それぞれのお話し

尭土井惣介と伐花昼子の場合

七月 九日-午前中

「いや、やっぱり外に出るのは危ない。何か必要なものがあるのなら俺が買ってくるから」

「貴方にそこまで束縛されるいわれはありません!」

「束縛って……別にそういう意味で言ったわけじゃ……」

「いや……その……」


 伐花きるか昼子ひるこに出会い、二日間色々あったがあれからあの金髪で黄金の剣を持った女が現れることはなかった。

 そこからまた色々あって、飯を食って風呂に入って寝て起きて朝飯を食って……今に至る、のだが。


『あの……この近くのデパート、あるじゃないですか。行きたいんですけど……』


 と昼子が言ったので、危ないから代わりに買ってこよう、と言ったら小規模の口論になってしまったのだ。しかも中々何を買いたいのかを言おうとしない。一応話の端々から下着なんじゃないかという予測はついているのだが、それを俺から言うのはどうもセクハラ臭くてできないでいる。

 だが、アイツがどうなったか分からない以上は、昼子を外に出すのは危険なのだ。俺は、まあ、ほぼ徹夜で新しい対神具霊装用の障壁の術式を構築したので生き延びる自信はある。だが、俺には直接的に戦闘を行う力はない。

 俺ができるのは、あくまで概念に物理的な干渉を行うだけ。やろうと思えば攻撃に転用もできなくはないが、今から作ろうと思えば二か月はかかってしまう。それは現実的な手段ではない。


「じゃあ、売り場の前までは着いていくからな」

「それも無理です!! 何を買うかも教えられません!!」


 机に身を乗り出して声を荒げてまでそう訴える昼子の目頭には涙が溜まっていた。

 おっ、これはまずいな――所々は似ていても『あの少女』とはやはり細かい性格が違っている。佐久奈も気が強い奴だったので気の弱い少女の扱いには慣れていない。


「えっと、じゃあ、こうしよう。その階に丸ごと結界を張って俺は下の階で待ってるって言うのは……流石にデパート丸々くるめる大きさの結界は今からじゃ魔力が足りないしさ」

「……分かりました。ではもう一つ条件をお願いします」

「おう」

「絶対に、絶対にボクが買った袋の中身は見ないでください。あと、ボクがお風呂に入っている時は絶対に洗面所に入ってこないでください。それと、ボクが使わせてもらっているタンスの中も見ないでください」

「もし見たら……?」

「誘拐犯として通報します」

「なんともご無体な……分かった、了解した」


 通報するなんて言われるとロリコンの豆腐メンタルはメルトダウン必須なのだ。

 ズキズキ痛む心を押さえながら出かけ支度を始めていく。

 俺が買うものと言えば今日の晩飯の具材と明日のパンだ。特に明日のパンは重要だ。休みの日は朝飯を作る気など全く起きないので、休日の朝の栄養分はパンなのだ。今日はメロンパンだったので、明日はホットドックにでもしてみよう。

 みたいな話を昼子としながら用意を進める。


「まる○とソーセージのソーセージって、最近小さくなってるような気がするんですよね」

「そうか? 前からあんなもんだったと思うけどな」

「いや小さいですよ。パンの端が残るせいで最後にパサパサした感触が後に残るから何か嫌なんですよ。分かりますこの気持ち?」

「いいや分からん。そもそも俺はアレは辛すぎてあまり好かん。プレーンのパンを買ってきてそれに茹でたソーセージを挟んで食べるのが一番上手い」

「まーたそんな女子力が高そうなことを……ていうかさっき作るのが面倒だとか言ってませんでしたっけ?」

「茹でるぐらいはいいんだよ簡単なんだから。っと、よーし、準備はできたか?」

「バッチリです」


 と人心満々気に押し入れから引っ張り出してきた俺のエナメルバッグを肩に提げている昼子。


「えらく重装備だな……」

「念の為です」



 ――休みの日には人が多い。

 分かってはいたがやはり窮屈だ。

 そこまでではないのだが、ほどよい多さが逆に肩身を狭く感じさせる。あまり外に出ないインドア派の俺にとってはこれだけでも少々心への重りは増えていく一方だ。


「じゃあ、俺はここで待ってるから。今のところこの上に階にアイツはいないようだ」

「分かりました。ぜっっっっったいに来ないでくださいね!!」

「分かったから……」


 大股で階段を昇っていく昼子を見送りながら結界の為のルーンを壁に掘らせてもらう。丁度誰もいないので今がチャンスだ。壁際に置いてあるベンチをずらして、背もたれの裏の壁にルーンを刻む。

 対象はこの上の階だ。一応ここからでも結界は張れる。


「――『これよりこの場は我が領地、我が財産とする』」


 ただの人払いに加えて『敵対者』という概念に対して強く反応するように細工をした結界、これを張っておけば一応は大丈夫だろう。アイツがここで暴れ出しでもしなければ。


「さて、ここにいてもいいがどこか行く所はあるだろうか――」


 どうやらこの階にはカフェラウンジなるものがあるらしい。買い物は昼子が終わってからでもいいし、昼子曰く時間がかかるらしいのでここらで一服していこう。



「いらっしゃいませー」


 なんだこのやる気のない店員は。笑顔が死んでるじゃないか。

 もういい、店長を呼べ店長を……全く何が金髪で腰に黄金の剣を提げたウェイトレスだ。そんなもので人を釣ろうとするなど笑止千万片腹痛しとはこのこと……ん?


「ほう、のこのこと自分から現れてくれるとは。探す手間が省けたぞ、少年」

「お前は……!!」


 間違いない。今はこんな可愛らしいウェイトレスの制服に身を包んで割と可愛いが、コイツは間違いなくあの時俺を襲ったあの女だ。


「……………………」

「……………………」


 肌を刺すような緊張感。どちらかが動けばその刹那、どちらかが血まみれの肉塊になってしまうような空気感。


「なあ、こんなところでおっぱじめてもお互い得はしないだろ」

「確かに……元より今はそんな気分ではないので、やりたくもないが」


 はぁ……と疲れた様子の金髪。


「なにかあったのか?」


 思わず世間話風にそう訊いてしまった。

 一瞬面くらったような顔をしたが、向こうも気を緩めたのか話し出した。


「コイツだよ、コイツ」


 そう言って叩いたのは腰に提げられている黄金の剣。鞘にも入れられずに刀身がむき出しの状態になっている。周りの人間が反応を示さないところから、見えないようにでもしているのだろう。


「その剣がどうしたんだよ」

「はぁ……おい、ルギエヴィート。起きろ」

『んあ……? なんやねんご主人こんな時間に。まだ昼回ってないやろ』


 と、ハスキーボイスの関西弁がどこからか聞こえてきた。

 一体どこだ? なんて探すまでもなくそれはその黄金の剣から発せられたものだ。

 喋る道具……聞いたことがないこともないが、そんなことがあり得ることが信じられない。


「ロボット……って訳でもなさそうだし。なんなんだ? それ」

『よう兄ちゃん。この前はえらい世話になって……ああ、なんというかまあ今はそういうアレじゃないみたいやな。ではここらで自己紹介おば。

 わたしは『八連累次す剣ルギエヴィート』。見ての通り剣やけど、よろしくな。あれ、ご主人これ言っていいん?』

「別に問題ない。いずれ分かることだ」


 何の会話かは分からないが、とにかくこの剣は『ルギエヴィート』という名前のようだ。

 ……ルギエヴィート……ルギエヴィート……なんだっけかな……どこかで聞いたような気が。


『スラブ神話の軍神。八本の剣を持ち、一本は手に、残りの七本は腰に提げていたと言われているその剣そのものがわたし。なんてったって神の時代から現存するオーパーツやからな、そら強いで』

「まあご丁寧に手の内を明かしてくれて」

『まあ細かいことは気にせえへんのがご主人の主義やから。ところで少年、そんなことよりわたしの話し相手になってくれへんか?」


 話し相手? まあ確かにお喋り好きな雰囲気は感じ取れるのだが……と、金髪の方が何も喋っていないことに気が付いた。


「そう言えば、アンタは何ていう名前なんだ?」

「私か? ……グルハウチェ・アレクサンドロフだ。殺し合う時以外はよろしく頼むよ」


 素っ気ないが、打ち解けた感じがするのは気のせいではないだろう。

 こうして話してみると悪党ではないことは理解できる。敵対者であることには間違いなのだが。


『で、どうなん? わたしの話し相手になるん? ならん?』

「朝からずっとルギエヴィートに話を聞かされていたんだ。もう私は疲れた。だから後は少年に託す」

「おい、ちょっと……」


 そう言って、腰に提げていた剣を俺が座った机の上に置いた。

 いいのか? 盗られるぞ? なんて訊くのは野暮だろう。どうせ電流が流れたりとかのトラップはあるはずだ。


「まあ……どうせ暇だし、話し相手になるくらいなら別に……」

『ホンマ!? やった! じゃあご主人仕事頑張ってなー』


 はぁ……とまた溜息を吐いてグルハウチェが立ち去ろうとする。

 っと、そう言えば、


「あ、注文忘れてたな。あー、ロイヤルミルクティーで」

『芦屋のマダムか』

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