ。何かをブツブツ言っているがさっきまでも勢いはもうないらしい。

 携帯の時計を見てみると、既に11分くらい経っていた。もうそろそろ終わっている頃だろうか……そもそも、連絡の簡略化の為に携帯くらいは買ってやらないといけないだろう。よくよく考えてみれば不便すぎる。今度一緒に買いに行こう。

 一応、結界内で少量の魔力を流せば俺に反応がくるのでそれが合図となっているのだが……


『おっ、なんや彼女の写真か』

「お前には関係ない話だよ」


 俺がここにいる時点で気が付いているのかもしれないが、一応昼子がいるという事実は伏せておこう。もしもグルハウチェが天然でまだ気が付いていないとしたらのもしもの可能性だ。折角今回は見逃してくれるってんだから余計な焚き付けは無用である。

 とはいえ、まだ昼子からの合図はない。結界が破壊された形跡も無いし、まだ時間はあるだろう。

 という訳で――


「お前って……何故関西弁なんだ?」


 さっきからずっと気になっていたことを訊いてみた。

 思い出したように自分が神具霊装オーパーツであることを自慢気に話すルギエヴィートだが、そんな古代の発掘物がどうして関西弁を喋るのか、それが気になった。この際喋ることに関しては神様の力とかで納得しよう。


『そうやなぁ……これはわたしがご主人の持ち物になって初めて目覚めた直後の話や。まだ言葉を喋られへんわたしの為に言葉の勉強として上方漫才の番組を見せてくれたんやけど』

「うんうん……は!? なんで日本語を教えるんだよ!! お前どこ生まれだよ!?」

『あーええツッコミやー。まあそれはともかく、その時丁度ジャパニーズ漫才カルチャーにはまってたらしくて、ちゃんとしたもん見せるの面倒やったから自分が見るついででええかなーって感じらしいで。もうその頃には日本に行くこと決めてたらしいし』


 なんとまあ適当な性格だこと。

 ますますあの女に敵意を向けることが難しくなりそうだ……もしやそういう作戦なのか? と思うほどにルギエヴィートはご主人のことを楽しそうに話しやがる。


「なんとも……言い難いな。じゃあ何か、漫才とかできるのか」

『いやぁそれがなぁ……こう見えても面白いことなんも言われへんからさぁ。人にちょっかいかけるんは得意やねんけど』

「嫌な性格だな……」

『丁度そういう芸風の漫才見てたし』


 だからあんなにグルハウチェは疲れていたのか……前日に相対した時の話し相手が既にいる、のくだりがようやく理解できた気がする。


『あ、別にみんながみんなこんな人らじゃないんやで。特別私が嫌な性格なだけやからな?』

「分かってるよ。まあ、なんだ、楽しそうで何よりだ」

『ああ、楽しいで。めっちゃ楽しい。こう、なんやろ……相棒、みたいな関係でってすごくいいと思う。アメリカで暗躍した時とかはスリル満点でそらもう楽しかったわ』


 相棒か。

 そう言えば、そんなこともあった気がするような、しないような……

 そうして過去のことを思い出そうとした途端、また眩暈と頭痛が俺の頭を襲った。

 だが今回はこの前のよりは弱い。暫く待っていると、頭の中の奥底からその記憶が蘇ってきた。


 ――そう、あの時。『あの少女』を守る為に厭佐久奈は俺に力を貸してくれていた。直接的な戦闘能力に乏しい俺の代わりに、背中を取って戦ってくれていた。

 そんな佐久奈が『あの少女』を殺したなんて考えられない。あれは、何かの間違いだ。ああそうだ。佐久奈はほんの少し歪んだところもあったが、アレはアレで聡明な人間だった。ずっと昔から幼馴染だったんだ……佐久奈があんなことをするはずがない。

 そう、アレすらも俺達を陥れようとする奴等の非道な手段の一つに違いない。

 ……奴等とは、誰だ?


「っ……ぐ、ァ」

『どうした、大丈夫か?』


 どうやらそこまでは思い出せないらしい。このままだとまた倒れてしまいかねない。今は忘れていよう。

 そう、これも『思い出さない方がいいかもしれない』から。

 今はまだいい。


「大丈夫だ。ただの持病だ」

『難儀やな……立てるか? 肩持ったろか……? 持たれへんけど』

「あー……ツッコむ元気はないぞ……それはともかく、時間もアレだしそろそろ行くわ。ごちそうさま。アイツはどこだ?」


 そう言って頭と吐き気を押さえながらグルハウチェを探す。すると、どうやらこちらの様子に気が付いたのか向こうからやってきてくれた。


「なんだ? 自爆でもするのか? やめてくれよ。私には伐花昼子が必要なんだ」

「はっ……生憎、俺もアイツが必要なんでな。お前には渡せんよ……」


 ありったけの強がりを見せて、グルハウチェの手に値段きっかりの小銭を無理やり渡して逃げるようにその場を去った。

 このままでは弱ったところを狙われて捕まりそうだからな……


「できれば、弱ったところを生け捕りにしたっかのだが」

『またいらんこと言うてー』


 感情のこもっていないその声を聴いて、一目散に逃げだした。

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